六時十四分発上野行きの電車へ、駆け込み乗車でギリギリ間に合ったオレ。
不覚にも、昨夜は千歳のマンションで寝落ちしてしまい、目が覚めたのは六時のスマホアラーム。
スマホの画面に表示された時間に目を疑うヒマもなく、オレは取るものも取り敢えず速攻で部屋を飛び出した。
今日は朝から会議がある事を知っていたくせに、先に起きてコーヒーを飲みながら暢気にめざましいテレビを観ていた千歳へ、文句のひとつも言ってやろうと思ったけど――
『書類とノートパソコンは、まとめてカバンの中。それからアンタの上着、|ファブ○ーズ《ファブ》ってハンガーに掛けておいてあげたわよ』
と、先制攻撃をくらい、何も言えなくなってしまった。
クソ……先に起きたなら、起こしてくれてもいいだろうに。
まあ、ギリギリだけど、お目当ての電車に乗れたので良しとしよう。しかも、運良くドア近くのシートに座れたし。
とはいえ……
なんか知らんが、やたらと視線を感じるな。寝癖でも付いてるのか……?
とりあえず、自分で頭を触ってみるが――そんな事はないようだ。じゃあ、社会の窓が――開いてねぇか。
てゆうか、今はそんな事を気にしている場合じゃねぇな。
せっかく座れたんだし、千歳がまとめた資料にでも目を通しておくか。
オレはカバンからノートパソコンを取り出して、電源を入れた。
今日の会議で使う資料――マリン新人賞へ応募された作品の品評がまとめられた資料だ。
ふむ……一応オレ自身も作品には目を通したが、おおよそオレの感じた事と同じ感じだな。まあ、評価に関しては、オレよりも二割増しくらいで辛辣な評価だが……
若干、頬を引きつらせながら、資料の内容を頭に叩き込んでいく。そして、ちょうどオレの担当分、二十作品の評価内容を叩き込み終えた頃、電車は上野駅へと到着した。
荷物をまとめ、急ぎ足で電車を降りるオレ。
途中、キヨスクでタマゴサンドと缶コーヒーを購入し、それを頬張りながら山手線のホームへと移動。待つ事なく緑の電車に乗り込み、一路会社へと向かった。
「おはようございま~すっ!」
12階建てビルの7階。オレは大きめの声で挨拶をしながら、月刊少女マリン編集部への扉を開けた。
少々早めの時間なので、出社しているのは二人だけ。
とはいえ、あの電車を逃すと次は、駅からダッシュしてもギリギリの時間になってしまうので仕方ない。
「おう、おはようさん。早いな、ヘタレやろー」
そんなオレへ、最初に声をかけて来たのが、一番奥のデスクに座る編集部。
てか、開口一番、笑顔でヘタレやろーって……
「あらあら。|昨夜《ゆうべ》はお楽しみ……じゃなかったみたいね、ヘタレやろーくん」
続いて声を掛けて来たのは、その隣に立っていた眼鏡美人の南副編集長――
って、アナタもですか? なんかヘマとかしたか、オレ?
眉を顰め、首を傾げつつ、編集長のデスクへと足を向けた。
「おはようございます……てか、お二人とも。朝からヘタレとか、何なんですか?」
オレの言葉に、ニッコリと笑ってスマホを取り出す二人。
そして――
『カシャッ!』
同時に焚かれたフラッシュに顔を背けるオレ。そんなオレの前へ、二人は同時にスマホ画面を差し出した。
「なっ!?」
そこに写っていたのは、フラッシュに顔を背けるオレの顔。
二十年以上も付き合っている見慣れた――とゆうか、見飽きた顔である。
しかし、今日に限ってはいつもと違う所が一点。見飽きた顔の左頬に、なぜかサインペンで文字が書かれていたのだ。
そう、『ヘタレやろー』と……
だ、誰がこんな……いや、考えるまでもねぇ。
もしオレが、東京に憧れる女子高生巫女さんと夢の中で入れ替わっているんじゃないとしたら、こんな事が出来る人間など一人しかいない。
「いや~。もし工藤先生が妊娠休載なんて事になったらどうしよかと本気で考えていたが、どうやら杞憂だったようだな」
「ええ。それに、コレなら他の先生の担当も安心して任せられるわね」
オレに向かってスマホの画面を突き出したまま、楽しそうに話す編集長と副編集長。
そして、そんな二人の会話を前に、呆然と立ち竦むオレ。
今日はやたらと視線を感じると思っていたが、そういう事か……
ふっ……ふふふ……ふふふふふふふ…………
あの|女《アマ》ぁっ! ぜってーぶっ殺すっ!!
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