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コメント
3件
うわあああ…第10話、読み終わったけど言葉が出てこないよ…😭💦 二宮さんの完璧な世界が崩れていくのが、チェス盤の一滴の涙で描かれてて胸が痛すぎる…。辻くんの「もう動かせる駒はどこにもありません」って台詞、マジで刺さった。単なる反逆じゃなくて、ちゃんと犬飼さんの最期を見届けたからこその覚悟なんだよね…。 そして机の上の犬飼さんの穏やかな寝顔、二度と聞けない飄々とした声…。ああ、もうこの関係性が戻らないのが切なすぎる。さんまさんのキャラの心情描写、毎回エモすぎて泣かされるわ…!!
光街 葵
578
#染井華
さんま
19
すぷりんぐ
52
ボーダー基地、二宮隊の作戦室。まばゆい緊急脱出の光と共に、二宮匡貴は強制帰還を果たした。戦闘体は完全に砕かれ、生身のスーツ姿に戻った彼の胸元からは、激しい強制転送の負荷による白い蒸気が立ち上っている。二宮は床を睨みつけたまま、しばらくの間、指一本動かすことができなかった。
「二宮……さん……?」
作戦室の片隅で、モニターを注ぎ視ていたオペレーターの氷見亜季が、震える声でその名を呼ぶ。二宮は何も答えなかった。ゆっくりと立ち上がり、乱れた衣服を整えるその一連の動作は、いつも通り恐ろしいほどに完璧で、冷徹だった。しかし、彼の脳内は、かつてないほどのドス黒い屈辱と怒りで沸騰していた。最強の戦術家。誰もが認めるボーダー最高峰の頭脳。その自分が、自らのエゴを押し通し、犬飼を永遠の檻に縛り付けようとしたその瞬間に、最も忠実な駒であるはずだった辻新之助に背後から撃たれたのだ。
辻󠄀……貴様が、俺の盤面を引っ繰り返したというのか
完璧にコントロールされていたはずの世界の崩壊。二宮は、いつものように完璧な姿勢で自分の椅子に腰掛け、机の上のチェスボードを見つめた。二宮匡貴の正しさを証明するためのゲームは、今、最も無害だと思っていた身内の手によって、永遠に修復不可能な形に粉砕された。その事実が、彼のエゴの防壁を内側からジワジワと、決定的に蝕んでいく。
ガチャリ、と重々しい音を立てて、作戦室のドアが開いた。帰還のゲートではなく、通常の廊下から、ゆっくりと歩いて入ってきたのは、辻󠄀新之助だった。彼の戦闘体もすでに解除されている。辻󠄀の制服の上着には、地球の防衛戦では決して付着することのない、異界の灰色の雪の汚れがうっすらと残されていた。そして、辻󠄀の両腕の中には_。
「……辻󠄀」
二宮が低く、地を這うような声を出す。辻は何も言わずに、二宮のデスクの前まで歩み寄ると、腕の中に抱えていたそれを、静かに机の上へと横たえた。それは、もう二度と動くことのない、生身の犬飼澄晴の遺体だった。額の黒紫色の角は完全に砕け散り、ただの痛々しい傷跡だけが残っている。アフトクラトルの禍々しい黒い甲冑も、トリオンの霧散と共に消え去り、そこにあるのは、いつも通り少しだけネクタイを緩めた、見慣れたボーダーの制服姿の犬飼だった。彼の表情には、二宮への恨みも、アフトでの狂気も残っていない。ただ、すべてのゲームをクリアして、ようやく退屈から解放されたかのような、ひどく穏やかで、静かな寝顔がそこにあった。
「……犬飼先輩は、死にました」
辻󠄀は、二宮の突き刺すような視線を真っ向から受け止め、静かに告げた。その瞳からは、もう涙は流れていなかった。二宮の完璧なチェス盤の一部であることを自ら辞め、一人の人間として先輩の最期を見取った少年の顔には、揺るぎない覚悟だけが宿っていた。
「先輩は、二宮さんの檻からも、神の国の地獄からも、完全に逃げ切りました。……もう、二宮さんが動かせる駒は、ここにはどこにもありません」
辻󠄀の言葉は、刃となって二宮のプライドを完璧に切り裂いた。生かして連れ戻し、壊れた姿のまま自分の正しさの象徴として一生縛り付ける。その二宮の独善的なエゴは、犬飼の死という絶対的な終えんの前に、完全に敗北したのだ。二宮は、机の上に横たわるかつての部下の遺体を見つめた。触れればまだ、微かに温かい。だが、この男はもう二度と、自分の指示を聞くことはない。
「二宮さん、今の誘導弾どうでした?」
と、あの飄々とした声で笑いかけてくることも、二度とない。
「……下がれ、辻󠄀」
二宮は、掠れた声でそれだけを命じた。辻󠄀は一礼もせず、ただ静かに振り返り、作戦室を後にした。彼の足取りは、かつての二宮隊の誰よりも確かで、自由だった。
夕暮れの赤い光が、大きな窓から室内に差し込み、長い影を床に落としている。
犬飼の遺体は本部の検死室へと運ばれ、作戦室には再び、重苦しい静寂だけが戻ってきた。部屋の空気は、どんな凄惨な戦場よりも冷たく、虚しく沈み切っていた。二宮は、一人でチェスボードの前に座り続けていた。彼の右側にあるデスク。そこには、犬飼がいつも愛用していた、うっすらと埃を被り始めたマグカップだけが置かれている。そして、そのさらに奥にある、かつて鳩原未来が座っていた席。いまや、辻󠄀の席さえも、主を失ったかのように冷たく静まり返っている。完璧に崩壊した、二宮隊。二宮は何も言わなかった。ただ静かに手を伸ばし、白の騎士の駒を一つ、進めた。いつもなら、その次に犬飼が気まぐれな一手を出して、自分の予想を裏切る。二宮はそれを不快に思いながらも、完璧に軌道修正して勝利に導く。その支配の快感は、もう世界のどこを探しても存在しない。自分の強さと、自分の傲慢さこそが、仲間を窒息させ、世界の果てへと追い出していたのだという決定的な真実。自分は間違っていないと言い聞かせるためのエゴの防壁は、もう、砂の城のように音もなく崩れ去っていた。二宮は一人で黒の駒を動かし、また白の駒を動かす。対局相手のいない、誰も喋らない、機械の駆動音だけが響く静まり返った隊室。完璧に整えられたはずのチェス盤は、今やただの、寂しい無機質なプラスチックの塊に過ぎなかった。
ポツ、と。
チェス盤の、黒い王の駒の頭に、透明な雫が落ちた。それが、自分の完璧な世界を完全に拒絶され、エゴの檻に取り残された二宮の、プライドの血涙なのか。それとも、二度と戻らないあの賑やかな日々の幻影を追いかける、言葉にならない虚しさの涙なのかは、分からない。ただ、冷たいプラスチックの駒を濡らした一滴の涙だけが、夕暮れの赤い光を浴びて、虚しく、きらきらと輝いていた。