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#ギャップ
#御曹司
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他のメイドさんたちと共に黙々と家事をこなし、ようやく自室へ戻ろうとした、その時だった。
「来栖さん、ちょっといいかしら?」
背後からかけられた声に振り返ると、そこには奥様が立っていた。
何か粗相をしてしまったのかと構えていると。
「巴のことで、少し相談したいことがあるのよ」
「巴様の……?」
こうなると当然断れるはずもなく、私は小さく頷く。
「……かしこまりました」
こうして私は奥様の私室へと案内されることになった。
奥様の私室は、いつもと変わらぬ静けさに包まれていた。
柔らかな照明に整えられた調度品の数々。
けれど今の私には、その落ち着いた空間がやけに息苦しく感じられた。
「そこに座ってちょうだい」
「……失礼いたします」
勧められるままソファーに腰を下ろすと、奥様は私の正面に座り、ひと呼吸置いてからこちらを見る。
「来栖さん。今日、巴がずいぶん荒れていたでしょう?」
「……はい」
「あなたなら、理由は察していると思うわ」
逃げ場のない言葉に、私は視線を落とした。
「縁談の件、ですよね」
「ええ」
奥様はあっさりと肯定した。
「正直に言うわ。あの子は頑固で、頭に血が上ると周りが見えなくなる。だからこそ、あの縁談にはあなたの力が必要なの」
「……私の、ですか?」
思わず聞き返すと、奥様は少しだけ微笑んだ。
「巴は、あなたの言葉なら聞くでしょう?」
その一言で、心臓が強く跳ねた。
「私から、縁談を……勧めろ、と?」
「そうよ」
はっきりと告げられ、胸の奥がざわつく。
「一度きちんと会って、デートをしてみなさい、と。無下に拒むよりも、大人として筋を通すべきだと。そう伝えてほしいの」
頭では分かってる。
家の事情や立場に将来のこと。
奥様が軽い気持ちで言っていないことも。
「……それは」
「無理、かしら?」
まるで試すような声に、私は慌てて首を振った。
「い、いえ……。奥様のお気持ちは、分かります」
その言葉に偽りは無いけれど、でも、
(私から勧めるだなんて、そんなの、嫌だ)
その感情が、はっきりと胸に浮かび上がった。
奥様の気持ちも、巴さんの気持ちも分かる。
そこに私の気持ちは必要無いのも分かってはいるけれど、頭の中に浮かぶのは、私に向けられる巴さんの不器用だけど時折見せてくれる優しさの数々。
(……巴さんが、他の誰かに優しくしているところなんて、見たくない……)
そう思った瞬間、余計に胸が苦しくなった。
「来栖さん?」
呼ばれて、はっと顔を上げる。
「……少し、考える時間をいただいてもよろしいでしょうか」
震えそうになる声を必死で抑えた。
奥様は私をじっと見つめ、それから小さく息を吐くと、
「ええ、勿論。無理にとは言わないわーーでもね」
私を真っ直ぐに見つめながら静かに続けた。
「あなたの気持ちは関係無い、あくまでも、巴のことを考えて伝えるかどうか決めて欲しいの。お願いしますね」
どこか意味深な言葉と視線を残して話はそこで終わった。
私室を出た後、廊下を歩きながら私は考える。
(奥様のさっきの言葉……、あれって私の気持ちに、気付いてる?)
そう思いながらもそんなはずは無いと思い直す。
(そんな訳ないか……)
考える時間は貰ったものの、どうするべきか。
私が自分の気持ちに気付いたところで、私は巴さん専属のメイドで、上澤家にとってはただの使用人。
奥様の言う通り、私の気持ちは関係無い。
大切なのは、巴さんのこれからのこと。
(…………私の立場的にも、巴さんにも申し訳ないけど、やっぱり、縁談を勧めることが、正解なのかな……)
答えの出ない問いを抱えたまま夜は静かに更けていった。