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「身元引き受人になってくれて助かったよ。食い逃げでブタ箱なんて勘弁だ」
「勘違いするなよ、身元引き受人になったのはそこのノンって娘だからな? 」
店を後にし、更に下層へと錆びた配管の中を下って行く。所々、溜まった雨水が三人の靴を汚した。
「あのっ、おねいちゃんは…… おねいちゃん? 」
僅かに沈黙が広がった後、少女の見た目をした人物が答えた。
「ん~っ…… 言葉遣いに違和感が有るのは勘弁してくれ、ちょっとおねいちゃんは病を患っていてな、色々とあるんだ。二重人格って奴でな。それよりも…… 」
少女はチラリと振り返り、言葉を続けた。
「アノ時の戦闘機《ファイター》乗りがこんな場末で酒に溺れてるなんてな? とんだお笑い種《ぐさ》だな」
「いっ、言っておくが、俺がこうなったのも、アンタの所為《せい》なんだからな? 戦闘機《ファイター》をブンどられて、墜落させられたって軍法会議で何度訴えても、当時の記録も証拠もなけりゃあ誰も信じてくれねぇし、挙句の果てに薬物の使用も疑われて、エリートコースだった空軍は情状酌量も無く即首だぜ? そりゃあ飲んだくれるっつうの」
「それは災難だったな。でも、まぁそう腐るな。これも何かの縁だし、ノンにも借りが出来たんだ、お前に打って付けの仕事を紹介してやる」
「仕事? 」
「あぁ、ノンは俺の船《シップ》の整備士になる予定で、今は行動を共にしている。だからお前も俺の船で働いてもらうぞ? 」
「たっ高々、飲み代位で化け物の船で強制労働かよ? 冗談じゃねぇ、やってられっかよ」
「化け物なんて人聞きの悪い。冗談はその辺にしとけ。ノンがビックリしてるじゃねぇか。どうだ? 悪い話じゃないと思うがな? 第一、お前…… 頼る所あるのか? 」
「ぐっ――― 」
「その調子じゃあ、今日の宿代だってヤバイんじゃないのか? 化け物に頼ってもいいんだぜ? 」
男はため息を吐きながら、後頭部の首の付け根をボリボリと掻き毟《むし》った。
「アンタは…… 一体何なんだよ…… 」
「まぁ聞け。さっきの店のビジョンでお前もニュースを見たろ? 」
「あぁ…… 砂游長蟲《ピュークアンドラ》にやられた船《シップ》の事か? 」
「そうだ。ご丁寧に陥没した砂の穴から大破した船をサルベージして、これ見よがしに修理してる映像だった。それがどんな意味か分かるか? 」
「襲撃を受けた船を引き上げ、弔いを込めて残された遺族の為に修理してたんじゃ…… 他に意味なんてあるのかよ? 」
「大ありだ。これは民衆に対する情報操作、所謂プロパガンダに過ぎん。国はきちんとやってるって所を見せたいだけだ。本当の目的は船を直し、俺を誘き寄せる為の罠だ」
「アンタを? 何でだ? 」
「アレは俺の船だからだ」
「 ―――⁉ 」
「少しばかり訳アリなだけだ。それよりも船は飛ばせるんだろうな? 」
「アンタが操縦席の後ろにいきなり現れたりしなけりゃ、誰よりも速く飛ばせてた」
「それが返事って事で良いんだな? 」
「舐めんなよ! 重力圏だろうがなんだろうが、何だって飛ばせる」
男は急に歩幅を合わせ少女の顔を覗き込むと、自らのプライドを吐き捨てた。
「あっあの、おねいちゃん、こっちなのですっ」
配管の切れ間から、下に伸びる錆びた階段をノンに導かれ更に降りて行く。壁に光る広告は、その内容がガラリと変わり、男達に宛てた妖艶な女達の店の案内が増えた。
「ノン? 俺達を違う店に案内しようとしてないか? 」
階段を降りた少女が呟く。
「兎の姉ちゃんが言う言葉じゃねぇな。風俗街が目的じゃないならドコに向ってんだ? 」
「ねぇお兄さん遊んで行かないかい? 」
徘徊する遊女達が、すれ違い様に感情の無い声を掛ける。
「俺達が向かうのは潜《もぐ》りのジャンク屋だ。AIのアクセスキャンセラーモジュール。保護されているセキュリティを解除しなけりゃ”マザー”のバックアップを取り出せない」
「あら? 可愛い兎ちゃんね? 」
声に反応すら示さずに、暗い配管を進んで行く。
「マザー? AIユニットの事か? 」
「そうだ。あの船に搭載されてるAIの回収が最優先だ。あの船は恐らく無理だろう…… まぁ、心配するな、船が無いなら奪えばいいだけだ」
「あのっ、おねいちゃん。もし、あの壊れた船が動いたらどうするのですかっ? 」
「簡単には行かないと思うが、その時は返して貰うのさ」
「でっでも,おねぃちゃんゎ追われてるのに、あそこに戻ってへーきなのですかっ? 」
ノンが目をぱちくりさせると、顔を見合わせた男も目をぱちくりさせる。
「なぁぁぁぁにぃぃぃぃ? アンタやっちまったなぁ~ 」
「言っただろう。少しばかり訳ありなだけだ」
☆☆☆
小さなシャッターを潜ると、店は狭く長い鰻の寝床の様に奥へと続いてる。足元のオイルが歩幅を狂わし、積み上げられたガラクタを横目に更に進んで行くと、小汚ないペンギンが酒瓶を握り締めたままガラクタの中で鼾《いびき》をかいていた。
「むにゃむにゃ…… オレは泳ぎが苦手なんだぁ止めてくれえい。むにゃむにゃ…… 」
「ノン。さっきの親父が言ってたジャンク屋は此処でいいんだよな? 」
「間違いないと思うのですっ」
「こいつペンギンみたいだけど本物か? 」
酒にだらしのない男が酒にだらしのないペンギンを訝《いぶか》しめる。
「カエルも居るんだからペンギンもきっと居るんだろうよ」
転がっているスパナを拾い、ガラクタをガンガンと賑やかに叩くと、小汚ないペンギンが飛び起きた。
「くっ空襲警報! かっ各自、落ち着いて持ち場に急げぇ~ 」
「お前が落ち着け」
目玉を巨大に映しだす、分厚いゴーグルのレンズが目の前の三人を捉えると、ハッと我に返ったペンギンが騒ぎ出す。
「ぬわぁぁぁ~ 敵襲ぅ~~~ 」
「客だ馬鹿」