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蒼嶺砦を後にした蒼牙たちは、中央の都・天都へ向かって街道を進んでいた。
朝霧が山道を包み、冷たい風が旗を揺らす。
先頭を歩く蒼牙は、静かに前を見据えていた。
その背中には、以前にはなかった覚悟が宿っている。
玄斎はそんな弟子の姿を見て、小さくうなずいた。
「少し見ない間に、将の顔になったな。」
蒼牙は照れくさそうに笑う。
「まだまだですよ、師匠。」
「俺は仲間に支えられているだけです。」
豪炎が豪快に笑った。
「それでいい!」
「一人で天下を取れる者などおらん!」
弦雲も腕を組みながら言う。
「仲間を信じる者ほど強い。」
雷真は地図を広げた。
「この先を越えれば天都の領地です。」
「だが、街道には検問があります。」
影丸が続ける。
「正面から入れば、すぐに正体が知られるでしょう。」
紗雪は胸元の天命石を握りしめた。
「この石の存在も知られているはずです。」
蒼牙は少し考えたあと、全員を見回した。
「なら、正面からは行かない。」
「別の道を探そう。」
その時だった。
森の奥から一羽の白い鷹が飛んできた。
鷹は影丸の腕に止まり、小さな筒を落とす。
影丸は素早く中の紙を取り出した。
「……忍びからの報告です。」
「天都の西側にある古い水路が、まだ使えるそうです。」
鬼堂が目を細める。
「昔、王族だけが使った秘密の通路か。」
「まだ残っていたとは。」
蒼牙は地図を見る。
「そこから潜入しよう。」
全員がうなずく。
いよいよ天都への潜入作戦が始まろうとしていた。
しかし、誰も気づいていなかった。
遠く離れた丘の上から、一人の男が彼らを見つめていることを。
銀色の鎧。
長い槍。
鋭い眼差し。
男は静かに笑った。
「蒼牙……。」
「ようやく会えるな。」
その男の名は、白蓮(びゃくれん)。
天冥直属の最強部隊「天影七将」の第一将であり、「神槍」の異名を持つ最強の槍使いだった。
白蓮は槍を肩に担ぐ。
「ここから先へは、一歩も進ませない。」
新たな強敵が、蒼牙たちの前に立ちはだかろうとしていた。
丘の上に立つ白蓮は、静かに蒼牙たちを見下ろしていた。
風が銀色の髪を揺らし、その手に握られた長槍の穂先が夕日に照らされて鋭く輝く。
「天影七将第一将・白蓮……。」
鬼堂が小さくつぶやいた。
「まさか奴が直々に動くとは。」
影丸は目を細める。
「あの男がいる以上、正面から天都へ近づくのは危険です。」
白蓮はゆっくりと丘を下り、蒼牙たちの前で足を止めた。
「蒼牙。」
低く落ち着いた声が響く。
221
136
引 退 済
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「お前の名は、天都にも届いている。」
蒼牙は蒼月に手を添える。
「俺を捕まえに来たのか。」
白蓮は首を横に振った。
「違う。」
「私はお前を見極めに来た。」
その言葉に一同が息をのむ。
「乱世を終わらせると言う者が、本当にその器を持つのか。」
「それを確かめる。」
次の瞬間、白蓮の姿が消えた。
「速い!」
雷真が叫ぶ。
鋭い槍が蒼牙へ一直線に突き出される。
蒼牙は蒼月で受け止めるが、その衝撃で数歩後ろへ押し戻された。
――キィィン!
金属音が山道に響く。
白蓮は追撃せず、静かに槍を構え直した。
「今の一撃を受けたか。」
「噂以上だ。」
蒼牙も構えを崩さない。
「まだ終わっていない。」
弦雲が刀を抜こうとするが、玄斎が手で制した。
「待て。」
「これは蒼牙自身の試練だ。」
蒼牙は深く息を吸い、白蓮を見据える。
「来い。」
白蓮はわずかに笑みを浮かべた。
「ならば、もう一撃。」
神槍と蒼月が再び激突しようとしていた。
白蓮は槍を静かに構えた。
その姿には一切の無駄がない。
まるで山のように動かず、それでいて隙が見当たらなかった。
蒼牙は蒼月を握り直す。
相手から放たれる気迫は、これまで戦ったどの敵とも違う。
狼牙のような威圧感でもなく、牙鬼のような力でもない。
研ぎ澄まされた技だけで相手を圧倒する、真の達人だった。
「来るぞ。」
玄斎が小さくつぶやく。
次の瞬間、白蓮が地面を蹴った。
一歩。
それだけで十歩分の距離を縮める。
鋭い槍先が蒼牙の胸元を狙う。
蒼牙は身体をひねり、紙一重でかわす。
しかし白蓮の攻撃は止まらない。
槍は流れるように軌道を変え、今度は足元を狙って払われた。
蒼牙は後ろへ飛び退き、岩の上へ着地する。
「速い……。」
思わず声が漏れる。
白蓮は表情を変えずに言った。
「戦場で驚いている者から死ぬ。」
再び突き。
三連続の鋭い攻撃が蒼牙を襲う。
蒼牙は受け流し、かわし、時には蒼月で受け止めながら距離を保つ。
火花が何度も散った。
見守る仲間たちは息をのむ。
雷真が低く言う。
「今の攻防で一度も無駄がない……。」
弦雲もうなずいた。
「さすが天影七将第一将。」
「技だけなら狼牙以上かもしれない。」
蒼牙は冷静になろうと深呼吸した。
玄斎の教えを思い出す。
『敵の剣ではなく、敵そのものを見ろ。』
蒼牙は白蓮の視線を観察する。
槍より先に、目がわずかに動く。
足の向きも少しだけ変わる。
「そうか……。」
蒼牙は小さく笑った。
白蓮が踏み込む。
しかし今度は違った。
蒼牙は攻撃が来る前に半歩だけ動く。
槍は空を切った。
白蓮の目がわずかに見開かれる。
「見切ったか。」
蒼牙は初めて反撃へ転じる。
蒼月が一直線に走る。
白蓮は槍で受け止めるが、その衝撃で一歩後退した。
「見事だ。」
白蓮は静かに笑う。
「短期間でここまで成長した者は初めて見た。」
蒼牙は刀を下ろさない。
「まだ勝っていない。」
「もちろんだ。」
白蓮は槍を地面へ突き立てた。
「今日の目的は、お前を倒すことではない。」
「お前の覚悟を確かめることだった。」
蒼牙は首をかしげる。
「どういう意味だ。」
白蓮は天都の方角を見つめる。
「天冥は以前とは別人になった。」
「今の天都には、多くの者が逆らえず従っている。」
「私もその一人だ。」
鬼堂が驚く。
「お前ほどの男でも……。」
白蓮は苦く笑った。
「守るべき民がいる。」
「軽率に反旗を翻せば、多くの命が失われる。」
蒼牙は静かに答えた。
「だから俺が止める。」
「乱世も、天冥も。」
白蓮は蒼牙を真っ直ぐ見つめる。
その目には迷いはなかった。
「ならば証明してみせろ。」
「天都で待つ。」
そう言い残すと、白蓮は山道の奥へ歩き出す。
誰も追わなかった。
敵でありながら、どこか味方にも見える男。
蒼牙はその背中を見送りながら、静かに蒼月を鞘へ納めた。
「必ず会おう。」
「その時は、乱世を終わらせるために。」
夕日が山々を赤く染める。
蒼牙たちは再び天都への道を歩き始めた。
その先に待つ運命をまだ知らないまま――。
白蓮と別れた翌日、一行は天都を望む山の頂へたどり着いた。
眼下には、この国で最も栄える都が広がっている。
巨大な城壁が都を囲み、その中心には天都城がそびえ立っていた。
城の屋根は朝日に照らされ、まるで黄金のように輝いている。
しかし、その美しい景色とは裏腹に、町には重苦しい空気が漂っていた。
城門には武装した兵が何重にも並び、人々は身分証を示さなければ中へ入れない。
少しでも怪しい者は、その場で捕らえられていた。
影丸は木の上から様子を見下ろし、小さく息をつく。
「警備は予想以上です。」
「正門だけで百人以上、西門と東門にも同じくらい配置されています。」
豪炎は腕を組む。
「真正面から突破するのは無理だな。」
鬼堂は地図を広げ、ある一点を指差した。
「ここだ。」
そこには細い青い線が描かれていた。
「地下水路。」
「昔、王族が城の外へ避難するために造った秘密の通路だ。」
雷真が地図をのぞき込む。
「入口は今も残っているはずです。」
「ただし、長年使われていないので崩れている場所もあるでしょう。」
蒼牙は仲間たちを見回した。
「全員で入るのは危険だ。」
「二手に分かれよう。」
玄斎がうなずく。
「よい判断だ。」
蒼牙は作戦を説明する。
「俺、影丸、雷真、紗雪の四人が地下水路から潜入する。」
「師匠、弦雲、豪炎、鬼堂は外で待機し、もしもの時は援護を頼みます。」
全員が力強くうなずいた。
日が沈み、辺りが暗闇に包まれる。
四人は山のふもとへ移動し、草木に隠された古い石扉の前へ立った。
鬼堂が石を押す。
重い音を立てながら扉がゆっくり開いた。
冷たい空気が流れ出す。
「ここから先が地下水路だ。」
影丸は松明に火をつける。
「気を付けてください。」
「何十年も人が入っていません。」
蒼牙は蒼月を握り、静かにうなずいた。
「行こう。」
四人は暗い地下通路へ足を踏み入れた。
足音だけが静かに響く。
しばらく進むと、水の流れる音が聞こえてきた。
その時だった。
カラン……。
どこからか小さな金属音が響く。
影丸の表情が変わる。
「止まって!」
全員が足を止めた。
床を見ると、細い糸が張られている。
「罠だ。」
雷真がしゃがみ込み、慎重に調べる。
「最近仕掛けられたものです。」
「つまり、この地下道は誰かが使っている。」
蒼牙は周囲を見渡す。
「天冥の兵か……。」
その瞬間、通路の奥から複数の足音が近づいてきた。
カツン、カツン、と規則正しい音が闇の中から響く。
やがて松明の明かりが見え、黒い鎧をまとった兵士たちが姿を現した。
先頭の男が剣を抜く。
「侵入者だ!」
「捕らえろ!」
蒼牙は蒼月を抜き放つ。
「見つかった!」
狭い地下水路で、新たな戦いが始まろうとしていた。
「侵入者を逃がすな!」
黒い鎧をまとった兵士たちが、一斉に蒼牙たちへ襲いかかった。
狭い地下水路に剣戟の音が響き渡る。
蒼牙は蒼月を抜き、先頭の兵士の剣を受け流した。
――キィン!
そのまま体をひねり、柄で兵士の胸を打つ。
兵士は壁へ吹き飛び、気を失った。
影丸は素早く天井へ飛び上がる。
闇に紛れ、音もなく敵の背後へ回り込んだ。
「遅い。」
短刀がひらめき、兵士たちの武器が次々と地面へ落ちる。
雷真も二本の刀を抜いた。
左右から迫る敵を流れるような剣技で受け流し、無駄のない動きで倒していく。
紗雪は細剣を構え、仲間の死角を守る。
敵が蒼牙へ斬りかかろうとした瞬間、紗雪の剣がその腕を弾いた。
「ありがとう!」
蒼牙はうなずき、さらに前へ進む。
しかし敵の数は減らない。
通路の奥から次々と兵士が現れる。
影丸が低い声で言った。
「長居は危険です。」
「突破しましょう!」
蒼牙は先頭に立つ。
「道を開く!」
蒼月が青い軌跡を描く。
敵の剣を受け流しながら、一気に包囲を抜けようとする。
その時だった。
ドォン!
突然、通路全体が激しく揺れた。
天井から岩が落ち、後方の出口が崩れ落ちる。
「しまった!」
雷真が振り返る。
退路は完全に塞がれていた。
兵士たちは不敵に笑う。
「逃げ道はない!」
「ここがお前たちの墓場だ!」
その瞬間、地下水路の奥から重い足音が響く。
一歩。
また一歩。
兵士たちが左右へ道を開けた。
現れたのは、黒い鎧をまとった大柄な男だった。
背中には巨大な大刀。
顔には古い傷跡が刻まれている。
男は蒼牙を見つめ、不敵に笑った。
「待っていたぞ。」
「蒼牙。」
影丸の表情が変わる。
「あの男は……。」
鬼堂から聞かされていた名が頭をよぎる。
天影七将・第三将『黒鉄(くろがね)』。
怪力と鉄壁の防御を誇る、天都最強クラスの武将の一人だった。
黒鉄はゆっくりと大刀を抜く。
重い刃が石畳を擦り、不気味な音を響かせる。
「ここから先へ進みたければ。」
「まずは俺を倒してみろ。」
蒼牙は蒼月を構えた。
地下水路に再び緊張が走る。
天影七将との新たな戦いが、今始まろうとしていた。黒鉄は巨大な大刀を肩に担い、蒼牙たちを見つめていた。
「お前が蒼牙か。」
「ああ。」
「思ったより若いな。」
黒鉄は低く笑う。
「だが、若さだけでここまで来られるほど、天都の道は甘くない。」
蒼牙は蒼月を構える。
「そこをどけ。」
「断る。」
黒鉄が大刀を振り下ろした。
――ドォン!
蒼牙は横へ飛ぶ。
大刀が石床を砕き、地下水路全体が揺れた。
「なんて力だ……!」
雷真が目を見開く。
黒鉄は再び刀を振る。
蒼牙は受け止めようとしたが、直前で考えを変えた。
真正面から受ければ押し負ける。
玄斎の教えを思い出す。
「強い相手ほど、力で勝とうとするな。」
蒼牙は一歩下がり、大刀の軌道を見極める。
黒鉄の攻撃は速くない。
だが、一撃一撃が重い。
蒼牙はかわしながら隙を探す。
「逃げているだけか!」
黒鉄が叫ぶ。
「ならば、これで終わりだ!」
大刀が横薙ぎに振られる。
蒼牙は低く身をかがめ、そのまま黒鉄の懐へ入り込んだ。
蒼月が閃く。
しかし――。
ガキン!
刃は黒鉄の鎧に弾かれた。
「なっ……!」
黒鉄が笑う。
「俺の鎧は特別製だ。」
「普通の刀では通らん。」
蒼牙は距離を取る。
その時、影丸が叫んだ。
「蒼牙!」
「右肩の鎧に隙があります!」
蒼牙は黒鉄の動きを見る。
確かに、大刀を振るたびに右肩の部分だけがわずかに開いていた。
「分かった!」
黒鉄が再び迫る。
蒼牙は逃げる。
右へ。
左へ。
何度も攻撃をかわす。
「小賢しい!」
黒鉄が力任せに大刀を振り下ろす。
蒼牙はその瞬間を待っていた。
「今だ!」
踏み込む。
蒼月が黒鉄の右肩へ向かう。
――カンッ!
鎧の隙間に刃が入り、黒鉄が初めて後退した。
「ぐっ……!」
兵士たちがざわめく。
「黒鉄様が下がった……?」
黒鉄は肩を押さえながら蒼牙を見る。
そして、突然笑い始めた。
「なるほど。」
「ただの若造ではないらしい。」
黒鉄は大刀を地面へ突き立てた。
「だが、俺もまだ本気ではない。」
その瞬間、黒鉄の周囲から凄まじい気迫が放たれる。
蒼牙は思わず息をのんだ。
「まだ強くなるのか……。」
雷真が刀を構える。
「一人では危険です。」
弦雲の姿はここにはない。
玄斎たちとも分かれている。
この地下水路で黒鉄を止めなければ、天都へ進むことはできない。
蒼牙は蒼月を握り直した。
「だったら――」
「俺も本気でいく。」
蒼牙と黒鉄。
二人の視線が交差する。
次の瞬間、地下水路に二つの影が同時に走った。
蒼月と大刀が激突する。
轟音が響き、壁の水滴が一斉に落ちる。
戦いは、さらに激しさを増していった。
そしてその頃、地上では――。
弦雲が天都の城壁を見上げていた。
「遅いな、蒼牙。」
その隣で玄斎が静かに言う。
「何かあったのだろう。」
弦雲は刀の柄に手を置く。
「なら、俺たちも動くか。」
遠くで城門が開いた。
大量の兵士が姿を現す。
その先頭には、白蓮が立っていた。
「どうやら、こちらも歓迎されているようだな。」
弦雲は笑った。
「面白い。」
そして刀を抜く。
「俺が相手をしよう。」
天都の地下と地上。
二つの戦場で、同時に戦いの火蓋が切られた。
天都の城門前。
無数の兵士が道を埋め尽くしていた。
その数は、ざっと五百。
対する蒼牙たちの仲間は、玄斎、弦雲、豪炎、鬼堂、そして少数の兵だけだった。
豪炎が大刀を構える。
「数が多すぎるな。」
玄斎は城門を見つめた。
「数だけならな。」
その隣で、弦雲は静かに立っていた。
いつものように表情は穏やかだった。
しかし、腰の刀には手をかけている。
白蓮が兵士たちの前へ進み出た。
「弦雲。」
弦雲が顔を上げる。
「久しぶりだな。」
白蓮の声には緊張が混じっていた。
豪炎が驚く。
「知り合いなのか?」
「ああ。」
白蓮は答える。
「昔、一度だけ戦った。」
弦雲が小さく笑った。
「一度だけだったか?」
白蓮の表情が変わる。
「……あれは勝負とは呼べない。」
豪炎が眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
白蓮は槍を構えた。
「俺が三十人の精鋭を連れて挑んだ。」
「そして――」
白蓮は弦雲を見る。
「全員、相手にならなかった。」
兵士たちがざわめく。
玄斎だけは何も言わない。
弦雲は刀を抜いた。
「昔の話だ。」
「今は俺も少し弱くなった。」
豪炎が笑う。
「おいおい。それで弱くなったのかよ。」
弦雲は答えない。
ただ、城門を見つめた。
「蒼牙たちが地下水路へ入った。」
「なら、俺たちはここを通す。」
白蓮が槍を構える。
「そう簡単にはいかない。」
弦雲が一歩前へ出た。
「白蓮。」
「お前は強い。」
「だが、今は俺の相手をする必要はない。」
白蓮が眉をひそめる。
「どういうことだ?」
弦雲は後ろの兵士たちを見た。
「こいつらを片付ける。」
次の瞬間。
弦雲の姿が消えた。
「なっ――!」
兵士たちの間を、一陣の風が走る。
剣を振る。
槍をかわす。
敵の武器だけを正確に弾き飛ばす。
数十人が一瞬で地面へ倒れた。
誰一人として命を奪われていない。
豪炎は目を丸くする。
「速すぎる……。」
玄斎は静かに笑った。
「まだ本気ではない。」
弦雲はさらに進む。
百人。
二百人。
敵が何人増えても、その動きは変わらない。
やがて五百人の兵士が、誰一人として弦雲へ近づけなくなった。
白蓮は槍を下ろした。
「やはり……。」
「お前は昔から変わっていない。」
弦雲は振り返る。
「白蓮。」
「何だ。」
「俺はまだ、お前と戦うつもりはない。」
「なぜだ?」
弦雲は天都城を見上げた。
「本当に戦うべき相手は、もっと奥にいる。」
白蓮はその言葉を聞き、静かに槍を収めた。
「……そうか。」
その時、城壁の上から角笛が鳴り響いた。
さらに大量の兵士が現れる。
豪炎が大声で叫ぶ。
「まだ来るのか!」
弦雲は刀を鞘に戻した。
「玄斎。」
「何だ。」
「俺が道を作る。」
「蒼牙たちを先へ進ませよう。」
玄斎はうなずく。
「ああ。」
弦雲は一人で城門へ向かって歩き出した。
その背中を見ながら、豪炎がつぶやく。
「本当に……あいつが一番強いのかもしれんな。」
玄斎は答えた。
「かもしれない、ではない。」
静かに弦雲を見る。
「今、この乱世にいる者の中で――」
「弦雲を超える者は、まだ存在しない。」
その頃、地下水路では。
蒼牙と黒鉄の戦いが、最終局面を迎えていた。
蒼牙はまだ知らない。
地上で、弦雲が天都への道を一人で切り開いていることを。
そして弦雲自身もまだ知らなかった。
この先、何度世界がひっくり返ろうとも――
彼だけは最後まで生き残り、乱世の最終決戦へ立つことになる。
地下水路。
蒼牙と黒鉄の戦いは、激しさを増していた。
黒鉄が大刀を振り下ろす。
蒼牙は横へ飛び、石壁を蹴って距離を取る。
――ドォン!
大刀が床を砕いた。
「この狭い場所では、俺の方が有利だ。」
黒鉄が笑う。
蒼牙は荒い息を整えた。
「そうでもない。」
「何?」
蒼牙は周囲を見渡す。
地下水路は狭い。
黒鉄の大刀は強力だが、その分、振り回すには空間が必要になる。
蒼牙はそれに気づいていた。
「お前の武器は、この場所じゃ大きすぎる。」
黒鉄の目が細くなる。
「気づいたか。」
「ならば――」
黒鉄は大刀を構え直した。
「この一撃で終わらせる。」
黒鉄が踏み込む。
蒼牙は逃げない。
真正面から黒鉄を見る。
大刀が迫る。
その瞬間、蒼牙は一歩だけ前へ出た。
大刀の軌道の内側へ入る。
「何っ!」
蒼牙の蒼月が閃いた。
黒鉄の手元を狙い、武器を弾き飛ばす。
大刀が地面へ落ちた。
黒鉄は驚いた顔をする。
蒼牙は刀を首元へ向けた。
「終わりだ。」
しかし黒鉄は笑った。
「……見事だ。」
そして両手を上げる。
「俺の負けだ。」
兵士たちがざわめく。
蒼牙は刀を下ろした。
「なぜ笑っている?」
黒鉄は答える。
「お前が天都へ来た理由が分かった。」
「天冥を倒すつもりか。」
蒼牙はうなずく。
「そうだ。」
黒鉄はしばらく蒼牙を見つめた。
「なら、気をつけろ。」
「天冥の周りには、俺より恐ろしい奴がいる。」
雷真が尋ねる。
「天影七将か?」
黒鉄は首を横に振る。
「七将ですらない。」
その言葉に全員が沈黙する。
「天冥の懐刀。」
「名は――黒曜(こくよう)。」
蒼牙はその名を覚えた。
黒鉄は大刀を拾い上げる。
「俺はここで退く。」
「だが次に会った時は、敵とは限らん。」
そう言って黒鉄は兵士たちと共に暗闇へ消えていった。
蒼牙たちは先へ進む。
やがて地下水路の出口が見えてきた。
扉を開ける。
そこには、天都の城下町が広がっていた。
しかし――。
町は静まり返っていた。
人々は窓を閉め、兵士たちを恐れるように道の端へ寄っている。
紗雪が小さくつぶやく。
「ここが……天都。」
蒼牙は町を見渡した。
大きな城。
整った街並み。
豊かな商店。
それなのに、人々の顔には笑顔がない。
「これが天冥の作った国か。」
蒼牙は拳を握る。
その時、影丸が指を差した。
「見てください。」
遠くの城壁に、巨大な黒い旗が掲げられていた。
中央には天冥の紋章。
蒼牙はその旗を見つめる。
「行こう。」
そして四人は、天都城へ向かって歩き出した。
一方その頃。
地上では弦雲が城門を突破していた。
倒れた兵士たちを越え、玄斎たちが城内へ進む。
白蓮はその様子を見つめていた。
「弦雲……。」
弦雲が振り返る。
「白蓮。」
「次に会う時は、本気で戦おう。」
弦雲は笑った。
「ああ。」
「その時まで、お互い生きていよう。」
二人は別々の道へ進んだ。
天都の夜空に、二つの影が消えていく。
そして城の最深部。
天冥は静かに立っていた。
「来たか。」
その背後に、黒い影が現れる。
黒曜だった。
「蒼牙が天都へ入りました。」
天冥は笑う。
「ならば、舞台を整えよう。」
「すべての真実を、奴に見せてやる。」
天都の鐘が鳴り響く。
乱世の中心で、運命の歯車が大きく動き始めた。