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「マコト」
突然、アトリが顔を近付けてきた。本能的に目を瞑ってしまう。唇に何か柔らかいものが触れるのを感じた。
目を開けると、ほんの数センチの距離に、アトリの紫色の瞳がある。だとすると、今自分の唇に触れたのは?
「……なに」
「キスしたんだけど」
「なっ……?どうして今?」
そうはっきり言われてしまうと、異様に照れてしまう。顔があっという間に赤くなるのを自覚した。
「これからする話を聞いて、もう二度と受け入れてくれなくなるかもしれないから。今のうち」
今度は頭の後ろを押さえられて、深く口づけられる。
「…そんなにヤバい男なの、おまえ」
唇同志が離れた後のアトリの表情が切なすぎて、マコトは彼の頭をそっと撫でた。
「――俺は、ひとを沢山殺めてる。と思う」
うなだれて、震える声で言う。
「小さい頃、他の数人と一緒にこの建物に連れて来られて、…何ていうの、新しい薬の実験体?それをやってた」
この時点で、リラが関わっている気配を感じた。しかし、今はアトリの話を遮らないでおくことにする。
「最初はみんな一つの大部屋にいたんだけど、薬を飲んだあと錯乱して暴れる奴が多くなって、普段よりヤバい程腕力が強くなったりするもんだから、一人ずつこういう部屋に入れられた」
手を伸ばしたアトリが掴んだのは、鉄格子だ。改めて部屋の中を見回すと、机やベッドなどの普段の生活のエリアと、魔法陣が床に描かれている鉄格子の部屋があるようだ。
「マコトは頭良いから、なんとなく想像つくだろ?錯乱した、常人以上の腕力の子供と、それを何処かに転移させる魔法陣」
「誰かのところに送り付けて…暴れさせるのか」
「そう。さすがだなマコト。俺や他の子供は、知らないうちに暗殺者に仕立て上げられていた。失敗しても、この背中の魔法陣で回収するから、痕跡は残らないわけ」
アトリは、マコトに抱きついてきた。それはまるで、怯えてしがみついてくる幼い子供のようだった。
「ほんとに、知らなかったんだ。夢の中で、恐ろしい怪物を追い払っていただけだった。でも、もしかして現実かも、って薄々感じてた」
落ち着かせるよう、両肩に腕を回す。アトリは、深く息を吐いてから、話を続けた。
「一緒に暮らしていたはずの子供は段々減って行った。その分俺に薬が使われる頻度が高くなって、薬の効きが弱くなってきたんだろうな。あの日、不意に目が醒めた」
完全に俯いてしまって、表情を伺い知ることは出来ない。しかし、絶望だけは伝わってきた。
「血塗れの部屋の真ん中にいる、無傷の自分に気が付いたんだ」
コツ…。コツ…。
ドアの向こうから、複数人の足音が聴こえてきた。
「…ドクター・リラかも。多分、この部屋に来る」
「あ、やっぱりあの人が絡んでるの?」
予想は的中したが、全く嬉しくない。
「出来るだけ彼女に近付かない方がいい。色々薬を仕込んでるから」
マコトは、リラに触られた感触を思い出し、ざわざわと鳥肌が立ってきた。
「言われなくても、遠ざかりたい」
コツ…。
やはり足音は、この部屋のドアの前で止まったようだった。
ドアが開いて、まずリラが入って来た。続いて屈強な男と、魔術師風の男。
アトリと、その後ろにマコトがいるのを見付けると、口をにやりと歪めて笑った。
「あらぁ…なんて偶然」
この状況なら、『取引先の病院の関係者』への態度をとるつもりはないのだろう。
あからさまに愉しそうに言う。
「その転移魔法陣、描かれた本人にしか作用しないはずなのに、一人分になるほど 密着してたの?貴方達。仲良しね」
下世話。
そう吐き捨てたくなったが、事態の悪化を招きそうだったので我慢する。
ぱちん、と両手を打ち合わせて、リラが提案した。
「そうだ。この会社に来てくれたら、アトリを差し上げますよ。二人で気持ちよくなれるクスリも色々作ってますし」
どこまで不快な気持ちにさせるのか。
「下世話」
そうアトリが吐き捨てた。
マコトを背後に隠すように、前に立つ。
「あら、反抗するの?」
リラは心底愉しそうに嘲笑って、両腕を広げる。
「どうやって?その鳥籠の中から」
コメント
1件
いつも通り、重くて、それでいて静かに胸を締め付けてくる展開でした……。 アトリの告白、本当に苦しかったです。「俺は人をたくさん殺めてる」って震える声で言うところ、読んでいて息が止まるかと思いました。子供の頃の無垢な感覚が、実は怖い現実だった、って気付いてしまった瞬間の悲しみが、アトリの震えが痛いくらい伝わってきました。でもマコトは逃げずに撫でなで顔を理解してしまう、そこがもう本当に信頼が感じられて、闇好きとしてはたまらない最強ですよね… リラの登場、ゾクゾクしました。下世話ってアトリが吐き捨てるセリフ、ここで言える強さに痺れた。次も静かに読みにきます🌙