僕らが安堵も束の間、物陰から一人の男が現れる。
「見ましたよ……」
こちらを伺うように現れたのは、初めてこの荒野地帯へ来た時の、若い兵士だった。
「ありゃ、バレちゃいましたかね」
アゲルは緊張感もなく耳元で囁く。
しかし、彼は膝を地に着け首を垂れた。
「暴風を巻き起こす剣技、空を舞う魔法……。貴方達は別の国の神か守護神様でお間違いないですよね……? そうでなければそんな力はあり得ない……! どうかそのお力、この守護神グレイスにお貸し頂けないでしょうか……!」
守護神グレイスと名乗った少年は、そのまま動かない。
「アゲル……守護神って……?」
「神の守り人、が正しいかな。神々はそれぞれ一人ずつ、自分の守護者として、特定の人間に守護の加護を与えられるんです。もし彼がこの国の守護神だと言うのなら、先程最初に行っていた戦いは、守護の力どころか魔法も使われていなかったし、相当手を抜かれてましたね」
「そんなに守護の加護ってのは強いのか……?」
「えぇ。神から与えられる特殊な加護。純粋な魔力増強に、特殊な加護魔法。普通の人間が束になっても敵わないかと」
そう呟いたアゲルの目は笑ってはいなかった。
しかし、それならば敵でないのは助かる。
「えっと、グレイスさん。僕たちは他の国の神でも守護神でもありません。変な魔法を使って誤解させてしまってすみません……」
グレイスは拍子の抜けたような顔を浮かべたが、これで無事にグレイスとの戦闘は避けられそうだ。
このままこの危ない荒野地帯から出よう……。
そんな時だった。
「お困りなら力になりますよ! 僕たち!」
「え・・・」
そう手を上げるのは、いつもの調子のアゲルだ。
コイツ……いつも見てるだけのクセに……。
しかしまあ、あそこまで言われて何も聞かないのも少しモヤモヤしていたところだっただろう。
僕たちはグレイスの話を聞いてみることにした。
荒野地帯の中部には、小屋が集中して点在しており、一番中心は煉瓦造りの大きな屋敷があった。
「ここは僕たちの部隊、と言っても今は僕の部隊の一部隊だけなんですけど、駐屯施設として本部連絡や集会に使っています」
そう言うと、徐に大きな扉を開く。
中には誰も居らず、だだっ広い部屋に机があった。
「適当に腰掛けてください。飲み物をご用意します」
そう言うと、グレイスは茶葉を取り出し、器用に四人分の茶菓子を広げた。
「それじゃあ本題に入ります」
僕はゴクリと唾を飲み込む。
アゲルはニコニコと顔を向けていた。
カナンは新鮮なお茶をふーふーしながら飲んでいた。
「実は、先程話した兵士の部隊なのですが、元は四部隊ほどの編成でこの荒野地帯を警備していたんです。しかし、200年前にヒーラ様が消息不明となってしまってからと言うもの、森林街との交易がうまく行かず……。同じ国同士で内乱は起こしたくないのですが、他の部隊全てが、荒野地帯を守る為、森林街への襲撃部隊として兵士を辞めていってしまったんです」
そこで合点がいった。
先程の武人たちは、抜けて行った過去の兵士たちで、まさしく森林街の襲撃に向かうところだったのだ。
止められたのはいいこと……なのだろうが……。
何かが引っ掛かる僕がいる。
「その為、今や荒野地帯は危ない地となってしまっているので、僕がこの荒野地帯を歩める者かどうか、番人のように、先程もお相手させて頂いた次第なんです」
荒野地帯の荒くれ者たちからせめて保身が出来る実力があるかどうか、グレイスは単身で、番人役を勝って出ていた。
万が一に、襲撃部隊の暴徒に会い、観光客や森林街の村人を怪我させるわけにはいかない。
だから魔法も使わなかったのか。
一頻り話した後、答えは出ている。
内乱が起こるのを止める手伝いをして欲しいのだ。
しかし、そんなことは一朝一夕には叶わない。
しかし、そこで話を盛り上げるのがアゲルだ。
「どちらかを潰すしかない……ですよね?」
グレイスは苦い顔を浮かべて固まってしまった。
確かに襲撃兵たちは悪い。
しかし、一概に悪いと制裁なんて加えられない。
実際、森林街からの供給がない中で、この荒れ果てた地で暮らしていくのは至難を極めるだろう。
反対に、森林街の人間たちも責めることはできない。
あの賑わいじゃ、交易もままならない相手に気を使っている余裕なんてない。
きっと、グレイスにはどちらかを切り捨てるなんて選択肢を取りたくないはずなのは明確なのだ。
しかし、止まらないのがこの男、アゲルである。
「グレイスさん、現実を見ましょう。どちらかを潰さない限り、内乱が起きて数多くの犠牲者が出る」
「そうですね……。やはり、荒野地帯の総兵士長として、襲撃兵たちと肩を付けるしかない……と、思っています」
苦そうな顔が、余計に胸を苦しめた。
「ほ、他の方法は……!」
途端に出た言葉は、自然と空に消えて行った。
アゲルもグレイスも僕を見遣ったが、その瞳には光が映っていないことを僕は確認した。
これは、夢じゃない。現実の問題なんだ。
その瞬間、ドアはバタリと勢い良く開かれた。
「お前たち……!」
目を向けると、先程の武人たちと同じ服を着た、恐らくは襲撃兵と思われる兵士たちが数十名集まっていた。
そして、リーダー格だと思われる大柄な男は、グレイスと向き合うと手首のバンダナを破いた。
「グレイス……せめてもの償いだ。このバンダナをしてこの国を裏切れねぇからな……。俺たちは明日の正午に森林街へ攻め込み、暴力にて荒野地帯の意志を訴え掛けるつもりだ。この人数よりもっと多い人数が集まる。お前の部隊だけじゃ止められねえ。もう諦めて悲しい報せでも待っておくんだな」
そう告げると、グレイスの返答も無しにバタリとドアは閉ざされ、群衆の足音は去って行った。
「今のは……」
僕は破られた緑色のバンダナを拾った。
「元々、荒野地帯 第二部隊長を務めていたランガンと言う男で、とても正義感が強く、人一倍この自然の国を愛していた……」
グレイスは、僕からバンダナを大切に受け取った。
「やはり、僕が責任を取ります。彼らには、この国で罪人となって欲しくはないから」
そう言うと、僕らを置いてグレイスはどこかへと走って行ってしまった。
「ここで寝ていいよ、ってことですかね?」
「そんな呑気な……明日には内乱が始まっちゃう……!」
「グレイスさんが止めるでしょう」
「あの人数より多いって……グレイスさん一人じゃ敵わないってランガンって人も言ってたじゃないか!」
「守護の加護を使えば、皆殺しできます」
僕は一気に喉が詰まるような感覚に声を失った。
「まあ、当人が使うかは分かりかねますけどね」
そう言うと、アゲルは置いてあった果物を勝手に手に取り、徐にシャリシャリと頬張った。
カナンも真似をしてシャリシャリと食べ始めるが、場の空気が分かっているのか、言葉は発さなかった。
「僕たちが協力すれば……止められるのかな……」
「ヤマト、今度は気絶じゃ止められません。グレイスさんがどうするのか分かりませんが、次は全員殺さないと終わらない戦争なんですよ。ちゃんと分かってますか?」
ちゃんと分かってる。経験したことはないけど、なんとなくイメージは出来ている。
それでも、身体の震えは止められない。
「僕は……無力だ…………」
「そうですよ、ヤマト。国の問題です。僕たちは神を探せばいい。それだけ考えましょうよ」
「でも」
「でも?」
「ジッとしてることは出来ない……!」
そう言って、僕は夜の荒野地帯に向け扉を開けた。
後ろで微笑んでいるアゲルが視界に映っていたが、アドレナリンが働いて、そんなことを気にしている余裕はなかった。
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