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「放課後。 君の我慢と笑顔」
放課後の校舎は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
窓の外では、夕陽がグラウンドの砂を赤く染め、吹奏楽部のトランペットが遠くで鳴っている。
生徒会室のドアが軋んで開く音がして、そこに顔を覗かせたのは、髪を少し金に染めた少年——若井だった。
「よぉ、会長さん。まだ残ってんのかよ」
机に向かって書類を整理していた元貴は、顔を上げる。
黒髪を整えた端正な顔立ち、真面目そのものの眼鏡。
彼は若井を見るなり、少し眉を寄せてため息をついた。
「若井、また頭髪検査の紙もらったでしょ。職員室に呼ばれてたじゃん。」
「おう。でも面倒で行かなかった」
「……それ、余計に怒られるやつ」
元貴は呆れたように笑いながらも、どこか優しげだった。
滉斗はそんな彼の表情が好きだった。怒られても、結局最後には笑ってくれる——その笑顔が、いつだって若井を素直にさせる。
「なぁ、今日、帰り一緒に行こうぜ」
「まだ書類残ってるけど……」
「手伝うって。会長の仕事ってやつ、俺にもできるの?」
「若井にできるわけないでしょ」
「お、言ったな」
軽口を叩きながら滉斗は元貴の後ろに回り、彼の肩を覗き込む。
近すぎる距離に、元貴の心臓が小さく跳ねた。
けれど、滉斗の体温が背中に触れるたび、どこか安心する。
そんな空気が流れた、ほんの数分後——。
「……うぅ」
元貴が小さく息を呑んだ。
「ん? どうした?」
「なんでも……ない」
声が少し硬い。滉斗は首を傾げた。
すると、元貴の脚が机の下でわずかに動くのが見えた。
落ち着かないように、左右に揺れる。
あー……なるほどな
滉斗の口角が上がった。、
「トイレ、行ってくれば?」と軽く言えばいいのに、なぜかその言葉を出す気になれなかった。
滉斗の中の、ちょっとした意地悪な気持ちが顔を出した。
「なぁ、会長さんよ。お前、集中してるときってさ……体ガチガチになるよな」
「え? そ、そうかな」
「ほら、今も。肩、カチカチだぞ」
そう言って、滉斗は元貴の肩に両手を置き、ぐっと軽く押す。
その瞬間、元貴の体がびくんと震えた。
「っ、滉斗! 今はやめて!」
「なんで?マッサージだって」
「ち、違う、ちょっと……!」
元貴の声が上ずる。頬が赤くなる。
滉斗は確信した。やっぱり、我慢してる。
「……もしかして、トイレ行きたい?」
「い、言わせないでよ……!」
小さな声でそう答えた元貴を見て、滉斗は吹き出した。
「かわいいなぁ」と笑いながら、元貴の机の上に肘をつく。
「俺が片付けとくから、行ってこいよ」
「……今行ったら、途中で先生に見つかるかも。もう少ししたら一緒に出ようと思って……」
「へぇ、そういう真面目なとこ、ほんと好き」
「からかわないで」
「からかってねぇよ。……でも、そんなに我慢してる顔、珍しいな」
滉斗は笑いながら、机越しに元貴の腹の前に手を伸ばす。
軽く、押すように。
「ひゃっ……! 若井、!や、やめて!」
「うわ、反応かわいすぎ。やば」
「もうっ……ほんと、いじわる……」
元貴は顔を真っ赤にして唇を噛んだ。
若井はそんな彼を見つめながら、ふと表情をやわらげる。
その笑顔が、少しだけ優しいものに変わる。
「なぁ、元貴。俺さ、最初お前と付き合うとか、無理だと思ってたんだ」
「……急に、なに」
「だって俺みたいなヤツが、生徒会長と並んで歩くとか、さ。釣り合わねぇじゃん。でも……今こうして、お前の困った顔見てたら、なんか安心すんだよな」
滉斗の声はいつもより低くて、照れくさそうだった。
元貴はうつむいたまま、小さく笑う。
「……滉斗ってさ、意外と優しいよね」
「それ、今さら?」
「普段怖いのに」
「ははっ、まぁお前限定ってやつだな」
二人の間に、柔らかい沈黙が落ちる。
外では吹奏楽部の音が止み、放課後の空気が夜に変わりつつあった。
若井は机の上の書類を束ね、元貴の方に向き直った。
「よし、終わり。行くか」
「……うん」
立ち上がった元貴は、少しぎこちない足取りでドアへ向かう。
滉斗は笑いながら後ろを歩き、時々「大丈夫か?」と声をかけた。
その度に元貴が「大丈夫!」と返すのが、なんだか可愛くて仕方なかった。
昇降口を出たとき、空はすっかり茜色から群青に変わっていた。
校門を抜け、二人は並んで歩き出す。
「若井」
「ん?」
「……ありがと」
「何が?」
「待ってくれて、手伝ってくれて。それに……からかったのに優しくしてくれたから」
「おまえ、律儀すぎ。好きだわ、そういうとこ」
滉斗は照れ隠しのように笑いながら、元貴の頭をぽんと叩いた。
その瞬間、元貴の頬がほんのり赤く染まる。
風が吹き抜け、制服の裾を揺らした。
秋の夜のはじまり。
二人の影が、校門の外にゆっくりと並んで伸びていく。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝ ♡10