テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第265話 ジャバ襲撃
【異世界・王都外縁/保護施設・旧避難通路・夜】
「その傷、前より広げてやるよ」
ジャバの視線は、リオの右手首から動かなかった。
外套の袖の下。
そこにある副鍵には、以前の戦いでできた細い亀裂が残っている。
サキのスマートフォンでは、reがその場所を指していた。
《危険》
白い表示が何度も明滅する。
「来てみろよ」
リオが右腕を引いた。
「リオ、挑発するな!」
ハレルが叫ぶ。
「してねえよ」
「してるだろ!」
「どっちでも同じだ!」
ジャバが地面を蹴った。
一瞬だった。
巨体が狭い通路を飛ぶように進む。
狙いは高瀬ではない。
リオ。
「っ!」
リオが横へ跳ぶ。
直後。
ジャバの拳が石壁へ叩き込まれた。
ドンッ!
通路全体が揺れる。
石片が雨のように飛び散った。
『副鍵を使うな!』
ノノの声がイヤーカフから飛ぶ。
「分かってる!」
リオは腕輪を光らせず、身体だけで距離を取る。
だが、ジャバは追う。
「使わねえのか!」
「お前に見せるためのもんじゃねえ!」
「じゃあ、出させてやる!」
ジャバの影が膨らんだ。
床から黒い腕が何本も伸びる。
リオの足。
腰。
右腕。
副鍵のある場所だけを狙っている。
ハレルが主鍵へ手を伸ばしかけた。
その瞬間。
reの白線が強く揺れる。
《使わない》
ハレルは手を止めた。
主鍵を使えば、今度は自分の位置まで強く固定される。
敵の狙いは高瀬と副鍵。
だが主鍵まで反応させれば、ジャバにもう一つの標的を与えることになる。
「サキ、高瀬さんを先へ!」
「うん!」
サキが高瀬の腕を取る。
「行きましょう!」
高瀬は何度も後ろを振り返る。
「でも、あの人たちは……」
「大丈夫」
サキは言った。
「みんな、逃がすために戦ってるから」
言葉にした本人も怖かった。
本当に大丈夫かなんて分からない。
#溺愛
桜咲かな
12
#溺愛
桜咲かな
42
それでも止まれば、全員が危険になる。
reの白線が通路の先へ伸びた。
サキと高瀬、警備局員二人が走り出す。
◆ ◆ ◆
ジャバの影がリオの右腕へ絡みついた。
「捕まえた!」
「まだだ!」
リオが身体を捻る。
だが黒い影は外套の袖を破り、副鍵へ触れた。
腕輪が光る。
リオが望んだ光ではない。
外から圧力を受けたことで、鍵自身が反応した。
「まずい!」
ノノの声が響く。
『リオ、力を流さないで!』
「流してねえ!」
ジャバが黒い影を引く。
副鍵が腕ごと引っ張られる。
「ぐっ……!」
リオの身体が前へよろめいた。
亀裂が一度だけ白く光る。
ジャバの口元が吊り上がる。
「これだ」
「離せ!」
「壊すなとは言われてるが――」
ジャバがさらに引く。
「外すなとは言われてねえ!」
その瞬間。
炎が横から叩きつけられた。
「じゃあ、その手を離せ!」
ヴェルニ。
火球ではない。
細く圧縮した炎を、ジャバの腕だけへ撃ち込む。
「ちっ!」
ジャバが影を一瞬緩める。
リオが腕を引き抜いた。
ヴェルニがそのまま二人の間へ入る。
「前も言ったよな」
炎を両腕へまとわせる。
「お前の相手は俺だ」
ジャバが鼻で笑う。
「今はお前に用はねえ」
「俺にはある」
「知るか!」
拳が来る。
ヴェルニが炎で受ける。
ドンッ!
衝撃で身体が後ろへ滑る。
だが倒れない。
「……重てえな!」
「前と同じだ!」
「こっちは前より慣れてんだよ!」
ヴェルニが地面を蹴る。
炎を正面ではなくジャバの足元へ。
爆発。
体勢を崩したところへ、アデルの光が走った。
「〈封縛・座標杭〉!」
一本。
左足。
二本目。
右足。
三本目。
背後。
四本目。
頭上。
光の杭が立体的にジャバを囲む。
「またこれか!」
ジャバが拳を振り上げる。
「同じではない」
アデルの声は冷静だった。
左手首の副鍵には触れていない。
結界術だけで組んでいる。
「今回は、お前を倒すためじゃない」
ジャバの足元。
四本の杭から白線が伸びる。
「高瀬たちから切り離すためだ」
〈封縫・戻り線〉
ジャバと通路の奥を繋いでいた黒い影へ、白い線が横から差し込んだ。
黒が切れる。
「なに――」
一瞬だけ。
高瀬の反応が、ジャバの視界から消えた。
◆ ◆ ◆
【旧避難通路・出口付近】
高瀬が足を止めた。
「……消えた」
サキが振り返る。
「何が?」
「さっきまで」
高瀬は胸を押さえる。
「誰かに見られてる感じがしてた」
「今、一瞬だけ消えた」
reが明るく光る。
ノノの声が入った。
『アデルが観測線を切った』
『今なら高瀬さんの位置を直接追えない』
ハレルは後方を見た。
「どのくらい持つ?」
『長くない』
『急いで』
通路の先。
古い木扉がある。
その向こうから外気が流れ込んでいた。
出口。
警備局員が扉を押す。
開かない。
「錆びています!」
「下がって!」
ハレルが肩を入れる。
一度。
二度。
動かない。
reの白線が、扉ではなく壁際へ伸びる。
「また別?」
サキが画面を見る。
壁の端。
小さな金属棒。
古い緊急解放装置。
警備局員が引く。
ガコン。
扉が内側へ少し動いた。
「開く!」
全員で押す。
冷たい夜気が一気に入ってきた。
外。
保護施設の南側。
木立。
その向こうに、警備局の退避用馬車が見える。
「行けます!」
警備局員が叫ぶ。
高瀬が外へ出る。
その瞬間。
胸元に白い反応が浮かんだ。
《高瀬直人》
《帰還意思・維持》
《現在位置・王都外縁》
本人の反応は崩れていない。
「あと少しです」
ハレルが言った。
だが。
背後から大きな衝撃音が聞こえた。
◆ ◆ ◆
【旧避難通路・中腹】
ジャバが光杭を一本引き抜いた。
「邪魔だ!」
二本目。
素手で折る。
三本目。
黒い影で叩き潰す。
アデルの表情が険しくなる。
「ヴェルニ、右!」
「了解!」
炎。
風。
二つを重ねる。
ジャバの身体が左へ押される。
だが、その瞬間。
ジャバは逆に風を利用した。
壁を蹴る。
ヴェルニの横を抜ける。
「しまっ――」
狙いは再びリオ。
リオも気づいた。
右腕を引く。
ジャバの手が伸びる。
「今度こそ――」
「〈捕縛・第三級〉!」
リオ自身が術を放った。
光の鎖。
副鍵ではない。
通常の魔術。
ジャバの左腕へ絡みつく。
「その程度!」
ジャバが鎖を引く。
逆にリオが身体ごと引き寄せられた。
「リオ!」
ジャバの右手が、副鍵を掴む。
ガシッ。
「――っ!」
腕輪が強く光る。
ジャバが笑う。
「取った」
「まだだ!」
リオは左手でジャバの腕を掴む。
副鍵を守ろうと身体を捻る。
ジャバが力を込めた。
腕輪が軋む。
以前からあった細い亀裂。
そこへ力が集中する。
ピシッ。
小さな音。
リオの顔色が変わった。
「……っ!」
ノノが叫ぶ。
『やめて!』
『亀裂が広がってる!』
ジャバはそれを聞いて笑った。
「壊れかけか!」
「だったら――」
さらに力を込めようとする。
その瞬間。
アデルがジャバの腕へ剣を振り下ろした。
ジャバは咄嗟に手を離す。
刃が黒い影を切り裂く。
リオが後ろへ転がった。
右手首を押さえる。
腕輪。
壊れてはいない。
だが。
亀裂は明らかに長くなっていた。
一本だった線が。
二股に分かれている。
リオは息を呑む。
「……まずいな」
『絶対にもう使わないで!』
ノノの声が震えている。
『今度強く出したら、本当に割れるかもしれない!』
リオは立ち上がる。
「分かった」
ジャバが副鍵を見る。
「あと一回だな」
ヴェルニが前へ出る。
「お前が触れるのは、これで最後だ」
ジャバが笑う。
「決めるのは俺だ」
「いや」
アデルが横へ並ぶ。
「私たちだ」
◆ ◆ ◆
アデルは床へ剣先を当てた。
ヴェルニが気づく。
「何する」
「この通路を切る」
「切る?」
「高瀬たちが出口へ出た」
「なら、ここから先は必要ない」
アデルの魔力が石床へ広がる。
〈封縫・戻り線〉。
だが今度は細い線ではない。
通路全体。
空間そのものへ白い境界を引く。
ジャバの表情が変わる。
「おい」
アデルが言う。
「ヴェルニ」
「分かった!」
風が吹く。
ジャバの背中側。
保護施設内部へ向かって強い風圧が発生する。
「〈第四階位・風圧〉――押し返せ!」
ジャバの巨体が一歩後ろへずれる。
「ふざけんな!」
踏み止まる。
さらに一歩。
ヴェルニの額に汗が浮かぶ。
「相変わらず重すぎんだよ!」
「なら諦めろ!」
「誰が!」
ハレルが戻ろうとする。
「俺も――」
アデルが叫ぶ。
「来るな!」
ハレルが止まる。
「お前は高瀬とサキを守れ!」
「でも――」
「役割を間違えるな!」
ハレルの胸に、その言葉が刺さった。
今、自分が戻れば主鍵まで狙われる。
リオも後退しながら言う。
「行け、ハレル」
「俺も出る」
アデルの白線が完成する。
通路の中央。
一本の境界。
こちら側。
高瀬たち。
向こう側。
ジャバ。
「〈封断・第一級〉」
白い光が立ち上がった。
壁。
ではない。
通路が一瞬だけ二つの場所に分かれる。
ジャバが飛び込む。
「待て!」
拳が白線へ届く。
その直前。
ヴェルニが最後の風を叩き込んだ。
「戻ってろ!」
ジャバの身体が後ろへ押される。
白い線が閉じた。
音が消える。
黒い影も消える。
通路の向こう側が。
完全に見えなくなった。
◆ ◆ ◆
【保護施設南側/退避地点・夜】
リオが外へ出た。
アデル。
ヴェルニ。
二人も数秒遅れて旧通路から飛び出してくる。
直後。
入口が白く光り、ただの石壁へ戻った。
「閉じた?」
サキが尋ねる。
アデルは息を整える。
「一時的にな」
ヴェルニは壁へ背を預けた。
「また開けてくるだろうけどな」
「その前に移動する」
アデルは即答した。
高瀬は馬車のそばで、警備局員に支えられている。
無事。
名前反応も保たれている。
ジャバに奪われなかった。
ハレルは安堵しかける。
だが。
リオの腕を見て、表情が止まる。
「見せて」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃない」
サキも駆け寄る。
リオは仕方なく右腕を出した。
副鍵。
以前からあった亀裂が、明らかに広がっている。
中央から二方向へ。
白い傷のように。
ノノが通信越しに確認する。
『完全には壊れてない』
『でも、出力はかなり落ちてる』
ハレルが聞く。
「帰還には使える?」
沈黙。
数秒。
『……今は分からない』
その答えに、全員の表情が変わった。
『弱い出力なら反応すると思う』
『でも、帰還用に強く繋いだら割れる可能性がある』
リオは副鍵を見る。
「やられたな」
「奪われてはいない」
アデルが言った。
「まだ終わってない」
ヴェルニも壁から身体を起こす。
「それに、高瀬も取られてない」
高瀬がこちらを見る。
「俺のせいで……」
「違います」
ハレルはすぐに否定した。
「あなたを助けたから壊れたんじゃない」
「敵が壊そうとしたんです」
高瀬は黙った。
その言葉を簡単には受け入れられないようだった。
reが小さく光る。
そして。
リオの副鍵。
高瀬。
その二つの間に白い線を引いた。
さらに
遠く
王都の方向へもう一本。
ノノが反応を見る。
『……まだ道はある』
ハレルが尋ねる。
「帰還の?」
『分からない』
『でもreは、副鍵が壊れたから終わりだとは見てない』
リオが小さく笑う。
「なら、まだ使い道はあるってことだ」
「無茶はしないで」
サキが言う。
「分かってる」
今度の返事は、少しだけ素直だった。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
黒い亀裂から、ジャバが戻ってくる。
肩から黒い煙。
腕にはアデルの剣で裂かれた跡。
機嫌は最悪だった。
「逃げられた」
Cが告げる。
『高瀬直人・回収失敗』
『主鍵・未取得』
『副鍵・未取得』
ジャバが睨む。
「見りゃ分かる」
オルガが別の反応を見る。
「だが、副鍵は損傷した」
画面。
リオの右手首。
亀裂。
前回より大きい。
《副鍵出力・低下》
《安定率・低下》
《強制出力時・破損可能性》
カシウスはそこを見る。
「十分だ」
ジャバが振り向く。
「何が十分だ」
「取れなかったぞ」
「必要なのは、必ずしも所有することではない」
カシウスは答えた。
「使えなくするだけでも、帰還手順は変わる」
ジャバは気に入らなそうに舌打ちする。
「次は取る」
「次があればな」
カシウスは高瀬の反応を見る。
本人確認。
帰還意思。
帰る場所。
すべてが以前より強くなっている。
「高瀬は、もう壊すな」
「まだ使える」
その時。
Cが別の画面を開いた。
現実世界。
警察関連施設。
地下厳重保管区画。
成人男性の身体。
赤茶色の線。
そして。
閉じたままだった右手が。
ゆっくりと。
握られようとしている。
Cが告げる。
『器側の受容率が規定値を超えました』
カシウスが画面を見る。
「そうか」
男性遺体の奥。
まだ心臓は動いていない。
呼吸もない。
だが。
そこにはもう。
空白だけではない何かが入り始めていた。
カシウスは静かに言った。
「では、次へ進めろ」
コメント
1件
はぁ…もうこの回、心臓バクバクしたよ!!😭💦 リオの副鍵の亀裂が広がったシーン、マジでやばかった…「あと一回」ってノノの声が頭から離れないんだけど!!アデルの「役割を間違えるな!」もめっちゃ沁みた。みんな必死で高瀬を守ろうとしてて、その健気さに泣きそうになったよ…。最後のカシウスの「次へ進めろ」も怖すぎるし、続きが気になって夜しか寝れないんだけど!?!?!? 橘さん、最高すぎます…!!これからも更新楽しみにしてるね!!📖💕