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#ローファンタジー
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23-1◆道化の言い訳、そして王国の亀裂◆
翌朝の教室は、昨日の事件の噂で持ちきりだった。
俺が教室に足を踏み入れた瞬間、いくつかの視線が俺に突き刺さり、そしてすぐに逸らされる。
スカウターが、教室に渦巻く無数の感情データを表示する。
畏怖、好奇心、侮蔑。
そしてその全ての中心にいるのは、俺と三好央馬だ。
(なるほどな)
俺は心の中で、静かに呟く。
(噂という火は、俺が思っていたよりも、燃え広がるのが早いらしい)
(この分だと、俺が何か仕掛ける必要はなさそうだ)
その時。渦中の男、三好央馬が、わざと大きな声で、自らの「武勇伝」を語り始めた。
彼はElysionの精鋭たち柴田、斎藤、そして結城莉奈を前に必死に自分の正当性をアピールしている。
「だから俺は教育してやったんだよ。あの生意気な1年坊主にな」
「最近の若い奴らはなってない。天宮くんの偉大さが分かってねえ。俺がElysionの代表として、分からせてやる必要があったんだ」
俺は観客席から、その滑稽な独演会を観測する。
スカウターが彼の本性を表示する。
【Target: 三好 央馬】
【感情:虚勢90% 自己正当化95%】
【思考:”俺は間違ってない。俺は悪くない”】
その哀れな自己弁護を、最初に断罪したのは柴田隼人だった。
彼はスマホから一切、顔を上げない。
ただ心底、軽蔑しきった声で、一言だけ吐き捨てた。
「ダセェな、三好」
「結局、お前抵抗しねえ1年と、ヒョロい陰キャにビビって、逃げたんだろ?天宮の名前、汚すなよ」
次に口を開いたのは、斎藤律だ。
彼はタブレットから、冷たい視線を上げる。
「三好。その君の行動によるElysionへの支持率の損失は、マイナス12%だ。どう責任を取るつもりだ?」
そして、最後にとどめを刺したのは、結城莉奈だった。
彼女は完璧な笑顔のまま、立ち上がり三好の耳元で囁く。
恋人のように甘い声で。
「三好くん。その面白い武勇伝は、また今度聞かせてくれる?」
「週末の天宮くんの試合を、Elysionで応援に行く件で亜里沙から連絡があるみたいで」
「そろそろ行かないと。女王陛下を待たせるわけにはいかないでしょ?」
三者三様の冷徹な刃。
それに貫かれた三好の顔から、血の気が引いていく。
彼はもう何も言い返せない。
自分が所属する王国から完全に見限られたのだ。
俺はその光景を、静かに観測していた。
あとは処刑人が、現れるのを待つだけだ。
23-2◆女王が見る景色◆
その日の昼休み。
俺が学食の片隅で、日替わり定食を食べていた、その同じ時間。
久条亜里沙は全く別の世界にいた。
本館の裏手に、ひっそりと佇む茶道部室『祥雲庵』。
その古風な木の引き戸の向こう側は、彼女のためだけに用意された現代的なスイートルームだ。
一分の隙もなく、磨き上げられた琉球畳。
静かに、空気を冷やす最新式のエアコン。
そして壁際に設えられたミニバーには、高級なグラスが並んでいる。
久条は、その玉座で優雅に昼食を摂っていた。
彼女の周りには、結城莉奈をはじめとした選ばれた数人のElysionの精鋭たちが控えている。
「亜里沙」
結城莉奈が、心配そうに口を開いた。
「昨日の三好くんと音無奏の件、このままにしておいていいの?」
亜里沙は、完璧な笑みを崩さない。
「ええ、構わないわ。あんなくだらないもめごと、天宮くんの耳に入らなくてよかったわ」
彼女は続ける。
「幸い、彼は本日、ご欠席なのだから」
結城は、意外そうな顔で聞き返した。
「そうね。今日は天宮くん、来てないわね。何か特別なご予定でも?」
その問いに亜里沙は待っていましたとばかりに、口元を綻ばせた。
それは、自分だけが知る世界の真実を、愚かな民に教え諭す女王の笑みだった。
「岡崎に新しくできる天宮財団のコンサートホールがあるの。その設立記念式典よ」
彼女は、一旦言葉を切る。
「今日は総帥であるお父様に『将来の跡取り』として付き添っているの。国内外の政財界の重鎮や文化人たちが集う懇親会。そこで彼は帝王学を学んでいるのよ」
久条は優雅にお茶を一口飲む。
そしてこう締めくくった。
「いいこと莉奈。私たちが戦っているのは、たかが学校内のちっぽけな椅子取りゲーム。でも天宮くんは、これからもっともっと大きくなって世界中で活躍する人間なの」
結城たちは、もはや何も言えなかった。
ただ天宮がいる世界のあまりのスケールに呆然とするだけだった。
久条は最後にもう一度、締めくくる。
「だから、こんなちっぽけなもめごとを、今後も天宮くんの耳に入れる必要はないのよ」
23-3◆処刑人の訪問◆
その日の放課後。最後のホームルームが終わった直後だった。
ガラッと乱暴に教室のドアが開かれた。
そこに立っていたのは見慣れない男。
しかし、その顔を俺は知っていた。轟木剛造一派のNO2、坂元要介だ。
彼の後ろには、屈強な三年生が数人、立っている。
教室の空気が一瞬で凍りついた。
坂元は、氷のような瞳で教室全体を見渡す。
そして静かに、しかし有無を言わせぬ声で言った。
「このクラスに三好央馬とかいう男がいるな。どいつだ?」
誰も答えない。
クラス中の生徒が、怯えたように顔を伏せる。
三好自身も顔面蒼白になり必死に、気配を消していた。
坂元はつまらなそうに舌打ちをすると、一人の生徒に目をつけた。
クラスの隅にいたヤンキー風の男、熱田清隆だ。
坂元は熱田の元へゆっくりと歩み寄る。
そして何の躊躇もなく、その胸倉を掴み上げた。
「おい、お前。三好はどれだ。指を差せ」
熱田は一瞬、抵抗しようとした。
だが坂元のその底なしの瞳に見つめられ、完全に戦意を喪失した。
彼は震える指で、教室の隅を指差した。
「あいつです」
全ての視線が三好に突き刺さる。
もう逃げ場はない。
坂元が静かに言う
「おまえが三好か?なぜ、俺たちがここに来たか?わかるよな?」
三好は観念したように、その場に崩れ落ちた。
そして額を床にこすりつける完璧な土下座をした。
「も、申し訳ありませんでした!」
その三好の見事な土下座、クラス全員が目撃してしまった。
坂元はその哀れな姿を冷たく見下ろす。
そして彼はたった一度だけ、その足を振り上げた。
ゴッと鈍い音が響く。
坂元の蹴りが、三好の腹部にめり込んだ。
三好は蛙が潰れたような、声を上げて床を転がる。
坂元は、顎で部下たちに指示を送る。
部下たちは、悶絶する三好の両脇を抱え引きずるようにして、教室から連れ去っていった。
まるでゴミを処分するように。
坂元は、最後に一度だけ、教室全体を睨みつけると静かにドアを閉めた。
後に残されたのは、唖然とするクラスメイトたち。
そして、その一部始終を冷たい瞳で、観測していた俺だけだった。
(脚本通りだ)
俺は心の中で静かに呟いた。
(哀れな道化は、舞台から退場した。俺がその脚本を書いた。それだけのこと)
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