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深夜二時。
あたりは驚くほど静かで、虫の鳴き声さえ、まるで遠慮しているみたいにか細かった。
キールは棚の上に置かれていた魔写真を手に取り、そっと埃を払う。
「……もう少しだからな、エリコ」
その写真には、まだ若かった頃のキールと、柔らかな笑みを浮かべる女性、そして腕の中で眠る小さな赤ん坊――ユキの姿があった。
「……」
今日、アオイたちと作戦会議を終えたあと、ひとまず自宅へ戻ってきた。
かつて家族と過ごした、もう温もりの消えた家に。
「……結局、リフォーム前で残ってたのは、この写真だけか」
思い出を守るように、キールは魔写真を額縁から外し、丁寧に折りたたんで上着のポケットにしまった。
眠ろうと布団に入ってみたものの、瞼は一向に重くならず、呼吸ばかりが夜に溶けていく。
やがて諦めたように、彼は立ち上がり、玄関を開けた。
ひんやりとした夜気が肌を撫でる。
誰もいない静かな村の片隅――キールは玄関先の階段にそっと腰を下ろした。
「……」
懐から魔皮紙を一枚取り出し、軽く魔力を流し込む。
ぼんやりと灯る魔光が、小さく、優しく、彼の足元を照らす。
「こうしてると、少しだけ落ち着くんだ……昔も、よくこうやって……」
誰に語りかけるでもなく、ぽつりと声がこぼれた。
「……」
……。
………。
時だけが、ぽつりぽつりと過ぎていく。
何も変わらない、静かで、重たい夜。
……。
「……?」
ふと、気配を感じた。
暗闇の向こうから、誰かが歩いてくる。
気配を隠す気配すらない――白い狐の仮面をつけた【そいつ』は、ただ普通に、ゆっくりと近づいてきた。
「キールさん、眠れないんですか?」
透き通る水の音みたいに柔らかく、澄んだ女の声。
その響きは、耳ではなく心に触れるようだった。
「……」
「【私』もなんです……隣、失礼しますね」
断る間もなく、仮面の女はキールの隣に腰を下ろした。
外気温は低い。
だが冒険者の装備には温度調整がある。寒くも暑くもない。
なので、こんなにも近づく必要などないのにピタリとくっ付いてる。
「それにしても……本当に助かります。キールさんほどのお強い方が、一緒に来てくださるなんて」
「……いえいえ、そんな【勇者】のあなたに言われるとは、こちらこそ光栄です」
キールは穏やかな笑みを浮かべた。
「そんなことないですよ? キールさんのこの鍛え上げられた腕っぷし……本当に素敵、ですね?」
アオイはふわりと笑って、キールの腕をそっと掴む。
そして――それを、自分の胸元へと引き寄せた。
「んふふっ……どうして、こんなことしてるんですか?」
そのままアオイは、身体を預けるようにキールにもたれかかる。
視線は浮かぶ【光源】へ――仮面越しに、夜の明かりを見つめていた。
「こうしていると、昔を思い出すんです。あの頃……親友たちと、よくこうして依頼の夜に語り合ったもので」
「……へぇ」
「精神統一とは違いますが、落ち着くのです。静かで、温かい」
「本当に、仲が良かったんですね。ふふ、惚れちゃいそう」
「……ええ、本当に――かけがえのない仲間たちでした」
「…………」
「…………」
ふたり、並んで、夜の光を見つめる。
それは、まるで――何もかもを分かち合う、夫婦のような距離。
しかし。
キールは柔らかな笑みのまま――殺意を纏い、言い放つ。
「貴様が【アオイ』か」
空気が、裂けた。
【ありゃ? バレちゃってた?』
アオイはくすっと笑い、キールから身体を離す。
そして仮面に手をかけ――ゆっくりと、外した。
仮面の下から現れたのは、
黒い、艶やかな微笑み。
下品なほどに歪んでいるのに、なぜか目を離せない。
そう――それは、“美しい狂気”。
【キャハッ! 初めましてぇ〜♡ 国の代表騎士キール様っ♪ わたくしアオイと申しますぅ〜♡ いぇいっ☆』
ぱちんっ、とウィンク。
「……ご託はいい。何の用だ」
【え〜〜〜〜っ!? ちょっとぉ、そんな言い方ってあるぅ!? せっかく可愛く登場してあげたのにぃ?』
アオイは残念ガッカリと気を落としたオーバーリアクションして話を続ける。
【ねぇねぇねぇ? 聞かせてよぉ? いつから気づいてたの〜〜? わたしのことぉ♡』
「……話す気はない。消えろ」
【ふぇ……? キール様ぁ、そんなの寂しいよぉ……わたし、泣いちゃうかも……?』
アオイは指を口元に当てて、猫撫で声で言った。
その唇が笑ってるのに、目だけが笑っていなかった。
【まっ、でも〜、私の事を気付いてた事を気付いてたよ〜?わたしもちゃんと、【話を見てた】し♡』
「チッ……それで?」
【ちなみに奥さんの件は『お母さん』が勝手にやったことだからぁ〜……わたし関係ないよぉ〜?だからそんなに冷たい態度取らないでよ♡』
「…………」
キールはゆっくりと【光源】に手を伸ばし――その魔皮紙を、スッとしまった。
辺りは一気に闇に沈む。
同時に、気温が下がる。
空気が凍りつき、見えない刃のような圧が、空間を軋ませた。
【あぁ〜もう〜わかったわかったわかったってばぁ! その変な力、ここで使われると困るのよぉ?』
アオイはぱたぱたと両手を振って下がる――が、その動きですら、どこか“演技臭い”。
そしてすぐに、ピタリと笑顔を貼り直す。
【……今回、ちょっとだけお願いがあって来たのよ? 聞いてくれるぅ? キール様♡』
「ほう? 面白いな__そんなもの、頼まなくても、いつものように『呪い』をかければいいだろう」
【ま、そうなんだけどねぇ? でもねぇ、こっちもいろいろ大人の事情ってやつがあるの♡ だから〜、今回はアオイちゃんからのぉ〜……お・ね・が・い♪』
甘くとろけるような声。
そして――白く細い指先から、投げキッスがひらりとキールへと放たれる。
「――ならば断る」
【……だよねぇ♡ ふふっ……じゃあ、こう言い直すのはどうかしらぁ?』
言葉は次の瞬間、凶器へと変わった。
【このお願いを聞かなかったらぁ――
あなたの可愛い可愛い娘ちゃんは……“だぁいすきな、おかぁさん”から、腕を二本と足を二本、
ぽっきん、ぽっきん♡ってね? 痛ぁ〜〜〜く折られて、ぶっつり切断されちゃって♡』
「……」
【……ほいさ♪』
瞬間、沸点を越えた。
キールが動いた。
一閃――氷の刃が夜を裂き、目にも留まらぬ速さで【アオイ】の首を薙ぎ払う!
……が、その刃は。
二本の、か細い指先に挟まれ――ピタリと止められていた。
【……すごいでしょ? これが【白刃取り】ってやつぅ♡ 魔力も、加護も、なんにも使ってなぁ〜い♪』
「……」
キールが力を込めても剣はビクともしなかった。、
【ホントなら、何十年もかけて達人が習得するこの技……わたし、見ただけで一瞬でできちゃったの♡
ねぇ、すごいよね? これが“勇者の力”ってやつなんだってさぁ♪』
次の瞬間――
パキンッ!
乾いた音が鳴る。
氷の剣は、まるでガラスのように真っ二つに折れた。
「…………」
キールは何も言わず、再び手のひらから、氷の剣を再生成する。
【ふふ〜ん♡ やっぱりね、それ【武器召喚】で出した神の武器なんでしょ? ふぅ〜ん、なるほどなるほど〜?
ねぇねぇ? もしかして他にも、まだ隠してる能力、あったりする? ねぇ、教えてよ♡』
「……話が長い」
【あっはは、ごめんごめん♡ 本題ね、本題♪』
【お願いを断ったら……さっき言った通り、あの子、すっごぉ〜く痛い目にあっちゃうの♡
でもね? もし聞いてくれたら……わたしたち、彼女にもう絶対ひどいことはしないしぃ〜?
なんなら、ピンチの時はさ、ちゃ〜んと助けてあげちゃうかも♡ ね? 悪くない取引でしょ?』
選べ――と、無邪気な声が告げる。
それは、殺意と慈愛を等しく混ぜた、絶望の選択だった。
「………………」
キールは「またか」と思う。
この状況、まさに同じ状況を前にも作られたのだ。
「貴様は信用できん」
【そういうと思って♪信用させちゃう♪』
アオイは天を仰ぎ見て【話しかける】
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ねぇ、神様、見てるんでしょ?
神に誓って約束します♪
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キールの目の前に【神からの魔法陣】が現れ。
契約が成立した。