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ジホの部屋の空気は、いつも甘い匂いがした。
薬物と香水と、ヒョヌの体温の匂いだ。
その夜も、ヒョヌはベッドの隅に座っていた。
ジホはソファで煙草をふかしている。
何かを考えている顔。
けれどヒョヌには、もうジホの考えることはわからなかった。
ジホは火のついた煙草を灰皿に押しつけ、
面倒くさそうにヒョヌを見た。
「なぁ、ヒョヌ。」
「……なに。」
「もういいや。」
ジホは立ち上がると、ヒョヌに近づき、
顎を指で持ち上げる。
「俺、飽きた。」
その一言に、ヒョヌの心臓が止まったように感じた。
「……やだ……」
震えた声が零れる。
「金も薬も、もうやんねぇ。外に出ろ。」
ジホは冷たく笑いながら、ヒョヌの肩を軽く押した。
「借金は払ってやっただろ?自由だよ。」
何かが崩れる音がした気がした。
ヒョヌは言葉を探したが、何も出なかった。
ジホはもう背を向けている。
それきり一度もヒョヌを見なかった。
ドアが開く音がした。
「二度と来んなよ。」
乾いた声が背中に刺さる。
外に出ると、朝の光がまぶしかった。
でもヒョヌの足は、どこにも向かわなかった。
(……自由……?)
体の奥は空洞だった。
頭の奥はまだ、あの部屋の匂いを探していた。
(……戻りたい……)
膝が震える。
ヒョヌは通りをふらつきながら、
誰かの檻を探すように、夜の街をさまよい続けた。