「2人部屋で頼む。狩猟師だからな」
「はいよ。こんな街中まで狼にブルってんのかい?」
「おネエさん、そんなこと言ってると二枚目の人狼に食われちまうかもよ?俺みたいな!ガハハ!!」
「ほら、鍵。帰りはカウンターの箱に入れといておくれ」
「無視されちまった…」
「くどいんですよ。まあ、これだけ良い宿でも格安で泊まれるのは嬉しい限りですね。連れ込み宿にあるまじき上品な内装です。狩猟師を泊めたら客足が離れそうだ」
狩猟師は通常、3人以上で組むことが多い。
理由は人狼退治に出れば必ず野営しなければいけないから。夜は焚き火から離れず、1人ずつ交代して番をする習わしがある。
人数が少ないほど、気を許す機会も安心して寝る機会も減る。
比較的安全な場所であっても獣の血が染み付いた状態で孤立するのは、自殺と同等である、と初めに叩き込まれる。
「なに、俺らのおかげで犬に噛まれる事がないんだからな。ここに泊まる連中には、今夜は安心してセッセコしてもらいてぇってもんよ」
「それもそう?ですね。では、お先に失礼します」
「おい、手伝わなくて良いか?」
「……大丈夫そうですね。浴槽に掴まれば1人でもできますよ。まあ、上がったら少し手を貸してください」
「あいよ。ごゆっくり」
良い宿。ただ、わざわざバスルームにまで鏡を付ける趣味はどうかと思う。
まあ、これも使って普通の人間は逢瀬を楽しむのでしょう。
「……顔以外は、相変わらず醜いですね」
私も、狼に生まれていたら人を食っただろうか。四つん這いよりも、二足歩行が良いのだろうか。
そもそも私の身体は、人と呼べるのでしょうか。
「パ」
「はいはいもう待ってますよ」
「……いつも、ありがとうございます」
「しおらしくなってんじゃねぇよ。イヌッコロの前でそうなったら置いてくからな」
「ええ。分かってます」
鉄の義足は、水に濡れると乾かすまで使えなくなる。
木の義足も、乾かさなければ脆くなる。
常に動き続ける狩猟師に、そんな時間は無い。
「今日は新作の出番だぜ。一応デケぇ街だし、仕込み銃まで要らねえだろ」
「そうですね。狩猟師も多いですし、不自然じゃない物で」
「いつものよりずっと軽いから、転ぶんじゃねぇぞ〜っと。へいお待ち」
私が狩猟師になった理由はもちろん人狼にもあるが、本質は違う。
「…本当に、転びそうなくらい軽いですね。脚が無いのに立ってるみたいだ」
「まるでゴーストだな。俺も風呂入ってくるから、はしゃいで転んですっぽ抜けるんじゃねぇぞぉ?」
この身体は名誉の負傷などではない。
3年前、家族が人狼に喰われ自分の番かと怯えていたのに「お前のようなバケモノを喰ったら腹を下す」と、母親の声で人狼に嗤われた。
血の繋がりがある親族からは忌み嫌われるも、人殺しになってはいかないからと、ただ生かされていた。だから、その後に人狼から受けた仕打ちについては、そこまで気にするものではない。
「なんだ?違和感でもあるか」
「いえ。良い手触りだと思いまして」
「そりゃあ?オマエが寝てる間に?オレサマが作りましたから?シルエットも完璧だぜ。つーわけで、とっとと着替えな。フート」
「はい」
「今日の飯は何にする?俺はパエリアが良い!肉の臭いは懲り懲りだからな」
「私も魚介が良いです。サッパリしたものが食べたいですね」
「じゃあ店は決まりだな。この街で海鮮が食える店は1箇所しかねぇんだ!」
人との関わりが少ない半生で、少しだけ分かった事がある。
人を人たらしめるのは、自分以外の第三者に、人として見てもらえた時間なのではないか、と。
バケモノだった私はあの時に死んで、人としての時間が進んだのだと、そう信じたい。
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