テラーノベル
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僕はカレンダーと、にらめっこしていた。
「今日は、人型になって二日目。だから、あと六日で解決する」
僕は昨日、人の姿になった。
ムスクの魔法は一週間くらいで切れると言っていた。
「人の姿でいられる一週間で、記憶を取り戻す」
そのためにシュメバルの仲を進展させる。
今日はシュメリがお仕事でいない。
だから、バルトにくっ付いて歩いた。
「ねぇ、僕もハサミやってみたい」
「危ないからダメだ。結構、難しいんだぞ」
庭木の手入れをしながら、バルトがちらりと僕を見た。
ハサミに手を伸ばそうとしていたら、首根っこを掴まえられた。
「ダメだって行ってるだろ。ったく、猫の時と変わんねぇな」
「だって僕、猫魔の獣人だもん。バルトのケチ」
べっと舌を出す。
何故か、バルトが笑った。
「お前は、本当に。そういうところが昔から変わらない」
「僕、昔からこんな感じ?」
「そうだよ」
バルトが僕を降ろしてくれた。
大きなハサミを地面において、芝生に座った。
「ほら、アイスティ飲め」
「うん、飲む」
コップを受け取って、クピクピと飲み干す。
「はぁ、美味しい」
「美味しいもの飲んだり食べたりすると、忘れちゃうとこもな」
「そんなんじゃないよ」
ぷくっと頬を膨らます。
「本当に……何も覚えていないのか?」
バルトの顔が、真剣になった。
僕は俯きがちに頷いた。
「うん、ごめん」
「謝らなくても、いいけどな。ちょっと悲しいな」
バルトとは五年も一緒に生活していたらしいから。
それを全部忘れていたら、悲しくなるのは当然だ。
「前から、忘れっぽいって言葉じゃ足りないくらい……記憶から消えてるのかと疑う時はあったが。少しすれば戻ったから、そのままにしてた。あの時、何とかするべきだったのかもな」
バルトの顔には後悔が滲んでいる。
「バルトのせいじゃないよ! 記憶なんて、僕にしかわからないことだよ」
その僕が、今は一番わからないけど。
「あんまり焦るなよ。戻る時は戻るさ。戻らなくても、リンネはリンネだろ」
「うん……」
そう言ってくれるバルトの気持ちは嬉しい。
だけど、僕の記憶が戻らないと、シュメリはきっと悲しいままだ。
(それは嫌なんだ。シュメリが悲しいのは辛いから)
だから記憶を取り戻す。
小説世界を辿るんだ。
僕は想いを新たにした。
「バルトは、魔術師団に行くの?」
小説の中では、バルトは魔術師団に入団する。
そのためにシュメリと同棲する。
(今も同棲みたいなものだけど)
「そういう話には、なったよ。来週、ムスクが返事を持ってくる」
「返事?」
「一応、審査みたいなもんがあるんだってさ。俺は前職がアレだから、余計にな」
「あ……そっか」
暗殺者は、国付の魔術師団に入団するにはアングラすぎるかもしれない。
(でも、小説では入れたから。きっとは入れるはず)
「バルトなら、受かるよ! 立派な魔術師になれる!」
僕は力いっぱい断言した。
「そうだと良いけどな。ただなぁ、前の家には、戻れなくなるな。王都に住む場所を探さねぇと」
きた、きた、きた。
お家探しイベントだ。
小説では、結局住む家が見付からなくて、シュメリの屋敷に同居する。
「家は……急いで探さなくて、いいんじゃないかな。シュメリの御屋敷広いし、部屋も余っているし」
「いつまでも、この屋敷にいるわけにはいかねぇだろ」
「シュメリは気にしないと思うなぁ」
バルトに出て行かれては困る。
ここで引き止めないと。
「アイツは出て行けって言うんじゃねぇか。リンネと二人きりになりたいだろうし」
「何で!」
思わず叫んでしまった。
「何でって、お前。今更その反応は、さすがにシュメリが可哀想だぞ」
バルトに呆れられた。
確かに、その通りだ。
シュメリのムーブは一貫している。
ずっと僕を好きでいてくれている。
(どうしてなんだろう。僕もシュメリが好きだけど)
僕の好きとシュメリの好きは違う気がする。
(……違う、のかな)
その辺りが、最近は曖昧で。
自分でも自分の気持ちが、よくわからない。
(僕はシュメバルが大好きだけど。シュメリが大切で、バルトも大切なんだ)
特にシュメリのことを考えると、胸がぎゅっと苦しくなる。
「まぁ、リンネがそう言いたくなる気持ちは、わかるけどなぁ」
「わかるの?」
「ああいう、気取った貴族様は一般庶民なんて相手にしねぇと思ってた」
「それは、違うよ。シュメリは、本当はもっと気楽にしていたいって」
自分の口から出た言葉に、驚いた。
(そんなこと、いつ聞いたんだっけ)
浮かんでくるのは、いつもの森のお茶の場面で。
これは過去の記憶なんだと思った。
「そう言う一面もあるのか。意外だな」
バルトがアイスティを飲みながら感心している。
「まぁ、俺に庭師の仕事を宛がったり、お茶だの準備してくれたり。気遣いはしてくれるよな」
バルトからシュメリの高評価が飛び出した。
いいぞ、いいぞ。
僕は身を乗り出した。
「好きなお菓子とか、食べ物とか、覚えていてくれるよ。夜も、ぎゅってして寝てくれる」
「それ、猫の時だろうな」
「うん? そうだけど」
「なら、まだいいか」
バルトの表情が複雑だ。
何か、いけなかっただろうか。
「もうガキの頃みたいには、一緒に寝られねぇな」
「なんで? バルトとも一緒に寝たい。猫ならいい?」
「猫魔でも、そうじゃなくても、リンネはもう結婚できる歳だからな」
獣人は成長が早い。
体が成熟した時点で成人だ。
「魔種持ちはな、自分が孕むことも、相手を孕ませることもできる。だからこそ、自分を大事にしないとダメだぜ」
「……うん」
子供の頃は、一緒に寝てくれたのに。
嵐の夜はバルトが一緒で怖くなかった。
雪の夜はバルトが一緒で寒くなかった。
ずっと一緒だったのに。
「バルトと一緒に、いられなくなっちゃうの?」
記憶に押し上げられて、涙が溢れる。
ずっと一緒にいたんだって、気持ちが知ってる。
「いつかは、誰かと一緒になるんだ。俺に会えなくなるわけじゃないよ」
バルトの大きな手が僕の頭を撫でる。
寝ていた猫耳が、ペタッとなった。
「シュメリとバルトと、三人が良い」
「いやいや、俺にも嫁さん、娶らせてくれ」
違うよ、バルトがシュメリのお嫁さんになるんだよ。
本当はそのはずなのに。
(そのはずなのに……うぅ)
バルトがシュメリのお嫁さんになるんだと思うと、胸がツキツキ痛い。
シュメリとは、僕が一緒に寝たい。
(こんなの、変だよ)
そう思うのに、涙は止まってくれなかった。
撫でてくれてるバルトの手が優しくて、ずっとこうしていたかった。
お股ポテト
29
はるにし
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コメント
1件
ああ、もうこの回すごく良かった……!リンネの「バルトと一緒にいられなくなっちゃうの?」のとこ、記憶に押し上げられて涙が溢れる描写が刺さりすぎたわ。ずっと一緒にいたんだって気持ちが知ってるって表現、泣ける。 しかも「シュメリとバルトと、三人が良い」って言っちゃうとこ、リンネ自身も自分の気持ちの正体に気づきかけててドキドキした。バルトの大きな手で撫でられるシーン、めちゃくちゃ優しい空気でたまらなかった。続き気になりすぎる🔥