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ミドリが来るまでの時間を、私達は気まずい沈黙の中で過ごした。
周りが騒がしいファミレスで、逆に良かった。
決して私と目を合わせようとしない秋穂をさり気なく観察する。
丸い顔に全体的に小作りなパーツ。フワフワしたミディアムヘア。一見して 小動物のような、守ってあげたくなるような雰囲気の人だと思った。
ミドリが庇いたくなる気持ちも分かる。だからと言って、怒りが収まる訳では無いけれど。
一言の会話も無いまま時間は過ぎ去り、募るストレスで耐えがたくなった頃、ミドリが慌てた様子でやって来た。
「秋穂、大丈夫か?」
ミドリは私には見向きもせず、秋穂の隣に座った。心配そうに声をかける。
「薫君……ごめんなさい、もうしないって約束したのに私……」
秋穂が、体から力を抜くのが分かった。
「分かった。もう大丈夫だからな」
ミドリが労るように言うと、秋穂は涙目になって頷く。
そんな二人のやり取りを黙って見ていると、ようやく思い出したようにミドリは私を見た。
「沙雪、悪かったね迷惑かけて」
バツが悪そうに言うミドリに、私は少しの笑顔もなく言い返した。
「説明して。あの手紙は何? この人は何で雪香じゃなく私を恨んでるの?」
不機嫌さを隠さない私に、秋穂が突然反撃して来た。
「私の家庭を壊したくせに、その態度は無いでしょ?!」
騒がしいレストランの中が、一瞬静まり返ってしまうような大声だった。
私は驚き、秋穂を凝視した。人々の視線が集まる恥ずかしさよりも、気になることがある。
もしかしたら……結論を出した私は、斜向かいに座るミドリに軽蔑の目を向けた。
「雪香が偽名を使ってたこと、この人に言ってないんだ」
だから秋穂は私を恨んでる。そうとしか考えられなかった。
ミドリは完全な嘘つきだったとはっきりとした。
信用は出来なかったけど、悪い人じゃないと思ったのに……自分の人を見る目の無さに、うんざりする。
「え?どういうこと?」
秋穂が不安気に、ミドリに問いかける。
ミドリは僅かに顔を歪めた後、覚悟を決めたような顔で、私を見つめ返して来た。
「その通りだよ」
「……薫君?」
話が見えない秋穂は、戸惑いながらミドリを見ている。
「今から話す内容は、秋穂もちゃんと聞いていて」
ミドリは初めて秋穂に厳しい態度を取った。秋穂は、眉をひそめながらも従い口を閉ざす。
「沙雪の言う通り、秋穂には雪香の存在を話していない」
「どうして?」
私が低い声で疑問を投げかけると、ミドリは一瞬、顔を強張らせた。
「……兄から口止めされていたんだ」
ミドリはそう言いながら隣を見た。
「秋穂、兄と付き合っていたのはここにいる沙雪じゃない。彼女の双子の妹、雪香だったんだ」
「え? 双子って?」
秋穂は、しきりと瞬きを繰り返す。
「沙雪は兄とは関わりが無い。雪香が嘘をついて沙雪の名前を名乗っていた」
「じゃあ……徹も私を騙してたの? どうして?」
「秋穂に雪香の身元を知られたくなかったから……倉橋沙雪だと思わせていた方が都合が良かったんだ」
「そんな……ひどい!」
秋穂のつぶらな瞳が、傷ついたように揺れる。
秋穂が私にしたことは許せないけれど、今、彼女が受けた痛みは理解出来た。
信用した人に裏切られた苦しさはよく分かる。しかも、自分の敵とも言える浮気相手を庇う為の裏切りだなんて、プライドも傷付いたんだろう。
ミドリの兄の行動に怒りを感じるし、軽蔑する。そんな兄に従い黙っていたミドリも。
「お兄さんとミドリのしたこと、最低だよ」
私が怒りのままがそう告げると、ミドリの顔が大きく歪んだ。
「沙雪に言われなくても分かっている」
リーベルで会った時とは大違いの冷たい態度で、私を睨む。
「ちょっと何その言い方、私はね……」
散々巻き込まれて、迷惑している。そう言おうとした私の言葉は、秋穂のヒステリックな声に遮られた。
「部外者は黙っててよ!」
私はこみ上げる怒りを飲み込み、口を閉ざした。よく部外者なんて言えるものだ。
自分の行動を忘れたのだろうか。
「薫君、家に帰ってからちゃんと説明して!お義父さん達の前で!」
「分かった……秋穂、ちゃんと話すから落ち着いて」
ミドリは私に対する態度とは正反対の、気遣い溢れる口調で秋穂を宥める。イライラしながら黙っていた私は、ついにしびれを切らして口を開いた。
「ねえ! 家に帰るなんて簡単に言ってるけど、私への説明はどうなるの?」
ミドリと秋穂はハッとした様子で私を見た。
「今、それどころじゃ無いの!」
身勝手な態度に、不快感でいっぱいになった私が反論しようとすると、ミドリまでが、面倒そうな顔をしてそう言い放った。
「悪いけど今は無理だ。沙雪には後で説明するから」
この二人……私を何だと思っているのだろうか。
「そんな勝手が通用すると思ってるの? ちゃんと説明しないとこの人を通報するからね」
秋穂に目を遣りながら言うと、ミドリが私を蔑むような目で見ながら答える。
「秋穂がしたことは僕が謝る。だけど証拠が無ければ警察は何もしない。脅しても無駄だよ」
その態度から、私を敵として見ているのだとはっきりした。
「秋穂、移動しよう」
私が黙ったのを見て、ミドリは秋穂に優しい声をかけて立ち去ろうとする。
だけど、このまま行かせない!
「証拠なら有るけど! 彼女からの手紙は全部保管してるし、今日、私のポストの前での行動は全て動画に残してあるから」
咄嗟に出た嘘だったけれど、ミドリと秋穂は顔色を変えた。
「……嘘よ、そんなの」
秋穂が震えながら言う。
「本当だけど。あなたの行動すごく怪しかったから何かあると思って観察してたの」
観察してたのは本当だから、私は悪びれずに言った。
「普通、そんな咄嗟に撮影しようなんて思わないでしょ?」
「雪香が居なくなってから、私も用心してるからね」
嘘を見抜かれそうになり、焦る気持ちを抑えながら言うと、ミドリは信じたようで険しい表情になった。
「どうすればいいんだ?」
ミドリは諦めた様に言う。秋穂を警察に突き出されたくなければ、私に従うしかないと悟ったようだった。
「私が今から聞くことに、正直に答えて……誤魔化してると思ったら、警察に行くから」
二人を睨みながらそう言うと、ミドリは渋々ながら頷いた。
頭の中で、素早く考えをまとめる。
「まず手紙についてだけど、ミドリが出したって言ってたのは嘘? 最初からこの人が出していたの?」
私は秋穂にチラッと視線を向ける。秋穂は何も知らない様で、困惑の表情を浮かべている。
「そうだよ、沙雪の言う通りだ」
「自分がやったと嘘をついたのは、この人を庇う為?」
「そうだ、鷺森蓮が会わせたい女性がいると接触して来た時、沙雪だろうと予想した。雪香が消えたのは知っていたからね。もし秋穂の手紙について問われたら誤魔化すつもりでいた。秋穂にはもうやらないよう約束させて、今までのは俺の仕業にした」
ミドリは観念したのか、誤魔化す事なく私の言葉を肯定していく。
「じゃあ、雪香が持っていた手紙は? この人には雪香だと教えて無いのにどうして出せたの?」
ミドリは秋穂の様子を気にしていた。彼女には、聞かれたく無いのだろう。
彼の心情に気付きながらも、私は質問を取り下げはしなかった。
ミドリは苦痛そうに顔をしかめてながら口を開いた。
「雪香の持っていた手紙は、秋穂が今日の様に沙雪に宛てた物だ」
「……は?!」
何を言っているのだろう。
「薫君?」
秋穂もミドリに詰め寄った。
「秋穂が嫌がらせの手紙を出していたのを兄は知っていたんだ……だから秋穂が沙雪の郵便受けに手紙を入れた後、回収していた。家に持って帰れないから雪香に預けたんだろう」
「嘘!! そんなのって……徹は知っていながら私の行動を黙って見ていたの?」
興奮した様子の秋穂に続いて、私も疑問を口にした。
「話は分かったけど、そんな都合良く回収出来るものなの? 一年中私のアパートを見張るなんて無理でしょ? 全て回収出来る訳無いと思うけど」
現実的に考えて、絶対に無理だと思う。けれどミドリは、首を横に振り否定した。
「出来たんだ、兄達は秋穂の行動を把握していた。まあ、それでも初めの一回だけは沙雪に手紙が渡ってしまった……沙雪は気にも留めなかったみたいだけどね」
思いがけないミドリの話に、私は驚愕した。
だって以前も手紙が届いたということでしょ?
必死に過去の記憶を探るけれど、受け取った覚えがない。
「秋穂……ごめん黙っていて、でも兄の件で傷付いている秋穂に追い討ちをかけるようで真実を言えなかった。本当は言う気は無かったんだ」
ミドリは非難を込めた目で私を見た。
その態度が不快だった。だってどうして私が、そんな目を向けられなくてはいけないの?。
「彼女を慰めるのは後にして。次の質問だけど、歩道橋で私を突き落としたのも秋穂さんということでいいの?」
「沙雪、それは本当に違う。冷静に考えてくれ。そんな大胆な行動にでた人間が、いつまでも手紙なんて送ると思うか?」
ミドリは、直ぐに否定して来た。
確かにそうかもしれない。でもそうなると一体、誰があんなまねを?
考えても分からない。仕方なく質問を変えた。
「今、お兄さん達がどこに居るのか本当に知らないの?」
「知らない、兄から何も聞いてなかったし連絡も無い……本当だよ」
ミドリの話が本当か分からない。だけどこれ以上聞き出しても無駄だと気付いた。
「分かった、もういい。質問は終わりだけど……緑川秋穂さん」
名前を呼ばれたからか、秋穂はビクッと顔を上げた。
「あなたも被害者なんだろうけど、その後の行動ははっきり言って最低だと思う。陰険な手紙送ったり、今だって義弟の陰に隠れて謝りもしないけど反省はしてないわけ?」
秋穂の顔が紅潮した。屈辱を感じたのか、私を恨むように睨んでいる。
完全に逆恨みだ。
「沙雪、言い過ぎだろ!」
ミドリが秋穂を庇うように言って来たけれど、すぐに言い返す。
「どこが? 言い足りない位だけど。ミドリはこの人が大切過ぎて客観性が無くなってるんじゃないの?」
大切な……と言うところを強調して言うと、ミドリは動揺したように、目をそらした。
さっきから思っていたけれど、ミドリは秋穂に義姉以上の感情を持っている気がする。
それが今の反応ではっきりとした。目の前の二人に無性にイライラとした。
「もう二度と私の前に現れないで。当然家にも来ないで」
苛立ちをぶつけるように言うと、私はその場から立ち去った。