「爆弾と花束」
🟦🏺
リクエストありがとうございました!ハピセと仲いい🟦に嫉妬する🏺のお話。
1
つぼ浦の指が引き金にかかった。直後、耳障りな風切り音もそこそこに発射されたロケット弾が、少し先にいた可哀想な犯人をATMごと爆破した。
特殊刑事課として100点満点の対応だった。千秋楽の紙吹雪のごとく舞い散る火の粉が黒煙に映える。無関係な心無きの車が何台か爆発し、ついでに壊れた消火栓から水が吹き上がる。
不思議な力のおかげでなぜか燃え尽きることはない犯人が火の中で喚き散らしているせいで、コメディ映画のワンシーンのようなシュールな絵面だ。
炎が収まったら犯人を確保して本署に凱旋だ。つぼ浦は燃え盛る炎の前に掲げた両手でピースサインを作る。
「オウ、これに懲りたら特殊刑事課を煽るような真似はァ……」
勝ち名乗りの最中に、背後に緊急走行するサイレンが迫る。
「こらーっ!お前本当ッ、カス!!」
つぼ浦の真後ろにパトカーをビタ付けし、青井が飛び降りてきた。罵倒しながらつぼ浦のゴキゲンなピースサインを鷲掴み、後ろ手に手錠をかける。
「はーい、話は署で聞こうかなー」
「なんでですか!不当な逮捕ですよ!!」
「なんでたかがATM強盗で犯人が吹き飛んでるんだよ」
鎮火しつつある火の中から「そいつも逮捕してくれ!」という怒号が聞こえてくる。遅れて駆けつけてきた皇帝が可哀想な犯人を回収しているのを横目に、青井はつぼ浦をパトカーの助手席に叩き込んだ。
「今回は?何があったの?」
「静止命令しか出せねぇのかとか、銃は撃てねぇのか?とか、埒が明かなかったんで見せてやったんですよ、特殊刑事課ってヤツをな」
「いつもいつもそこでいきなりロケランなんだよね」
手錠をかけられたまま助手席に座り直すつぼ浦の頭を青井は軽く小突く。アクセルを踏むより先に鬼面の向こうから深い溜め息が聞こえた。
「いい加減にしろよな本当に…」
苦々しい声だった。隣に座る先輩の胃がキリキリ痛む音が聞こえた気がしたが、つぼ浦は少し嬉しかった。
つぼ浦匠は青井らだおのことが好きだった。
それは恋愛への境界を飛び越えない、拙い独占欲からくる好意だった。
つぼ浦が魂に従い「正義」をなすたびになぜか世界と軋轢が生まれる。印籠が出たらひれ伏すように、崖に追い詰めれば自白するように、対応課の青井が出てくることで特殊刑事課No.1のつぼ浦の蛮行は成敗される。そして世界の帳尻が合う。
同じく成敗する力を持つキャップが不在の場合だけでなく、キャップも馬ウアーも他の署員たちも「そういうものだ」と投げる中、青井だけは毎回のように怒鳴り込みにきた。
幕の降りない予定調和はただの茶番だ。どこもかしこも引っ張りだこで忙しいはずの青井が飛んできてくれることが、いつの間にか煩わしさを超えて幸せになっていた。
「また裁判になっても知らないぞ」
本署への道を走りながら、噛み殺しきれないため息とともに青井が言った。
「本当ですか、そしたらまた夢の世界の通貨が」
「そ、その話は一旦まずいか」
世界の禁忌に触れそうになるつぼ浦を慌てて止める。特殊刑事課は無敵のカードを何枚ももっているのでたちが悪い。
「ロケラン処刑は発砲通知の時点で心臓に悪いから本当にやめてね。場所が場所なら襲撃だし、下手なギャング相手なら報復されても仕方ないぞ」
「俺を殺しても盗るもんなんてないっスよ」
「そりゃ命の値段を安くしたら価値もなくなるだろうけど、それは駄目だろ、人として」
「チクショウ、空にいるタイプの悪魔に人間性を説かれちまったぜ」
「……頭に穴あけたら声も通りやすくなるかな」
「前頭葉は残してくださいよ、考えられなくなっちまうんで」
合意を見ることもない平行線のやり取りが続く。立て板に水のごとくすべてのことに言い返してくる後輩を前に、青井はため息をついた。
「もうちょっと命を惜しめよ」
「アー、生まれつき体が丈夫なんっすよ。ツバつけたら治るんで」
つぼ浦は不敵に笑ってみせた。埒が明かない代わりにずっと続く会話が逆に心地よかった。青井の指はハンドルをトントンと叩いており、つぼ浦も助手席の窓から特に興味もなく街路を眺める。
「変な誤殺した結果、復讐だとかで粘着されることだってあり得るし」
「そんなヘマしないっすよ、本署随一のネゴシエーターっすからね。信用してくださいよ」
「できるかよ」
吐き捨てるように言うと、青井は乱暴なコーナリングで本署の駐車場にパトカーを滑り込ませた。
つぼ浦がなにかやらかすたびに青井は小言を言いに来る。その正義感と義務感に甘え、自身の信用をすりつぶすことでつぼ浦は一時の幸福を得ていた。
青井のもとには皆から信用と信頼という名前の花束が山ほど届く。そこに自分の摘んだ花を一輪、渡したところで無数の色彩に埋もれるだろう。
ならば花の代わりに爆弾でも渡したほうがまだ目立つ。爆発するたびに確かに隣り合う時間はあるが、そのたびに信用は死んでいく。
自分の持つ好意の解像度が低いつぼ浦には、これ以外で青井を独り占めする方法がわからなかった。
警察署に連行されるまでの短い逢瀬も終わり、つぼ浦は助手席から引っ張り出された。手錠を外し、小言第2ラウンドを始めようと青井が息を吸った瞬間、大型犯罪の通知が入った。客船強盗だ。
「あーマジか」
外そうとした手錠をかけ直す。誰かに引き継いでもらおうとキョロキョロする青井の目に、手をブンブン振って玄関の階段を駆け下りてくるマンゴーの姿が写った。
「らだおー!客船行くヨね?ヘリ乗せて!」
「うん、すぐ行くよ。待っててね」
青井が手を振れば「わかっター」と拙いイントネーションで応答し、マンゴーはまた階段を駆け上がっていく。腰につけた尻尾の飾りもこころなしか嬉しそうに揺れている。
マンゴーが青井のヘリに乗るなら犯人たちには不運としか言う他ない。ヘリの座席から銃が撃てた時代はそれはもう無双の活躍をしていたが、それが不可能になってからも最強の射手を的確な位置に下ろす翼は大きな脅威だった。
『成瀬も出せるー?』
『あいよー』
無線に声を掛けると気怠そうな声が返ってきた。
しかも成瀬まで出れば制圧は間違いないだろう。青井と成瀬が出勤しているのにヘリコプターが重要な客船強盗を企むほうが悪い。盤石にも盤石な布陣に納得しつつ、つぼ浦は恐る恐る青井をチラ見した。
「アオセン、俺は…」
「お前は牢屋で罰金対応だよ。切られる側のな」
冷たい声でそう言うと、タイミングよく先ほど爆殺した犯人を連れて返ってきた皇帝に声をかける。
「皇帝、つぼ浦もお願い。プレイヤー殺人切っていいからね」
「いいぞ、我の代わりに客船は頼むぞ」
「チクショウ、やるな」
頭の固い皇帝相手だと得意の水掛け論が通じるか怪しい。ほぼ確定した300万円の罰金が財布と気持ちにのしかかる。
青井に手を離され、つぼ浦は大人しく皇帝の後ろを歩いて地下の留置所に向かう。ふと見上げるとエントランスの前でようやくやってきた青井の背中を叩いている成瀬と、腕を引っ張るマンゴーの姿が見えた。
何を話しているのか、声が聞こえなくてもわかるほどの信頼関係が見えた。これから3人でするであろう活躍が簡単に想像ができて簡単に胸が痛んだ。
簡単なふれあいに甘え、なけなしの信用を使い潰した自分では至れない関係性だった。
「おい、逃げる気か?!」
立ち止まる姿を不審がり、皇帝が怒鳴る。
客船対応に当たる署員は別の周波数に移動し、無線は急に静かになった。ぶつくさ言う皇帝の後を追うつぼ浦の足取りはいろいろな理由でとにかく重かった。
2
その日は数件の大型犯罪の後にアーティファクト強盗が発生した。同時に発生した銀行強盗犯を殴り倒し、レギオンでズズと戯れていたつぼ浦も現場の負担を察し、ライオットで参戦することにした。
図体に違わずゆっくりなライオットで到着する頃には状況はかなり進展していた。
空を2台の警察ヘリが周回している。高度を保って舐めるように旋回するのが青井で、隙あらば屋根上の犯人にブレードをかましにいくのが成瀬だった。まるで地上を睨む鷲を守る素早い隼のようなコンビネーションで制空権を取っている。
足元ではマンゴーが前線を押し上げ、犯人を撃ち抜いている。見通しが悪い倉庫内でもサーマルで位置を報告されていればウォールハックにも等しい。「やったやった」という報告が次々に無線に流れる。
『特殊刑事課つぼ浦現着!どこ足りてないですか』
『あ〜じゃあつぼ浦はねぇ…』
一瞬声が途切れた。空を見るとIGL機を狙ったアタックを青井が紙一重で回避し、体勢を崩した敵ヘリを成瀬のヘリが鼻で小突いている。的確にローターの中心を捉え、オレンジの爆炎とともにバラバラになった機体が地上に落ちる。距離があっても重い爆音が腹に響く。
『多分そろそろ制圧だから、犯人の車両調べてほしいかな』
その後も青井からの報告は途絶えることがない。またサーマルを見ながら人間離れした回避をしたんだろうなとつぼ浦は苦笑する。
遅れてやってきた自分にできることは雑用まがいのことしかない。それもまた警察業務の一部だと割り切り、つぼ浦は遠い銃声を聞きながら犯人の車をインパウンドしていった。
最後まで抵抗していた倉庫屋根上の犯人が青井のアタックを避けて転落死した、という無線が入る。収束収束、という声が飛び交う頃には先にダウンした犯人はすでに地上班によって護送され、残りの犯人と負傷した警官も青井が回収し終わっていた。
本署に戻る青井のヘリとすれ違い、ちょうど機体を修理して帰ってきた成瀬のヘリがつぼ浦の横に降りてきた。
「つぼ浦さん、乗ってきます?ライオットじゃ遅いでしょ」
「そりゃ助かるぜ、さすがカニくんだな」
犯人の車をすべてインパウンドし、最後にライオットをインパウンドしてつぼ浦は成瀬の言葉に甘えることにした。
ヘリの後部座席にはマンゴーも乗っていた。その横に乗り込むと、マンゴーが嬉しそうに寄りかかってくる。親しい人には躊躇なく大胆に甘える様子は本物の猫のようだ。ゴロゴロと喉を鳴らす音すら聞こえてきそうだ。
「あっさり終わったな」
「まあ、向こうのヘリが一機しか出てなかったですしね。個人医も来なかったし、らだおに気を取られてたから一発で落とせたのマジでラッキーだったわ」
「俺も3人やったヨ」
「さすが猫くんだな…」
3人、と気軽にいうがどこのギャングも大型犯罪中に3人もやられれば打撃は大きい。恐るべき銃の腕前につぼ浦は言葉を失う。
マンゴーと成瀬の活躍は言うまでもなく素晴らしかった。そして今、気を利かせてヘリで送迎までしてくれる成瀬の気づかいにつぼ浦は平伏するしかなかった。
成瀬力二という男は軽薄そうな言動とは裏腹に、本当によく周囲の人間のことを見ている。
鋭い牙を隠し、可愛らしく肩に寄りかかるマンゴーの無邪気さは癒しそのものだ。
「……そりゃアオセンも助かるだろうな」
小声でポツリと呟いた。誰に聞かせるつもりもない独白を、しかし成瀬は聞きつけた。
「つぼ浦さん助かりましたよ、インパウンドとかややこしいこと全部やってくれたんで今もすんなり帰れてるし」
「らだおも喜んでると思うヨ」
「そんなことないぞ、俺なんて……二人はすごい信頼されてるじゃないか」
言いながらどこか惨めさを感じ、知らずに声が重くなる。淡い好意を抱いている青井にいとも容易く信頼される二人のことを、本当は妬むべき立場だった。にも関わらず二人は優しく、妬みすら愚かな行いのように思わされる。敵う要素が一つもなく、ただ惨めさだけが蓄積していく。
そんなつぼ浦から滲む闇にうっすら気づき、成瀬はひとつ息を吸い、なるべく明るい声を出す。
「まあ俺達は所詮、らだおのハッピーセットらしいっすからね」
「そういえばそれ、なんでそんな呼ばれ方してるんだ?」
「ああ、らだおが闇落ちしたら自動で俺達もついてくる、ってネタにされてるらしいっす、ギャングの間で」
「2個もついてくるなんてお得だよネ」
「そ、そういうことなのか…。……いいのか?それで。警察官なのに」
納得はいったが理解ができず、つぼ浦は声を淀ませる。少しの間のあと、成瀬は運転席の椅子越しにちらりと振り向いてつぼ浦を見た。マンゴーも身体を起こす。
「まあそっちのほうが面白そうだしな」
「らだおがいない警察にいる意味ナイし」
あっけらかんとした返答に、つぼ浦はうつむくしかなかった。
乾いた、しかし深い信頼関係だった。二の句も継がずにあっさりと崖から飛び降りるような信頼を見せられ、言葉に詰まる。もし青井が裏切るような決断をしても、それに手放しでついていけるかどうか、つぼ浦には結論が出せなかった。
「いいよな、二人はアオセンと仲良くて。俺、怒らせてるときくらいしか一緒にいてくんねえし」
絞り出した言葉は嫉妬の表れだった。自分が投げて渡した爆弾のせいで失われた、信用という名の瓦礫が目に痛い。
「……羨ましい」
身から出た錆としか言いようのない言葉だった。どろりと濁った声はヘリのローター音でもかき消えず、ただ狭い機内に落ちる。
湿った沈黙が満ちる。本署はもうすぐそこだったが、あえて遠回りをして成瀬は考える。
「もしかしてつぼ浦さんって」
「あ?なんだ?」
普段のつぼ浦と青井の立ち回りと、おそらく本音に近いこの心情の吐露。そこから導き出される感情を察し、成瀬はスウッ…と息を呑む。
「つぼ浦さん、ちなんでもいいっすか?」
「どうした?」
「これは本当~~に他意のない話なんだが、今度、らだおに抱きついてみてくれません?」
突拍子もない提案に、つぼ浦は思わず両手を振って拒絶する。
「こ、殺されちまう!」
自分に向けられる冷徹な感情を思い出す。しかし抱きつく、という発想はつぼ浦にはないものだった。簡単に好意が伝わるであろうその行為を想像して、場違いなほど意図せず顔が赤らんだ。
「ああ、ソウいうことネ」
「それでだいたい解決しそうっすけどねー」
照れるつぼ浦の顔を見てはいないのに声色だけで葛藤を察し、成瀬は落ち着いた声で言った。マンゴーもなにか納得している。その落ち着きと自分の動揺が釣り合わず、つぼ浦の頭に疑問符だけが積み上がる。
「な、なるほどな、俺が溶鉱炉にぶち込まれてアオセンもスッキリして全部解決ってことか。やるな、カニくん」
「あ~まあそれもあるかもっすね」
どうにか辻褄の合う解釈をひねり出したつぼ浦に「まあ覚えといてください」とだけ言うとようやくヘリは本署屋上に着陸した。
*
屋上のドアから青井が出てきた。ヘリから降りた二人が近づいていくのを、つぼ浦は足を止めてただ見送った。信用、という花束を持たない自分ではどうやっても入り込めない世界が目の前にあった。
簡単に青井の懐に入れるさまはやはり羨ましい。しかしその拙い独占欲が、自分にとっても大切な後輩である成瀬とマンゴーに薄暗い感情を擦り付けようとするのが苦しかった。
そんなことを悶々と考え込むつぼ浦に向けて青井がずんずんと近づいてきた。
「な、なんすか」
「何も悪さしてないよな?」
「してねぇっすよ!人聞きが悪いっすねぇ、青井先輩も」
開口一番、信用のかけらもない言葉が胸に刺さる。積み立てた不信感が今だけは青井を独占させてくれているが、どう考えても健全ではない。自分だけを見てくれる嬉しさと、先のないどうしようもなさが声を硬くさせた。
「上から見てたけどさ、ライオットだからってあんな細い道に突っ込むなよ。グレ投げられたらどうすんだよ」
「そんときは爆発前に乗り捨てて逃げますよ」
「あのな、あそこでライオットが炎上したら奥のパトカー出られないだろ」
「アァ?そしたら犯人の車も出られないじゃないっすか。いいじゃないっすか細かいことは」
「よくないよ。もう最後の方だったから犯人残ってなかったけどさ…」
青井は深く息を吐いた。それから続きを言おうとした瞬間、通知が入った。オイルリグ強盗だ。
「あー、今日はすごいな。成瀬、マンゴー、行ける?」
ドアの前で様子を伺っていた二人に声を掛けた。意気揚々と返事をすると、先ほどまで乗っていたヘリに二人で乗り込んでいく。
成瀬が離陸したのを見届け、青井もヘリを出す。ヘリが必須の海上のオイルリグ強盗では特殊刑事課の虎の子のライオットも出番がない。
「牢屋対応、大変だろうから手伝ってあげて」
「本当ですか、小遣い稼ぎ助かるぜ」
「まるんがやってるから大丈夫だと思うけど、真面目にやれよ、気軽にトッピングするなよ、賭博罪とか」
「…チクショウ、わかりました」
「なに?」
「わかりました!」
去り際に邪心にしっかり釘を差され、つぼ浦は歯噛みした。
空を見れば白黒の猛禽類たちが次々に狩りへと出かけていく。きっとまた青井のIGLは冴え渡り、それについてくるハッピーセットの二人は活躍するのだろう。
爆発四散しすっかり荒野になってしまった関係性は、後悔するにしても不毛すぎる。やり直したくても戻る場所すらなく、つぼ浦は足取りも重く地下へと向かった。
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