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静かな図書館の窓際に、ひとつだけ観葉植物があった。
吊るされた鉢から垂れ下がる、つややかな緑。ポトス。
まるでこの場所の空気を吸い込んで、静かに呼吸しているようだった。
夏の午後、私は試験勉強に疲れて、ただぼんやりとそのポトスを見ていた。
本を開いたまま、頭に何も入ってこない。
「ポトスって、話しかけると元気になるらしいよ」
後ろの席の女子が、友達に話していた。
都市伝説だよね、と笑い合う声が遠くに聞こえる。
私は声に出さず、心の中でつぶやいた。
――ねえ、私、このままでいいのかな?
もちろん返事はない。
でも、葉のひとつが、ほんの少し揺れた気がした。風もないのに。
翌日も、その次の日も、私は窓際の席に座った。
ポトスに話しかけるようになったのは、3日目からだった。
「今日、模試の点数ひどかった」
「志望校、もう変えようかな」
「っていうか、将来ってなんなの」
ポトスは、黙って聞いていた。
ただ、葉の緑がそこにあるだけだった。
でも、不思議とその沈黙が救いだった。
人間の言葉じゃない、「存在の言葉」みたいなもの。
ある日、夢の中にポトスが現れた。
人の姿ではなかった。
ただ、巨大な葉が空から垂れ下がっていて、私はその下で雨宿りしていた。
葉はなにも言わなかったけど、温かくて、泣きたくなるほど優しかった。
夢から覚めたとき、なぜか頭がすっきりしていた。
問題集を開いた私は、前よりも集中できていた。
何かが「整理された」ような気がした。
受験が終わった春、久しぶりに図書館を訪れた。
ポトスは、少しだけ伸びていた。
「ありがとう」とだけ、私は心の中で言った。
すると、また一枚の葉が、静かに揺れたような気がした。