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第1話 soup
あらすじ
藤澤と大森は同棲していた。
交際期間は7ヶ月。
しかし、大森は未だにキス以外の行為を認めてくれない。
藤澤は仲を深めようとするが大森の性質なのか迫ると逃げられてしまう。
どうにも悩ましい日々を送っていた。
1-1 〜黄昏時〜
いつも間にか、季節は移ろいだ。
夏も過ぎ、 夜は肌寒く、半袖に上着を羽織るようになった頃のお話。
マンションの一角、夕日がうっすら差し込む部屋の中
藤澤はフルートを吹いていた。
金管楽器独特の 煌びやかな音が部屋に響く。
お気に入りのフレーズを存分に楽しみ、満足して顔を上げる
そして、藤澤はぎょっとした。
あまりの部屋の暗さに驚いたのだ。
いつの間にこんなに暗くなっていたのだろうか
夢中で吹いているうちに夕日は沈んでしまったようだ。
藤澤は目を凝らしながら部屋の中を歩くと カーテンを閉めた。
さらに、一段と暗くなった部屋の中
そっと壁伝いに歩く。
手探りでスイッチを探し当てるとパチッと部屋の電気をつけた 。
相当、集中していたのだろうか。
やけに眩しく感じて藤澤は目を細めた 。
壁にかけられている時計を確認すると19時近くになっている。
もうそろそろ大森が帰ってくる時間だ。
「もうこんな時間…」
藤澤は呟きながらフルートを布で磨いた。
今日はここまでにしよう。
フルートをケースにしまうと藤澤はリビングに向かった。
何となく甘いものが食べたい。
廊下を抜けて、扉を開けて、リビングに入ると少し寒く感じた。
それゆえか 、いつもよりも部屋が広い気がする。
藤澤はそれをかき消すように電気を付けた。
こういう時、大森を思い出す。
仕事はまだかかるのだろうか。
スマホを確認するが連絡はまだない。
気持ちを紛らわそうと 戸棚からマグカップを取り出した。
カフェオレの粉をサラッと入れると ウォーターサーバーから熱湯を注ぐ。
ぐるぐるとかき混ぜて、粉が溶けるのを眺める。
「あれ、まだあるかな」
独り言を言いながら冷蔵庫を開けるとお目当てのものを探す。
「あ、やった」
端の方にあった洋菓子を冷蔵庫から取り出した。
3日前に買ったので大森に食べられてるだろうと思ったが、まだ残っていた。
リビングに移動してソファに腰を下ろすと早速、カフェオレを口に運ぶ。
「あつ…!」
火傷した舌がひりひりとする。
まだ十分に冷めていないのに飲んでしまった。
もう30歳になるのに未だに やってしまう。
洋菓子の袋を開けて、もぐもぐと食べているとスマホの通知音が鳴った。
すぐに確認する。
『かえる』
やはり大森からのLINEだ。
藤澤はうきうきとしながら文字を打ち込んだ。
『さびしいよー』
『早く帰ってきて』
送信するとすぐに既読がついて 「分かった」という意図のスタンプが来た。
そのスタンプを見て藤澤はさらに寂しい気持ちになった。
文章が良かったな
まだ、 急がしいのだろうか
藤澤はさらに文字を打ち込んだ。
『いま電話しない?』
しばらくその文言を見つめる。
これからすぐに会えるのに電話なんて無意味だと思われるだろうか。
送るべきか悩んでいると大森からLINEがきた。
『電話する?』
ーーーーーーーーーー
1-2 〜好きな人の好きな声〜
藤澤は心の内がばれた恥ずかしさと嬉しさでそわそわしながら返信をした。
『うん、したい』
すると、すぐに大森から電話がかかってきた。
藤澤は少し驚いて、心臓がぐっと掴まれたような気持ちになった。
応答をスワイプして、 スマホを耳に当てる
と恥ずかしさを隠すように明るい声で話した。
「…おつかれさまー!」
大森が微かに笑ったのが 息づかいで藤澤にも伝わる。
『…おつかれー』
『りょうちゃんもう家?』
藤澤は大森の声を聞いた瞬間、不思議と口角が上がった。
「うん、家だよ」
『また先越されちゃった』
『最近俺、おかえりって言ってなくない?』
少し残念そうな声色で大森が言う。
「そうだね」
「元貴、今日もお疲れ様」
『りょうちゃんもね』
『ほんと頑張ってるよ、俺ら』
今日は声のトーンが低めだ。
いつもより疲れてるのかもしれない。
大森は連日、仕事漬けの日々だ。
この3年間、1日も休みがないと言っているが大袈裟ではない。
藤澤は元気づけようと思い、たった今、
体験した小さな奇跡の話をした。
「そういえば今、すごい事が起きたんだけど」
『ん?』
「元貴が 電話する?って聞いてくれたでしょ」
「その時、僕も電話したいって送ろうと思ってたの」
大森の笑い声がスマホから聞こえる。
『なにそれ、めっちゃいいじゃん』
「ね、びっくりしたー」
「なんで分かったの?」
『…』
しばらく 静寂が流れた。
藤澤は変な質問したかなと思いながらも何も言わずに相手の返答を待った。
『…うーん』
大森がスマホの向こうで唸る
『分かった訳じゃないんだけど…』
『寂しいって言ってたから』
「あ、それで電話してくれたの?」
『うん、まぁ』
少し得意げな雰囲気で答える大森に
藤澤はふっと甘えたい気持ちになった。
「じゃあ今度から…もっと寂しいって言ってもいい?」
『…』
大森が再び口を閉じる
なので、藤澤は急激に恥ずかしさを感じてしまった。
誤魔化そうと口を開くと大森の低い声が聞こえた。
『りょうちゃん…今日どうした?』
「え?」
『めっちゃかわいい』
予想外の切り返しに藤澤はつい吹き出した。
笑いながらも言葉を続ける。
「いや、えっと」
『じゃあ今、すごい嬉しいんだ?』
「え?」
『電話できて嬉しい?』
「…うん、嬉しいよ?」
藤澤は照れくさいが精一杯答えた。
顔に熱が上がっていくのを感じる。
『どんなふうに?』
「どんな…」
『俺の声聞けて安心した?』
「そ…」
『もっと会いたくなった?』
怒涛の攻めに藤澤は恥ずかしさで瞳を潤ませた。
「いじわるやめてよ」
『そっちが煽るからじゃん』
「煽ってないんだけどな…」
藤澤は気持ちを落ち着かせようと忘れかけていたカフェオレを1口飲む。
『りょうちゃん』
「ん?」
『俺も早く会いたい』
藤澤は意表を付かれて飲み込みかけたカフェオレで噎せた。
ごほごほと咳をすると大森が面白そうに笑う。
「びっくりし」
『りょうちゃん、好き』
これは確実におちょくっている時の声のトーンだ。
にやにやしている大森の顔が浮かぶ。
藤澤は分かっていても照れて笑ってしまう。
さっきまでは寂しかった心が蜂蜜のように溶けていく。
「僕もすき」
「帰ってきたらぎゅーしよ」
『…ぎゅーで終わるかな』
「え?」
『ぎゅーで終わらないかも』
今後は藤澤が口を閉じた。
言いたいことは分かる、しかしどう返答していいのか分からない。
藤澤が答えられないでいると大森がすこし緊張した声で聞いてきた。
『…やだ?』
「ううん…嫌じゃない」
ーーーーーーーーーーー
1-3 〜soup〜
『…本当?』
「…うん」
藤澤は緊張と興奮で身体の体温がぐっと上がる感覚がした。
大森がこんなことを言うのはめずらしい。
どこまでなんだろう。
どれくらい触っていいんだろう。
勝手に頭が未来を想像してしまう。
そんな藤澤を知ってか知らずか大森があっさりと告げる。
『もう家の前いるよ』
「え!!」
藤澤は飛び跳ねるように立ち上がる。
急いで玄関に向かった。
スマホから大森が車から降りる音がする。
藤澤はサンダルを履いて玄関の鍵を開けると扉を開けた。
「あ、」
玄関の前で鍵を探していた大森と目線がぶつかる。
藤澤の顔を見ると嬉しそうに笑った。
「ありがと、 わざわざ来てくれたの?」
「うん、おかえり」
藤澤はそわそわしながら大森に玄関に入れる。
ふわっと大森の香りがする。
「ただいま」
靴を脱ごうと靴紐を緩める大森の背中に後ろから抱きつく。
大森は満更でもない様子で嫌がる。
「脱ぎずらいから!!まだ我慢して」
「えーもう沢山、我慢したもん」
藤澤が甘えながら大森の肩に頬を擦り寄せると突然、手首を掴まれる
腕の中にいた大森が振り返ると藤澤の胸をぐっと押して壁に寄せた。
「うお…」
戸惑って瞬きが増えた藤澤を大森は悪戯ぽい笑みで観察する。
そして藤澤の耳元に口を寄せると甘い声で囁く。
「やっと会えたね」
藤澤の心臓の鼓動が早まる。
「もと」
「りょうちゃん」
藤澤の言葉を遮って、大森が名前を呼ぶ。
そして、藤澤の唇を指でそっと塞いだ。
「だめだよ」
「こういう時はね、喋っちゃだめ」
藤澤はぱっと口を閉じると大森見つめた。
すると、大森がそっと背伸びをして藤澤に顔を寄せる。
藤澤は息を飲んで、この先に起こる事への心の準備をした。
しかし、大森はあと少しと言う所で止まって藤澤を見つめた。
それから、しばらく沈黙が流れる
藤澤はその間、熟考してやっと意図が分かった。
あ、僕からしろってことか。
藤澤は心臓が飛び出そうになりながら覚悟を決める。
そっと大森の肩に手を置いて、顔を近づけた。
しかし、唇が触れるか触れないかの所で大森がぱっと離れる
「え?」
戸惑う藤澤を見て、堪えきれなかったように大森が笑う。
そして続けて言った。
「なにしてんの、まだご飯も食べてないでしょ」
そう言うとさっさと靴を脱いでリビングに向かっていった。
突然の肩透かしに、藤澤はつい天井を見上げた。
ーーーーーーーー
1-4 〜いつまでも青いまま〜
大森は冷蔵庫からコーラーを取りだすとソファーに座った。
リビングの扉が開くと藤澤がいじけた様子で入ってくる。
気にせずにコーラーを開けて飲んでいると藤澤が 恨めしそうに言う。
「ひどいと思うよ、さすがに」
「りょうちゃん、俺たち付き合って何ヶ月よ?」
大森は藤澤を見ないまま、質問する。
「…7ヶ月くらい?」
大森はこくりと頷くと続けて話した。
「そうでしょ、そろそろ覚えな?」
「俺はそんな簡単に手に入らんのよ」
「あー…そうでございますか」
藤澤はため息混じりに返答しながら大森の隣に座った。
大森は藤澤をちらりと見ると聞く
「夜ご飯食べてからお風呂入る?」
「うーん…どっちでもいいよ」
「元貴どっちがいい?」
「じゃあ、先ご飯にしよ」
「俺、適当に食べちゃうけど大丈夫?」
大森は答えると立ち上がって台所へ向かった。
「うん、僕もそうしようかな」
藤澤も立ち上がると台所へ向かう。
大森は冷蔵庫から冷凍のパスタを取り出すと電子レンジの中にボンと入れて温める。
藤澤も冷蔵庫から冷凍ドリアを取り出して大森のパスタが温まるのを待った。
ーーーーーーーー
ーーーー
ーー
ご飯を食べ終えた2人はソファーに座りながらスマホを触って時間を潰していた。
一応、理由はある。
食べてからすぐ、湯船に浸かると苦しいからだ。
しかし、それも主張するには時間が経ちすぎていた。
「そろそろ…入る?」
藤澤があまり唇を動かないまま問いかける。
「うー」
大森の適当な返答が帰ってくる。
このままだといつまで経ってもやる気が出ない。
藤澤は大森に発破をかける。
「もう9時になるって」
「ふーん」
「明日になっちゃうよ」
「…」
藤澤はスマホから目を離して大森を見る。
「なに見てるの?」
藤澤がスマホ覗き込むとYouTubeショートを見ているようだ。
大森がぼーっとした声で返答する
「なんも…みてない」
藤澤は笑いながら大森の肩を揺する。
「ならお風呂入るよ!!」
大森は相当入りたくない様で、突然電源が切れたようにソファーに項垂れた。
「あ、死んだふりしてもだめ!」
「…」
大森は目を閉じたまま、力が抜けてしまったように動かない
「一人で先に入っちゃおうかなー?」
「…」
「あ、高いバスボム使っちゃおうかなー」
「…」
「人工呼吸しようか」
「…ふふ」
大森が耐えかねてつい笑うと、からかうように言った。
「絶対下手くそ」
「じゃあ、試してみる?」
藤澤はソファーに手をついてキスをしようと迫る。
大森が慌てたようにぱっと起き上がった。
藤澤は少し満足気に笑って言った
「よし、じゃあお風呂入ろ」