テラーノベル
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第11話
涼架が旅立ってから、四十九日が過ぎた頃。
季節は完全に秋へと移り変わり、放課後の街には冷たい風が吹き抜けていた。
俺が一人で校門を出ようとした時、少し離れた街灯のそばに、見慣れない他校の制服を着た二
人の男子高校生が立っているのが見えた。
一人は、マフラーに顔を埋めるようにして少し俯いている、背の高い優しそうな男。
もう一人は、黒髪のセンター分けで、どこか独特の鋭さと、それでいてどこか切ないような不思議なオーラを纏った男。
二人は俺の姿を認めると、視線を交わし、真っ直ぐにこちらへ歩いてきた。
「…あの、君が、若井混斗くん?」
声をかけてきたのは、背の低い方の男だった。
彼の瞳は、初めて会う俺を値踏みするわけでもなく、ただ何かを確かめるように真っ直ぐに見つめてくる。
「そうですけど。…..誰、ですか」
俺がいつもの癖で少し警戒し、吊り目を鋭くして問い返すと、背の高い方の男が慌てて両手を振った。
「あ、ごめんね!驚かせちゃって。俺は高野清宗。で、こっちがーー」
「大森元費。…涼架の、他校の友達」
大森、と名乗った男の口から「涼架」の名前が出た瞬間、俺の心臓がドクンと跳ね上がった。
「涼架の….友達?」
「うん。涼架から、よく君の話を聞いてたんだ」
大森は少しだけ目元を緩めて、だけどどこか寂しげに微笑んだ。
「若井くん、今ちょっと時間大丈夫?立ち話もなんだし、あそこの公園で少し話せないかな。君に、渡したいものがあるんだ」
近くの児童公園のベンチ。
夕暮れの公園には人影もなく、カサカサと枯れ葉が風に舞う音だけが響いていた。 俺たちは缶コーヒーを手に、三人で並んで座った。
「涼架とはさ、中学の時のコンクールで知り合って、学校は違ったんだけど、ずっと音楽の趣味が合って仲良かったんだ。あいつ、フルート吹いてる時、本当に楽しそうだったから」
高野が缶コーヒーを両手で温めながら、ぽつぽつと話し始めた。
「あいつ、自分の病気のこと、俺たちには話してくれてたんだよね。周りに気を遣わせたくないから、同じ学校の奴には絶対秘密にするって言ってたけど…でもある日急にさ、学校のことで、めちゃくちゃ嬉しそうに話すようになったんだ」
高野の言葉を引き継ぐように、大森が俺の方を向いた。
「『同じ学年に、すっごく目が綺麗でカッコいい男の子がいるんだ』って。『猫みたいで気高くて、僕の憧れなんだ』ってさ。僕らがからかっても、涼架はふにゃふにゃ笑いながら、若井くんのことばっかり話してた」
「あいつ、そんなこと….」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
学校ではいつも平気な顔をして、俺の前では天然男子を演じていた涼架が、他校の、本当の自分を知ってくれている友達の前では、俺の話をそんな風にしていたなんて。
「あいつさ、本当はすごく怖がりだったんだよ」
大森が、静かに、だけどどこか強い口調で言った。
「いつ自分の心臓が止まるか分からない。明日、学校に行けないかもしれない。そんな恐怖とずっと一人で戦ってた。…..でもね、若井くんに出会ってからの涼架は、明らかに強くなったんだ。『僕には、ちゃんと僕のことを見てくれる人ができたから、もう怖くない」って。….若井くん、君が、涼架の光だったんだよ」
「俺は…..っ」
俺は缶コーヒーを握りしめた。指先が白くなるほど、強く。
「俺は、あいつに酷いこと言ったんだ!最後の約束の時も、ただの寝坊だって嘘つかれて…..それなのに俺、何時間も待たされたからって、ヘラヘラして酷いって、あいつを置いて帰ったんだぞ!?側にいながら、何一つ気づいてやれなかった…..!」
溢れそうになる涙を堪えようと、俺は自分の吊り目を思い切り見開いた。
そんな俺の肩を、高野が優しく、だけどしっかりと叩いた。
「涼架はね、若井くんに嫌われるのが怖かったんじゃないんだよ。自分のせいで、若井くんの綺麗な目を、悲しみで曇らせたくなかったんだ。….元貴、あれ、渡してあげて」
大森が、カバンの中から一冊の小さなノートを取り出した。それは、涼架が病院でつけていた日記帳のようだった。大森はそれを俺の膝の上にそっと置いた。
「最後のページの数日前、涼架が僕らに頼んだんだ。『もし僕に何かあったら、これを若井くんに渡して』って…… あいつ、最後まで君のことばっかりだったよ」
俺は震える手で、そのノートを開いた。
パラパラとページをめくると、涼架の丸っこい文字で、日々の他愛もない出来事や、俺と保健室で話したこと、あの猫のカバーの消しゴムの
ことが、楽しそうに綴られていた。
そして、最後のページ。
そこには、掠れた文字で、こう書かれていた。
「若井くんへ
嘘をついて、ごめんなさい。
僕のせいで、若井くんのカッコいい目が泣き虫になっちゃったら嫌だな。
若井くんの目はね、冷たくないよ。誰よりも優しくて、真っ直ぐで、僕はその目に何度も救われたんだ。
消しゴム、もし使い切れなくても、僕の気持ちは全部若井くんに届いてるからね。
出会ってくれて、ありがとう。大好きだよ。」
「….っ、う、あ….」
喉の奥から、鳴咽が漏れた。
ノートの文字が、ボロボロと落ちる涙で滲んでいく。
大森と高野は、何も言わずに、俺が泣き止むまで隣にいてくれた。
夕間がすっかり公園を包み込んだ頃、大森が立ち上がり、俺の顔を覗き込んだ。
「若井くん、いい目をしてるね。涼架が自慢したくなるわけだ」
「…..大森、さん…..高野、さん」
「俺たちは、涼架が愛した君に会えてよかった。涼架の分まで、生きてね。君には、その強い目があるんだから」
高野が優しく微笑み、二人はじゃあね、と手を振って、夜の街へと歩き去っていった。
一人残されたベンチで、俺は涼架のノートを強く胸に抱きしめた。
ポケットの中の、黒猫の消しゴムが、心なしかじんわりと温かい気がした。
「涼架….。俺、お前の分まで、絶対に真っ直ぐ生きるから。お前が自慢してくれたこの目で、前を向いて歩くからな」
遠くの街の明かりを見つめながら、俺は涙を拭った。
二人の来訪者が遺していった涼架の想いは、俺の胸の中で、消えない確かな灯火となって燃え始めていた。
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