テラーノベル
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「鈴木クン、銃触ったことある?」
車内で、霧矢が軽い声で聞いた。
昼下がり。
灰色の空。
雨は降っていない。
なのに街全体が湿って見えた。
窓ガラスの向こうを流れていくビル群。
薄汚れた高架下。
水気を含んだアスファルト。
助手席の鈴木は外を見たまま答える。
「あるわけねぇだろ」
「だよねぇ」
霧矢は笑う。
その笑顔は、あまりにも気安かった。
友達にコンビニでも寄るかと聞くみたいな調子で、命に触れる話をしている。
片手でハンドルを回しながら、続けた。
「でも今日は練習」
「……は?」
「使えないと困るし」
言い方が軽すぎて、逆に背筋が冷えた。
嫌な予感しかしなかった。
鈴木の眉が寄る。
「どこ行くんだ」
「倉庫」
「またかよ」
「あは」
霧矢は楽しそうだった。
鼻歌でも歌い出しそうなほど、いつも通り。
まるでこれから遊びに行くみたいな顔で、平然と人を壊す場所へ向かっている。
その横顔を見ながら、鈴木はふと思う。
この男は、本当に“怖い”を知らないのかもしれない。
あるいは。
最初から、壊れているのか。
ーーーーーーーー
港外れの廃倉庫。
海風が鉄臭さを運んでくる。
積み上げられたコンテナ。
薄暗い天井。
軋む鉄骨。
人の気配はない。
静かすぎるくらい静かだった。
鈴木は霧矢の後ろを歩く。
靴音だけが倉庫の中へ響いていく。
奥へ進むと、古い机があった。
その上に並べられているものを見て、鈴木の喉が微かに動く。
拳銃。
黒い金属。
鈍く光るそれは、生き物みたいに冷たかった。
霧矢が一丁持ち上げる。
「はい」
「……」
「持ってみ」
鈴木は数秒迷った。
だが、ゆっくり手を伸ばす。
掌に伝わる重み。
想像よりずっと重い。
冷たい金属が、皮膚に張りつく。
それだけで、手の中に小さな死体を握らされているみたいだった。
「安全装置ここ。引き金ここ」
霧矢は軽い口調で説明する。
まるでゲーム機の使い方でも教えているみたいだった。
いや、もっと気楽かもしれない。
壊れたらまた買えばいい、とでも言いたげな声だった。
「撃つ時は反動くるから気をつけてね」
「……なんでこんなの」
「必要だから」
即答だった。
一切迷いがない。
霧矢は少し笑う。
その笑みは柔らかいのに、目だけがまるで温度を持っていなかった。
「アンタ、ルージュ殺したいんでしょ?」
その名前を聞いた瞬間。
胸の奥が焼けた。
崖。
雨。
赤。
凛子の姿が脳裏にちらつく。
鈴木は黙る。
霧矢は壁際の空き缶を指差した。
「とりあえず撃ってみ」
鈴木は拳銃を構える。
ぎこちない。
腕が震える。
照準が定まらない。
霧矢が後ろから覗き込んだ。
「肩に力入りすぎ」
「うるさい」
「あと呼吸」
耳元で声がする。
近い。
妙に近い。
その距離で、霧矢は相変わらず笑っていた。
人の緊張も恐怖も、全部おもしろがっているみたいに。
鈴木は苛立ちながら引き金を引いた。
轟音。
鼓膜が震える。
同時に、凄まじい反動が腕を跳ね上げた。
弾は空き缶から大きく逸れる。
「っ……!」
手が痺れる。
指先が熱い。
鈴木が顔をしかめると、霧矢が吹き出した。
「あはは、初心者〜」
「うるせぇ」
「でも初めてにしては悪くないかも」
霧矢は笑いながら、もう一丁を手に取る。
片手で構える。
迷いがない。
その動きはあまりに自然で、銃を持つことに何の重みも感じていないようだった。
パンッ。
乾いた轟音。
遠くの空き缶が弾け飛んだ。
鈴木の眉が動く。
「……慣れてんな」
「まぁ長いんで」
霧矢は何でもない顔で答える。
その時だった。
倉庫の奥で、何かが動く音がした。
ガタン。
鈴木が反射的に振り返る。
人影。
男だった。
黒いジャケット。
焦った顔。
「っ、お前ら——」
言葉は最後まで続かなかった。
パンッ。
乾いた音。
男の肩が大きく跳ねた。
赤が散る。
鈴木の思考が止まる。
霧矢が撃った。
「あ、当たった」
嬉しそうだった。
本当に。
新しい玩具を褒めてほしい子供みたいに。
それも、壊れる瞬間を見て笑う子供の顔だった。
「鈴木クン、コレがサイレンサー付きの銃の音ね」
霧矢は笑う。
「さっきより小さかったでしょ?」
鈴木の呼吸が止まる。
何を言っているんだ、コイツは。
そんな説明してる場合じゃない。
男が床へ倒れる。
鈍い音。
「……ゔぁ……!」
苦痛の呻き。
床に血が広がっていく。
その声を聞いた瞬間。
霧矢の顔が変わった。
笑みが消える。
いや。
感情そのものが消えた。
さっきまでの軽さが嘘みたいに、表情だけがすっと抜け落ちる。
まるで、笑顔の皮を一枚剥いだら中身は空洞だったみたいに。
霧矢は銃口を下ろした。
「あー、やっぱいた」
「お゛まぇ……」
「クリーナー」
軽い声。
その軽さが、かえって異様だった。
「アンタらの敵対組織のね」
男は肩を押さえながら床を這う。
荒い呼吸。
滲む血。
「ま゛ってくれ……!」
鈴木は固まっていた。
突然すぎて、理解が追いつかない。
霧矢は男へ近づく。
足音だけが、やけに響いた。
その顔には何もなかった。
怒りも。
興奮も。
躊躇も。
ただ。
壊れた機械みたいに、男を見下ろしている。
それなのに口元だけは、薄く笑っている。
助けを乞う声を聞いても、悲鳴を聞いても、まるで天気の話でも聞くみたいな顔で。
「ねぇ」
霧矢が首を傾げる。
「誰に言われて来たの」
男は震えていた。
「し、知らねぇ……!」
「嘘」
パン。
同じ箇所に、もう一発。
絶叫。
鈴木の胃がひっくり返りそうになる。
霧矢は笑っていた。
いつもの笑顔だった。
なのに。
その光景だけが異様だった。
笑っているのに、目は一切笑っていない。
むしろ、相手がどれだけ壊れるかを確かめるみたいに、楽しげに見下ろしている。
まるで。
“命を痛みとして認識していない”。
鈴木は思わず叫ぶ。
「もうやめろ!」
倉庫が静まり返る。
霧矢の動きが止まった。
ゆっくり振り返る。
「……なんで?」
本気でわからない顔だった。
演技じゃない。
理解できていない。
鈴木は息を呑む。
その瞬間。
初めて理解する。
この男は残酷なんじゃない。
“欠けている”。
根本的に。
だから撃てる。
だから笑える。
だから、血を見ても眉ひとつ動かさない。
霧矢は数秒、鈴木を見つめていた。
それから。
「あー」
少しだけ笑う。
「そっか」
その笑い方が、ひどく優しかった。
まるで相手の拒絶を受け入れたふりをしながら、次の遊びを思いついた子供みたいに。
そして。
床に落ちていた拳銃を拾い、鈴木へ差し出した。
「じゃあ鈴木クンがやる?」
空気が凍った。
男が顔を上げる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、鈴木を見る。
「た、助け……」
鈴木の呼吸が乱れる。
拳銃。
血。
男。
凛子。
崖。
雨。
『チョモー!』
頭の奥で全部が混ざる。
霧矢は静かに笑った。
その笑顔は、さっきまでと同じ形をしているのに、もう人を安心させるものではなかった。
むしろ、笑っているからこそ怖い。
この男は、相手が死ぬかもしれない場面でも、こんなふうに口角を上げられるのだと、嫌でもわかってしまう。
「復讐したいなら、慣れなきゃだよ」
鈴木の手が震える。
拳銃を握る。
重い。
気持ち悪い。
吐きそうだった。
なのに。
頭のどこかだけが、妙に冷えていた。
男が泣きながら後ずさる。
「や、やめ——」
ダンッ。
轟音。
火薬の匂い。
男の肩の横。
床に弾がめり込む。
外した。
わざと。
鈴木は荒い息を吐く。
全身が震えていた。
霧矢は少しだけ目を丸くする。
それから。
ふっと笑った。
「……わざと?」
鈴木は答えない。
答えられなかった。
ただ。
震える手だけが。
自分がまだ“普通側”にいることを、必死に証明していた。
#御本人様とは一切関係ありません
🫧想美🎐🍏
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#だけなんだ
だけなんだ
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だけなんだ
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コメント
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**寺島あおいです🤍** 第9話、読み終わりました。まず、霧矢の“軽さ”と“笑顔”の描写がものすごく怖かったです……。銃を「遊び」みたいに教えるところから始まって、人を撃っても笑顔が崩れない。「残酷」じゃなくて「欠けてる」——その一言に全部集約されていて、ゾッとしました。鈴木が最後にわざと外したシーン、あの震える手に彼の必死な“普通”が滲んでいて、切なかったです。凛子のフラッシュバックも重なり、胸が締め付けられました。続きがすごく気になります。