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細かいデータの整理に追われて、研究室はすっかり夕方の色に沈んでいた。
机の上にはグラフと数字が並び、モニターの光だけが白く部屋を照らしている。
ツナっちはその画面に向かい、黙々と結果の記録を打ち込んでいた。
そのとき、不意に背後から声がした。
「ここ、もう少し拡大して見せてくれる?」
振り返る間もなく、くられがツナっちの隣に身を寄せ、画面を覗き込む。
いつものことのはずだった。
けれど今日は、空気が違う。
白衣の袖が肩に触れた瞬間、ツナっちは思わず息を詰めた。
温もりでも圧でもない。
ただ、ほんの数センチの距離に先生の気配がある――それだけで心臓が跳ねる。
「うん……ここ、悪くないね。温度の振れも安定してる」
くられの声が、耳のすぐ横で響いた。
その声の震えまでが伝わってくるようで、ツナっちは反射的に肩をすくめる。
「どうしたの? 寒い?」
「い、いえ! 大丈夫ですっ」
自分でも驚くくらいの早口だった。
くられは不思議そうに目を瞬き、すぐに微笑む。
「そう? ならいいけど」
その笑みが、画面の光に照らされてやけに近く感じた。
距離にしてほんの数十センチ。
でも、それは“触れる”よりも残酷な距離だった。
――肩に伝わる温もりが、熱の原因じゃないのに。
――どうして、息が上手くできないんだ。
「……先生、そんなに近いと見づらくないですか」
ようやく絞り出した声は、思っていたよりも震えていた。
「そう? ツナっちの方が見やすい角度にしてくれてるから、丁度いいよ」
くられは何の悪気もなくそう言い、再び画面に視線を戻す。
その横顔に淡い光が映って、まつ毛の影がツナっちの頬に落ちた。
胸の鼓動が、静かな部屋に不釣り合いなくらい響いている気がした。
そして、肩に残るかすかな温もりが――
ツナっちは思わず視線を逸らし、息を整えるしかなかった。