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ぽぽんのぽん
252
個人的な趣味で書いてた小説が、なんと14万文字まで行っていましたので、折角なので公開してみました。
この界隈で書くのは初めてな上、存在しないアクセサリーとか出来たり少し捏造もあるので、お手柔らかに…
【あらすじ】
snhytがほんの些細な事で🔥したことをきっかけに、ysdjntが“アイドル”としてのsnhtyから逃げようとする、逃避行の話。
佐野勇斗(→?)←吉田仁人 気味かも
性的描写などは書いていません。
『』佐野勇斗
「」吉田仁人
今日は雨だった。
別にドラマみたいに土砂降りってわけじゃない。
コンビニのビニール傘でも足りるくらいの、ぬるい春の雨。
事務所までの道中に見かける駅前の大型ビジョンには、
もう佐野隼斗はいなかった。
少し前までは、そこには笑っている勇斗がいた。
炭酸飲料の広告で、でっかい声で『うまっ!』って笑っていた。
なのに今は、知らない俳優の美容液CMが流れている。
あー、ほんとに消されたんだな、って思ってしまった。
俺はスマホをポケットにしまった。
見ないようにしてたのに、結局またSNSを開いてしまっている。
《佐野勇斗 実質活動休止》
《人気アイドルの慢心かー何気ない一言が波紋》
《人気アイドルグループ 裏の顔が怖すぎる》
くだらない。
本当に、くだらない。
きっかけなんて、ただの軽口だった。
楽屋での、いつものノリ。
友達同士なら、「は?なんだよそれ(笑)」で終わるような話。
でも、勇斗は人気者だった。
人気者が転ぶのを待つハイエナは多い。
切り抜かれて
捻じ曲げられて
“傲慢” ”性格悪い” ”本性でた”って
面白がるみたいに燃やされた。
勇斗はすぐ謝罪文を出した。
何回も書き直したんだろうなって分かる文章だった。
その後、勇斗は一切メディアに出なくなった。
テレビにも。
ラジオにも。
インスタのストーリーにすら。
でも、勇斗とは裏で会っていた。
『おっ、仁人〜』
待ち合わせにやって来た勇斗は、いつも通り明るかった。
深く帽子をかぶって、
マスクをして
不審者みたいな格好してんのに、
喋り方だけはいつもの勇斗だった。
『いやマジ聞いてよ。今日さ、変装しすぎて職質されかけた(笑)』
「あー……はいはい」
『いや笑って?普通に傷つくんだけど!』
大袈裟に肩を落とす。
そのテンポも、
リアクションも、
全部いつもの勇斗。
でもこれ、寝れてないな。
目の下の深い隈
ちょっと落ちた頬
空元気のテンション
毎日エゴサして、見てるんだろうな。
勇斗の性格的に、してるだろ。
「……お前絶対スマホ見てるよな」
俺が言うと
勇斗は『あー、バレた?』って笑った。
『いやなんかさぁ。見ないほうがいいって分かってんだけど』
「見ちゃうんだ?」
『うん。なんか……俺のこと嫌いな人って、こんないたんだなーって』
ヘラっと笑う。
その笑い方、やめて欲しかった。
俺結構、その顔好きなんだから。
みんなを笑わせる時の、明るい顔。
それを今ここで使うなよ。
見てられない。
「…もう、別に」
『ん?』
「別に、逃げても良くない?」
勇斗が瞬きをする。
『何から?』
「全部」
言った後で、自分でも驚いた。
でも、一度口に出したら止まらなかった。
「アイドルとか、芸能界とか、SNSとか」
「もう、いいじゃん」
「そんな責任負わなくてよくない?」
勇斗は笑わなかった。
ただ静かに俺を見ていた。
夜の静けさだけが、鼓膜を撫でる。
俺、多分衝動で言った。
「アイドルやめて、俺と逃げよう。」
勇斗の目が、少しだけ見開いた。
『あはは、何それ』
笑ってる。
でも、少し声が震えてた。
『仁人、急にドラマみたいなこと言うじゃん』
「…いや、でも」
「本当に、無理なら、全部捨ててもよくない?」
『……………』
「俺、勇斗が壊れる方が、無理だわ」
言った瞬間、自分でも終わったと思った。
あ、これ、もうメンバーへの心配じゃないわ。
多分俺、勇斗に、変な執着あるわ。
認めたくねえな。
勇斗はしばらく黙って、それから小さく笑った。
『仁人ってさ』
『変なところで、優しいよね。ずるいわ』
「別に優しくないけど」
『いや、優しいって』
勇斗は目線を俺の目から外し、明後日の方向に顔を向ける。
独り言のように。
誰かに伝えるわけではないと、暗示をかけるように。
『………逃げたらさ』
「うん」
『俺、普通の人になれんのかな』
“自分が誰か“わかんなくなっているような声だった。
ステージの真ん中に立ち、目が眩むほどのスポットライトに照らされた人間が、人生の光芒を見失っている。
だから俺は、できるだけ普通に言った。
「なれんじゃない?」
『適当だなあ(笑)』
「でも勇斗、うるさいし」
「どこ行っても目立つから、“普通“は無理かも」
『おい!』
久々に、ちゃんとしたツッコミが返ってきた。
それだけで少し安心した。
勇斗は笑いながら、でも少し泣きそうな顔で言った。
『……なあ仁人』
「うん」
『もし逃げるならさ』
「うん」
『…海がいいな』
その言葉を聞いた瞬間、
多分俺の中の何かが切れた。
社会とか、常識とか、“アイドル“としての人生とか。
全部どうでもよくなった。
「行こ」
俺が傘を下げて、走り出す準備をすると
勇斗が『え?』って間抜けな声を出す。
『いや、今?』
「今」
『いやいやいや(笑) 俺ら一応大人なんだからさ、もうちょい計画とか』
「計画とか、言ってたら、多分行けなくなる」
勇斗が黙る。図星なんだろ。
こいつ真面目だから。
メンバーのこと
ファンのこと
事務所のこと
死ぬほど考えて
そのまま自分を潰す。
だから、考える前に連れ出したかった。
俺は隼人の手首を掴んだ。
『あっ、ちょ、仁人!?』
そのまま、なりふり構わず雨の中を走る。
コンビニの光、濡れたアスファルト。
2人の息が切れる音が共鳴する。
なんか、こんな青春ドラマありそうじゃない?(笑)
なあ、勇斗。
『待って待って、マジでどこに行くの!?』
「事務所」
『は!?逆じゃね!?』
「荷物取りに」
『いや、なんでそこは冷静なんだよ!怖い怖い怖い!!』
勇斗がケラケラ笑う。
久々に、その笑い声聞いたなあ。
事務所に着く頃には、2人ともびしょ濡れだった。
スタッフがもうほとんど帰った時間。
雨にぬれて、さらに深い色になった変装用の帽子とマスクを重ねる佐野勇人と、アイドルそのままの吉田仁人が薄暗い事務所内に佇む。
異様な光景である。
『俺もっかい職質されちゃうってこれ』
「いやもう見た目終わってるだろ」
『ひど!』
でも笑ってる。楽しそうでなにより。
楽屋に入る。
薄暗く視界が悪いが、見慣れた景色。
スイスイと、慣れたように2人の専用ロッカーに向かって歩く。
ライブの写真
差し入れ
番組台本
煌びやかな衣装
M!LKもとい、アイドルとしての“佐野勇人“が詰まったロッカー。
勇斗は少しだけ立ち止まった。
その横顔を見て、俺まで苦しくなる。
この部屋、このロッカーは、
こいつの青春全部だ。俺はとんでもない大罪人のような気持ちになる。
勇斗は静かにロッカーを開ける。
ブランド物のアクセサリー
高い香水
仕事用スマホ
でも勇斗は、どのどれも鞄に入れなかった。
その代わりに、奥の引き出しから小さい箱を取り出す。
「あ」
思わず声が出た。
シルバーのブレスレット。
数年前、勇斗の誕生日にプライベートで俺から渡したやつ。
勇斗が俺にシルバーリングを送ってくれたが、好みに合わず着けずにいたら拗ねていたので、お返しと感謝の気持ちとして贈ったブレスレット。
すっごく嬉しそうにしてたんだよな。
『これこれー、よかったーちゃんと俺整頓してて』
「え、何、これ持っていくの」
『え?そうだけど?』
「気持ち悪いからマジでやめろって…」
『やだよ、だってせっかく仁人からくれたプレゼントだし』
勇斗は笑いながら、ブレスレットを腕にはめる。
その一連の動作が、やけに脳裏に焼きつく。
いや、待て、今そんな空気じゃないだろ。
今の自分の顔、相当渋い顔をしてるだろうなと、思いながら俺も急いで貴重品をロッカーから漁る。
『…仁人は、俺が贈った指輪、持っていってくれないの?』
「無理」
『即答じゃん!お願い!持ってってよ!』
「なんでだよ!うるさいな」
『だってもう、ここには戻って来ないんだよ?」
探す手が止まる。
『俺ら、この先ずっと逃げていくんだよ?俺らの、思い出だけでも持っていきたいじゃん』
顔を覗き込むようにして、問われる。
うるさい。勇斗が近い。こんな時なのに。
アイドルじゃない、ステージ上のキラキラした佐野勇人じゃなくて。
ただの、28歳の男が語りかけてくる。
それが妙に鼓動を早めてくる。
静かに、勇斗が贈ってくれた指輪も掬いあげて、指にはめる。
『ちゃんと保管してくれてるじゃん!』
「……行くぞ」
誤魔化すみたいに言って、俺は荷物を掴む。
財布と免許と少しの服。
人生って、案外これだけでもいけるんだなって思った。
勇斗も小さいバッグだけ持った。
ふと、机の上に置かれた社員証が目に入る。
“M!LK 佐野勇人“
勇斗は数秒それを見つめて、そっと裏返す。
現実に蓋をするように。
俺はまた衝動的に勇斗の手を掴んだ。
「行こう」
『おう』
次の瞬間、2人で事務所を飛び出した。
片方は、完全防備の不審者スタイル。
もう片方は、なんの変哲もない吉田仁人そのまま。
この姿で逃避行が始まる。
さっきも思ったけど、意味わかんない。
Escapeってこんな感じだったよな。
そんなことどうでもいい。どうでもよかった
走って。
笑って。
息が切れて。
誰かに見つかったら終わり。
でも、終わってもよかった。
社会から抜け出した瞬間だった。
“アイドル“という皮を脱いだ瞬間だった。
駐車場に着いて、勇斗が大きく口を開く。
『仁人!』
「何!」
『海行った後は!』
ガキみたいな笑顔だ
『旅館!…で美味い飯!』
「……は?」
『あとは温泉とか…ゲーセンも良い!』
「子供かよ」
『普通に買い物とかもしたい!』
助手席に座り、勇斗がペラペラと興奮したみたいに喋る。
『もういっそのこと、変装とかなしでさ!』
『そのままコンビニとか行っちゃって!』
『逆にプリクラとかよくね!?』
語ること全てが“普通“だった。
アイドルの佐野勇斗はいない。
けど、薄暗い助手席に座って鼻息荒く喋る勇斗は、アイドルの佐野隼人なんかよりもずっと、輝いている。
『俺らさ、10年アイドルだったじゃん』
エンジン音とフロントガラスを叩く雨の音。
『だから、今だけさ』
『生まれたままの、佐野隼人と吉田仁人になろうな』
俺は少しだけ黙って、それから車を発進させた。
「じゃあ、バレないように静かにしててください」
『えー?当たり強くない?』
「だって、何回も言うけどお前うるさいもん!」
『ひどっ!!』
俺は、海の方へアクセルを強く踏み込んだ。
海に着いた頃には、もう深夜だった。
人気のない海沿いの街。
チェーンのホテルと、古いゲームセンターと、つぶれかけのコインランドリー。
観光地になり切れなかったみたいな場所。
でも、今の俺らにはちょうどよかった。
『うわー、めっちゃ海の匂いするわ』
車を降りた瞬間、勇斗が子供みたいに言った。
マスクをずらして、夜の空気を吸い込む。
その横顔を見て、俺は少し安心する。
「寒くね?」
『ちょっと寒い』
「じゃあ上着着ろよ」
『仁人の貸して』
「無理」
『んだよー』
そう言いながら、結局ジャケットを投げた。
風に煽られたジャケットを勇斗はパッと手に取る。
勇斗は『やった』って笑って着る。
気持ちサイズが小さい。
勇斗の方が体格がいいから、なんとも言えないアンバランスな見た目になっていた。
『俺のトレーナーと交換する?』
「いらねーよ」
『交換っこ面白いじゃん!仁人は俺の着たらぶかぶかになんのかな』
その光景を想像して、俺は勝手に気まずくなる。
流石に寒すぎたため、建物の光に向かって歩き出すと深夜なのに空いていた定食屋を見つけた。
店員のおばちゃんは、俺らが芸能人だなんて全然気づかなかった。
『ここのおすすめってなんですか?』
「今日はアジフライ定食だねえ」
『じゃあそれ!』
勇斗が即答する。
そのテンション、普通の大学生みたいだった。
料理が来るまで、勇斗はメニューを眺めながらずっと喋っていた。
『見て、クリームソーダあるわ』
「あるな」
『頼んでいい?』
「もう頼んでるだろ定食」
『えーいいじゃん旅行なんだし』
旅行。
その言葉に、少しだけ胸をちくりと刺される。
これは旅行じゃない。
逃避行だ。
明日になればニュースになるかもしれない。
《M!LK吉田仁人も失踪》
《事務所大混乱 関係者「連絡が取れない」》
《責任とステージから降りた2人 どこへ向かうのか》
そんな文字が頭をよぎる。
そんな時に、勇斗の「うまっ!!」っと意気揚々な声が聞こえて現実に引き戻される。
美味しそうにアジフライを食ってるわ。
『え、待って、仁人これ食った!?めっちゃうまいよ!?』
「声でか」
『いやまじ、サクサク!』
少し、全部どうでも良くなった。
口いっぱいにして、リアクション大きくて。
俺はそんな勇斗を見ながら、なんかずっと満たされていた。
元気そうでよかった。
店を出る頃には、雨が止んでいた。
海沿いの道を歩く。
引いては寄せて。
忙しなく繰り返す波の音だけが聞こえる。
夜の海って、引き摺り込んできそうな怖さがあるのに、今日は不思議と落ち着ける。
勇斗が急に靴を脱ぐ。
「は?」
『仁人、海に入ろう』
「今!?」
『浅瀬だけ!浅瀬だから!』
お願い!っと両手を合わせながらケラケラしている。
こいつ子供すぎだろ。
でも、断れなかった。
2人で裾まくって、冷たい海に足を入れる。
『やばっ!冷たっっっっ!』
勇斗がでかい声出して笑う。
そのままバシャバシャ水をかけてくる。
「やめろって!」
『うわ仁人ガチトーン(笑)』
「スマホ濡れんだろ!」
『逃避行中にスマホ守ってんのおもしろ」
「うるさい」
でも、俺も笑ってた。
波が来るたび、勇斗が大袈裟に騒ぐ。
『うお待って待って!吸い込まれる!』
「浅瀬だって」
『いやでも夜の海怖いって!』
俺の腕を掴んでくる。
濡れてひんやりとした手。
手首にはシルバーのブレスレット。
冷たいのに、変に熱かった。
「……勇斗」
『んー?』
「今、楽しい?」
勇斗がこちらを見る。
波の音。
遠くの街頭。
それから勇斗は、くしゃっと子供みたいに笑った。
『うん』
嬉しい。
俺はお前のその顔が見れて嬉しいよ。
SNSも、記者も、炎上も、世間も
今だけはここにいない。
2人しかいない世界だった。
結局その日は、海沿いの駐車場で車中泊することになった。
「ホテルは?」
って俺が聞いたら、
『身バレが怖い』
って勇斗が真顔で言ってた。
いや、変装してるお前より、何も隠してない俺の方が危ないだろ。
『仁人、顔そのまんまだもん』
「お前が変装しすぎなんだよ」
『え、でも俺今多分不審者ランキングかなり上位』
「そこは自覚あるんだ」
そんなくだらない話をしながら、コンビニで買った毛布を2人で分ける。
狭い。普通に。
勇斗、でかいし。
「お前ちょっと端いけって」
『無理無理無理潰される』
「潰されねえよ」
『うわー!やめてー!』
勇斗が笑いながら、グイグイ距離を詰めてくる。
近い。近すぎる。
なんでこんな距離バグるんだよ。車だからか。
肩当たるし、足も当たる。
息遣いも聞こえる。
…最悪。
「……寝ろよ」
『仁人ねれる?』
「ねれる」
嘘だった。
全然無理。
数分後には勇斗は静かになってた。
寝たのかなと思って横を見る。
窓ガラス越しの街灯をじっと見つめていた。
まだ起きていたのか。
『仁人ー』
「何」
『楽しいな』
「それなら何より」
『ありがとね、連れ出してくれて』
『仁人のそう言うところ、ほんと好きだわ』
言葉に釣られて、バっと振り返りそうになった。
チラリと横目で見るが、勇斗がこちらに振り返るそぶりは一切なかった。
期待するだけ無駄だなと、感じた。
しばらく経つと、寝息が聞こえてきた。
やっと寝れたか。
少し起き上がり、勇斗の顔を覗く。
ぐしゃぐしゃの髪で、マスクも外れてて、びっくりするぐらいダサい顔。
アイドルじゃなかったら、勇斗ってこんな感じだったのかな。
真面目で努力家だしな。
充実した学生生活を過ごし、卒業した後も努力が功をなして皆が憧れる職に就き、その先で出会った素敵で朗らかな女性と出会い。
結婚。
そんなビジョンが、何通りも想定できるような人間だな。
はぁ、とため息をつき、天井を少し見つめてから目を閉じる。
「ごめん、俺好きだわ」
諦めで染まった独り言をポツリ、無駄に吐き出して眠りについた。
朝。
『仁人おはよー』
勇斗はめちゃくちゃ元気だった。
ちょっとアイドルに戻ってない?
「俺全然眠り浅かったわ」
『え、なんで!?』
「お前のせい」
『え!?いびきとか!?』
「違う」
『寝相!?』
「…違う」
きょとんとした顔の勇斗が妙にむかつく。
翌日は、さらに海沿いを離れて下町へ向かう。
古い商店街
錆びたアーチ看板
猫が歩いてる細い路地
地元の人が生きてるようなそんな景色に囲まれる。
勇斗は、そう言う場所全部にいちいち感動してた。
『待って、見てこれ』
たい焼き屋の前で立ち止まる。
『一個100円なんだけど』
「普通だろ」
『安くね!?』
勇斗は笑いながら、熱々のたい焼きを頬張る。
『あっっっっっつ!』
「だから言ったろ」
『でもうま!』
幸せそー。あ、ちょっとだけヒゲ生えてる。
ヒゲぐらい剃れよ、アイドルなんだから。
ま、いっか、もうアイドルに戻らないんだし。
途中、小さい温泉旅館を見つけた。
木の看板と古い建物。いかにもって感じ。
「泊まる?」
って聞いたら、勇斗が少し悩んでから頷く。
この土地の人たちは心地が良い。
旅館の受付のおばちゃんも、俺らのことを知らずにいた。
「部屋は……」
『2人部屋!』
「お前なんでだよ!」
『仁人いっつも1人になりたがるじゃん!今日ぐらいは一緒に過ごそうよ!』
仕方なく、受付表の2人部屋に丸をつけた。
畳の部屋の先に抜ける窓の景色は、山一面。
信じられないぐらい静かだった。
温泉入って、浴衣着て、卓球して。
勇斗、卓球も上手いんだよな。
「待って待って、今の入ってただろ!」
『入ってないって!(笑)』
「いや絶対入ってた!」
旅館内に響く声で騒ぐ。
修学旅行とかこんな感じなんかなー。
すっかり、自分たちがアイドルで、しかも片方は炎上した芸能人ってことを忘れていた。
夜。
旅館の自動販売機で飲み物を選んでいた。
コーヒーにするか…
いや、しかし旅館限定のジュースを買うか…
悩ましい…
そんな時に、缶ジュースを飲んでいた勇斗が俺の肩に顎を乗せてくる。
『仁人早く選んでー』
「顔近づけんのやめてくんね?」
『高さがちょうどいいんだよ』
声が近くてドキドキする。
今ここには俺ら以外誰もいない。
等間隔にほんのりと旅館内を照らすランプが、俺らを眺めているように感じる。
『仁人ー、俺今人生で1番自由かも』
「…そう」
『仁人でよかったなー、なんか大ちゃんとかはすぐ帰ろうって言ってきそうだしな』
「舜太とかは案外ビビリだしな」
『じゅうは…ゲームしたいしとか言いそう』
「柔太朗は出るのすら嫌そうだもんな」
「そうそう(笑)……ほんとに幸せだ』
俺の肩に顔をぐりぐりと埋めて、ぬいぐるみかのように軽く抱きしめられる。
「…お前なんでそんな距離バグってんの」
『だって仁人も拒否らないじゃん』
『いやなら、拒否すればいいのにな』
『仁人ー、お前って本当かわいいな』
目を細めて笑われる。
焦燥か苛立ちなのか分からない。
気持ちが乱れる。イラつきってことにしよう。
ヤケクソになって、俺はコーヒーを購入した。
『お前ここまできてコーヒーなの!?限定品とか買えよ!』
「うるさい」
ケラケラと笑うその横顔は大層幸せそうだった。
でも、同時にどこかこの生活が続くわけがないと、わかりきっているような諦めも滲んでいるように感じた。
この数日は、本当に幸せだった。
怖いくらいに。
旅館を後にし、また海の方へと向かう。
海辺の町の朝市で、勇斗が焼きホタテを美味しそうに頬張る。
昨日となんら変わりないのに、このやりとり、この生活は、これで最後なのかもと心の中で悟っていた。
『うっま……これやばいわ…』
『仁人食べてみ?人生変わるから』
「お前飯食う時いつも人生変わってね?」
『今回はガチ!』
潮風の中、湯気の立つ海鮮丼を前にするが、どうも箸が進まない。
そんな俺を関係なしに、変装の「へ」の字もない、身軽な格好の勇斗がバクバクと食べていた。
また、
俺らのことを知らない街を歩いて
よくわかんないソフトクリーム食べて
寂れたゲームセンターでぬいぐるみ狙って
勇斗の笑い声が絶えない。
お前こういう事に相当憧れてたんだな。
『仁人ゲーセンのセンス無さすぎ(笑)』
腹を抱えて笑ってる。
楽しい時間ほど、すぐに時間が過ぎ去っていく。
潮風と早朝の光に包まれたこの街も、目に染みる朱色の斜陽が差し込む。
今日も車中泊だ。流石にお金を使いすぎた。
勇斗は助手席を倒して、スマホで曲を流しながら逃避行中に撮った写真を眺めていた。
『これやばい(笑)仁人半目になってる』
「消せよ」
『やだー』
ふふって、目を細めながら笑っている。
ほんとに何回思ったかな、勇斗めっちゃ幸せそうじゃん。
お前アイドル向いてなかったんじゃねえの?
もう、こんな人生のほうが良かったんじゃね。
ずっと、この時間が続けばいいのに。そう思い始めていた。
しかし、現実は無常にもやってくる。
勇斗のスマホに通知が入る。
通知。
通知。
音楽を流すために、消音モードから切り替えたため、絶え間なく通知が入ってくる。
勇斗が顔を顰める。
「…見るのやめたら」
俺が言うと、勇斗は少し黙った。
それから体を起こし、ゆっくりと画面を開く。
ニュース記事だ。
《話題の炎上アイドルのメンバー 吉田仁人も失踪》
《事務所はコメント拒否》
心臓が冷えた。
名指しで書かれている。
続いて、LINEを開く
アイコンの右上に付属された赤い「99+」の表記が、ことの重大さを物語っている。
普段ならどうでもいい動画とか、飯の写真とか、「今日誰遅刻?」みたいな通知しか来ない場所。
既読をつけないよう、長押しで表示する。
《いや冗談とかじゃないよね》
《頼むから返事して》
《マネージャーさんずっと電話してる》
《スタッフさん泣いてるって》
《俺らも怖い》
スタンプや絵文字なんてものは一つもない。
切羽詰まった様子で、メンバー全員が短文のメッセージを分刻みで送り合っている。
俺は反射的にスマホを奪った。
「やめよう」
『でも』
「もう、やめよう」
強く言ってしまった。俺が始めた事なのに。
車の中が静かになる。
「もう、こんなことはやめて、戻ろう」
勇斗は俯いたまま、小さく笑った。
『ごめんな、仁人』
「謝るなって」
『仁人もニュースに書かれちゃってるじゃんか。巻き込んじゃったな』
その言い方が、妙に他人事みたいで怖かった。
「違う、俺が誘ったから」
『けど、俺も同意した」
被せて答えてくる。普段屈託のな笑顔で笑う顔が、ぴくりとも笑わずに俺をじっと見つめる。
俺、もしかして
勇斗を救えてないんじゃないか。
連れ出したつもりで、勇斗をもっと追い込んだだけなんじゃないか。
なのに、勇斗はポツリと言った。
『………俺さ』
「え?」
『もう、戻りたくないかも』
咄嗟に、呼吸を飲み込む。
日が沈みかけている。
いたたまれない気持ちに包まれる車内は、真っ赤に染まっている。
『最初さ、仁人から“逃げよう“って言ったじゃん』
『あの時、何言ってんの?(笑)って思ったんだよね』
俺の手の甲を、軽く指で撫でられる。
『いや、ドラマかよって』
『勢いで変なこと言ってんなーって思ったんだわ』
『でもさ』
『やっと、意味がわかった』
『もう俺さ、やばかったんだと思う』
胸が嫌な音を立てる。窓の外を見渡す。
右手には知らない田舎町と、左手には全てを受け入れてくれる海。
その景色が余計に、間違った選択へと駆り立てるような気持ちになる。
『M!LKが売れるにはどうしたらいいんだろうなーとか』
『俺だけ、外仕事多いから頑張らないととか』
『でも、売れたら売れたで、今度は炎上しそうで怖くて』
『で、結局炎上した』
俺は何も言えなかった。
『ずっと誰かに見られてる感じだった』
『ちゃんとしなきゃって』
『面白くいなきゃって』
『期待に応えなきゃって』
あ、これまずい。
『仁人といる今の方が、ちゃんと生きてる感じする』
やめてくれ。
そんなこと言われたら、戻れなくなる。
『もう、俺らさ、今更元に戻れなくない?』
うるさい。
『今戻ったって、仕事、帰ってこないよ。』
やめろ。
『ねえ、仁人』
『俺、仁人のこと好き』
『好きだからさ、』
『アイドルやめて、俺と逃げよう。』
その瞬間、全てがひっくり返った。
俺がここまで勇斗を引っ張り出してきた。
壊れそうな勇斗を。
でも今、俺が戻れなくなっている。
「……勇斗」
声が、掠れる。
「俺ら、このままじゃダメだろ」
『なんで?』
「何でって…」
『俺、今ちょー幸せだよ』
うっとりとした微笑みを俺に向けてくる。
毒みたいだった。
この逃避行が、終わってほしくなかった。
今、ここで少しでも勇斗に近づいたら、人生が変わる。
1人では抱えきれない選択が、今ここで突きつけられている。
勇斗はそんな俺を、期待を込めたような顔でただ見つめるだけだった。
車内のフラットシートに置いていた右手を震わせながら、勇斗の右手首へと近づけていく。
俺が送ったチラリと光る、シルバーのブレスレットに。
あと、15cm
あと、10cm
あと、5cm
の時だった、
勇斗の電話に耳をつんざく着信音が入る。
勇斗は少し悲しそうな顔をした。一つため息をついて、
『やっぱそうだよな』
と一言漏らしては、すぐにスマホを手に取り電話に出た。
ギョッとした。
『……もしもし』
次の瞬間。
スマホの向こうからは、阿鼻叫喚の嵐。
鳴き声みたいな怒鳴り声が響いた。
《お前ら何してんだよ!!》
《いい加減にしろ!どこにいるんだ!》
仏のように優しいマネージャーとは思えないような口調が、車内に鳴り響く。
《はやちゃんっ!?、はやちゃんなの!?》
《マジで心配したんだけど!?何してんの!?》
聞き慣れた声。メンバーだった。
後ろから舜太の声が聞こえるが、ただただ安堵で泣いているようだった。
この声を聞いた瞬間、急に現実が戻ってきた。
俺らだけの世界に、外が入ってくる。
勇斗が俯く。
『……ごめん』
《ごめんで済むわけないだろ!!》
完全に俺は蚊帳の外である。
やっぱり、そんなもんだよな。社会からは切り離せない。
もうずっとマネージャーに怒られた。
本気で。
《お前ら社会舐めてんのか!?》
当然だった。
事務所は大混乱。
仕事は全部止まって、
関係者対応、
スポンサー対応、
記者対応。
地獄だったらしい。
《謝って済む問題じゃないだろ!!》
隣で勇斗が小さくなる。
その姿を見て、悲しくなった。
逃避行も、終わりか。
エンジンをかける。
勇斗は俯いたままだった。
「…車出すよ」
『うん』
無言が続く。
これ、事務所戻ったらどうなっちゃうんだろうな。
五体満足でいられっかな(笑)とか思ったり。
『…帰ったら、終わっちゃうよな」』
「おわんねえよ」
『違うよ、この時間は終わるじゃんかって』
「……」
また、無言が続く。
『仁人』
「何」
『俺、この時間ずっと忘れないと思うわ』
カーナビの機械音だけが、車内に響く。
やけに現実を帯びている。
勇斗は移動中、ずっと窓の外を見ていた。
真顔で。
海沿いの街を抜ける。
俺らのことを誰も知らない街。
でも、車を走らせるほど景色が変わっていく。
ビルが増える。人が増える。広告が増える。
俺らを知っている街が近づいてくる。
勇斗はそんな移り変わっていく景色を、じっと見ていた。
覚悟を決めようとしていても、決めきれない顔だった。
俺は何度か話しかけようかと思ったが、無理だった。
何を言っても、この時間は変わらない。
高速道路のサービスエリアで、一度休憩するために車を止める。
勇斗が小さい声で言った。
『……帰りたくねえな』
びっくりするくらい弱々しい声をしていた。
返したら、多分また逃げてしまう。
だからただ缶コーヒーを渡した。
勇斗は寂しそうに『ありがと』って笑った。
逃避行中の勇斗の笑顔を見せたのは、ここで最後だった。
結局、俺らは事務所に戻った。
ドアを開けた瞬間、空気が張り詰めていた。
スタッフ全員、顔が死んでいる。
マネージャーなんか、多分ここ数日まともに寝ていない。
「「すみません…」」
俺らが言った瞬間、言葉では形容できないような怒号が、事務所全体に鳴り響いた。
本当に、本当に怒鳴られた。
社会舐めんな。何考えてんだ。
どれほど人に迷惑をかけたと思ってんだ。…と
多分、この先の人生で、あれ以上怒られることはないだろう。
このまま縮こまって俺らは消えて無くなるんじゃないかと思った時に、メンバー全員が抱きついてきて、泣いて喚いてた。
もう泣くわ怒るわ、スタッフも泣いてるわ、笑いながら泣いてるわ、マネージャーは頭を抱えるわで、混乱状態。
勇斗なんか、抱きつかれて普通に泣いてた。
『ごめんっ…ごめんってえ……』
俺も横で立ってたけど、なんかもう全部ぐちゃぐちゃ。
そのあとは、びっくりするぐらい事務的だった。
現実は忙しなく、待ってはくれない。
スポンサー、番組、関係者、謝罪、説明。
俺と勇斗は、毎日のように頭を下げた。
会議室。
硬い椅子。
冷たいお茶に
「申し訳ありませんでした」
を添えて。
もう何回言ったかわからない。
勇斗はその度に、完璧だった。
ちゃんと目を見て、頭を下げて、ちゃんと“アイドル“の佐野勇斗として謝ってた。
戻ってきちゃったな。アイドルに。
でも、たびたび勇斗の右手首を見る。
俺のブレスレット、つけたままだ。
数ヶ月後。
勇斗の炎上は、もう世間からほぼ消えていた。
ネットって残酷で、同時に薄情だ。
もう今のSNSは別の俳優の熱愛報道に持ちきりだった。
次の炎上、次の話題、次の誰かへと、全部上書きされていく。
勇斗も復帰した
最初は少しぎこちなかったけど、今はもう普通に笑ってる。
バライティで騒いで、ドラマの番宣して、ライブでファンサして。
今でも、メディアに出ると多少批判意見は視界に入るが、挽回できるぐらいには戻った。
そして、日常も戻った。
楽屋で騒ぐ勇斗。
うるさいメンバー
ライブの写真
番組台本
煌びやかな衣装
いつもの空気。
まるで、何もなかったみたいに。
あれから勇斗とは、あの逃避行の話を一切しなかった。
本当に一回も。
海のことも、旅館のことも。
“好き“と言ったことも。
勇斗から逃げようと言ったことも。
全部、まるで最初から存在しなかったみたいに。
そんな勇斗を見ると、怖くなった。
復帰後のライブは、びっくりするぐらい成功だった。
歓声が湧き上がり、5色のペンライトが同時に振り上がる。
「「「はやちゃん!」」」
名前を呼ばれる声。
ステージの真ん中で、勇斗はちゃんと笑っていた。
アイドルとして、完璧だった。
煽りも、トークも、ファンサも。
ごめんな、一回だけアイドル向いてないなんて思って。
お前、めっちゃ向いてるよ。
ライブ終わり。
楽屋は騒がしかった。
「今日やばかったなー!」
「大ちゃんの演出今回もめっちゃ凝ってたね」
「せやろ!俺にハズレはないねん!」
「腹へった!」
スタッフもメンバーも無事ライブが終わりほっとしたような顔で、会話をかわす。
勇斗も、いつもの調子で笑った。
『いやまじで今日緊張したわ!お前本番強すぎ!』
もう、何も問題はないみたいだ。
もう、大丈夫。
そのあと、誰もいなくなった楽屋で。
たまたま忘れ物を撮りに戻った俺が、窓際に立つ勇斗を見つけた時。
心臓が変な音を立てた。
勇斗は、ぼんやり外を見ていた。
ステージの時の笑顔が、全部消えてる。
東京の夜景を、眺めていた。
「…勇斗」
声をかけると、勇斗が少し肩を揺らした。
『お、仁人』
笑う。反射的に。
でも、今回は少し遅かった。
『まだいたんだ』
「忘れ物」
『そっか』
沈黙。
遠くでスタッフの声がする。
俺、なんでかわかんないけど、その時急に言った。
「……海、行きたい、かも」
勇斗の表情が止まる。
ほんの一瞬だけ。本当に一瞬だけ。
崩れた。
戻りたそうな顔。
帰りの車内で
『帰りたくねえな』って言った時と同じ顔。
でも次の瞬間には、勇斗は笑ってた。
『急に何よ〜仁ちゃん〜(笑)』
誤魔化すように、いつものテンションで。
でも、俺は見てしまった。
こいつも、ちゃんと覚えたんだ。
あの青の海も、あの真っ赤な車内も。
全部。
『……また今度、みんなで出かけような!』
“みんなで“
そこに、少しだけ壁を感じた。
俺らだけだった時間を、勇斗が無理やり“普通“に戻そうとしてるみたいで。
「……そうだな」
俺も、それ以上は踏み込めなかった。
というか、勇斗が踏み込ませようとしなかった。
そんな圧を感じる。
気まずいのか、勇斗は左手で右手首を摩る。
ブレスレットは無かった。
いや、YouTubeの撮影とかでエピソードトークをする際は、これ見よがしにつけているが…
もう外したんだ。
『仁人』
「ん?」
『ありがとうね』
「何が」
『……』
『…ライブ』
軽く微笑んで、勇斗は楽屋を後にした。
綺麗な、アイドルらしい表情をしていた。
海辺で笑っていた、佐野勇斗はもう死んだ。
それに気づいた瞬間、俺は限界だった。
衣装の袖に見え隠れしていた、勇斗からの指輪を強く握り込む。
なあ勇斗、俺はずっと覚えてるよ。
俺は、あんなに気持ち悪いって言ってたお前からの指輪、まだ付けてるんだぞ。
そんな思いは、喉奥につっかえて出てこない。
楽屋の扉を開けて、隼斗は後にした。
数秒後、バタンと扉が閉まる音が響く。
勇斗は現実に帰り、アイドルを全うしている。
そんな俺は、
まだ、ずっと、あの逃避行から帰れていない。
コメント
6件

読み終えた後何とも言えぬ胸が苦しくて切ない気持ちになりました……とても素晴らしい作品読ませて頂きありがとうございましたっ!

感動しました。素敵な逃避行の物語を読ませていただいてありがとうございます…!!
いや素晴らしすぎます……!