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「”男”は、全てを失った
何もかも、失った…でも…“彼女”は……
そんな”男”を見捨てようとはしなかった」
ケンが死んだ。
ケンの突然の死に、ティエラはただ呆然とした。
ルナが何か話しかけてきたが、ティエラの耳には全く入らない。
結局ティエラは、ルナに手を引かれ、輸送機に乗せられるのだった。
ルナがまた何か話しかけてきたが、何も聞こえない。
帰還後、ティエラは部屋に戻った。
扉越しに何者かの声が聞こえ始めた。
「…ラ、…エラ」
「…?」
「ティエラ!」
「!」
「いるの?」
「…ああ」
「はやくしないと!ケン君と会う約束―」
「ケンは死んだ」
「!?…ティエラ、それは冗談でも―」
ルナは感情に任せ、扉を開けた。
が、その先にあった景色を見ると、その勢いもなくなった。
ティエラの手は、震えていた。ティエラはそんな自分の手をいつまでも見つめている。
「そん…な…」
ルナはティエラを見ていることしかできなかった。
それから2日たった。
しかし、ティエラが部屋から出てくることはなかった。
あの作戦の日から3日は極東公国との戦いに向けての準備期間があった。
この猶予が、ティエラにとって、せめてもの救いだった。
(俺は一体…どうしたらいいんだ…。俺はセイレーンだ。人一人護るくらいなら造作もないはずだ…。なのに…どうして…)
ルナはティエラの部屋まで来た。しかし、彼女は扉を開けることをためらってしまった。
彼女は怖かった。
今、手を差し伸べようとして、もし拒絶されたらと思うと、彼女は怖くて仕方なかった。
結局ルナは、そのまま自分の部屋へと戻っていってしまった。
数分後…
突然ティエラの部屋にノックの音が響いた。
「ティエラ。話がある」
「ヴィレイさん…ですか」
「ああ」
2人は扉越しに話している。
「軍の一人から話は聞いた。…災難だったな」
「…要件は、何ですか」
「前に話したこと、あったよな。俺の恋人の話だ」
「確か…戦死したと…」
「そうだ」
「それが…一体何だというのですか」
「あのとき、彼女が俺に遺してくれたものがある」
「…?」
「”力”だ。俺は元々『アシュラ一族』の中で一番の落ちこぼれだった。だが、彼女は最期に”力”をそんな俺に遺してくれた。まあ、結果、俺は前線に出なくなり、軍も辞め、政界へと足を踏み入れることとなったわけだが…。しかし、この”力”は決して無駄なものではないと俺は信じてる。なぜならこの”力”は、ただの力ではなく、皆を…”世界”を守る力なのだから。だから、彼女の愛したこの”世界”を、俺は必ず守ると決めた。それが最期に彼女が遺してくれたものであり…今の俺の生きる理由でもあるんだ」
「ケンは…俺に何を遺してくれたのでしょうか…」
「そうだな…。強いて言うなら、”愛情”じゃないか?」
「愛情…?」
「そうだ。お前はケンと出会う前、何でもかんでもバッサリ斬り捨てるようなヤツだった。ハッキリ言えば、孤独主義者だ。だが、今のお前は違う」
「なぜそのようなことが―」
「お前は今、ケンを失って悲しんでいるだろう?」
「!!」
「それだけ彼のことを大切に思っていたということだ。それは、他人に向ける”愛情”というものじゃないのか?」
「…しかし、ケンはもう…」
「そうだ。ケンは死んだ。その事実が変わることはない。だが、お前にはまだいるはずだ。大切に思っている人…”護りたい人”が、いつも隣に」
「!!」
「”彼女”がいたから、お前は変われたんだろう?彼女がいたから、お前は優しさも愛情も取り戻せた。違うか?」
「………」
「だったら、彼女を護り抜け。失ったものは戻ってこない。今、目の前にいる”護りたい人”のことを考えろ」
「………」
「そうと分かれば、今、お前にすべきことはなんだ?」
そう言うと、ヴィレイはどこかへ行ってしまった。
ティエラはまた独り、取り残された。
しかし、その目はさっきまでとは違い、決意で燃えていた。
訓練場にて…
「ハアッ…ハアッ…」
「ど、どうしたんだよ?ティエラ。そんなに息切らして…」
「ユピテル…頼みがある…!」
「!!…分かったぜ。任せろ!」
ユピテルは、ティエラの目を見て、全てを察した。
2時間後…すでに夜になっていたころ…
「ティエラ!!ここにいた…」
「ルナか…」
「どうしたの!?こんなにボロボロに…」
「おっと…、ここらで俺は離れるとするかね…」
ユピテルは小声でそう独り言を言うと、足を引きずりながら離れていった。
「ルナ…」
「もうッ!どうしてこんな無茶したの!?」
「………」
「じっとしてて。今、治すから」
セイクリッド・エナジーは他者のみに、回復として使用できる。
ちなみに、回復以外にも言えることだが、もし記憶という資源が枯渇した場合、生命エネルギー、つまり寿命を彼女は消費することになる。
「ルナ…」
「大丈夫。すぐ治るよ」
「……護るから」
「…え?」
「俺が…護るから…」
「…うん」
「………」
「ほら、治ったよ」
「………」
「じゃ、行こっか!」
「…ああ」
2人は訓練場から出ようとした。
すると…
「…あ」
「ユピテル!?」
出入り口付近でユピテルが倒れていた。
「う…う~ん…、って、ルナ!?アチャー…気ィ失ってたかぁ…」
「悪いな…ユピテル…。長く付き合わせてしまって…」
「気にすんなよ。護りたいんだろ?」
「ああ。お前も、ルナもな」
「?あれ?何で俺も入ってるんだ?」
「友人と…言ってくれただろう…?友人は”護りたい人”じゃないのか?」
「…?あッ…護るって、そーいう…」
「…?どうかしたか?」
「あ、いや、何でもない!ま、頑張れよ!あッ、あと、特訓ならいつでも付き合うぜ!」
「ああ。ありがとう」
「おう!任せとけ!何つったって、俺はお前のダチだかんな!」
「ああ。…またな」
「おう!またな!!」
2人は手をがっしりと握り合うと、それぞれ自分の部屋へと帰っていった。
これが”2人”にとって最後の会話になるとは、このとき、誰も知りはしなかった。
「じゃあ、ティエラ。私はここで」
「ああ。…あと、ルナ…」
「?なあに?」
「前に、俺に聞いたよな。『自由になりたいか』と」
「うん」
「俺は…、自由になってみたい。自由になって…、”本当の幸せ”を追い求めるんだ…」
「それが…ティエラの夢?」
「ああ」
「そっか…。じゃあ私の夢は…、ティエラの夢を叶えること」
「!!」
「ティエラの幸せは、私の幸せだから…!」
「…そうか」
「うんッ!」
「明日は…ついに”あの作戦”の日だな」
「うん。がんばろうね。それじゃ、おやすみ!」
「ああ、おやすみ」
”あの作戦”…それは、『極東公国制圧作戦』のことである。
前回占領した対馬を拠点とし、関東地方を2つの部隊で襲撃するとともに極東公国の政治的機能を破壊し、本土を制圧するという作戦だ。
片方はティエラ・ルナ部隊。もう片方はヴィーナス・テティス部隊が攻略することとなっている。
作戦当日…対馬を含め、極東公国では豪雨が発生していた。
「ティエラ!アンタ、ルナにケガなんかさせたら許さないわよ!!」
「ま、頑張れって言ってんだよ。きっと」
「ありがとう、2人とも」
「お前も気をつけろよ~」
「ああ」
「じゃあ、後で皆で会おうね!」
「ええ。後で服でも買いに行きましょう、ルナ」
「うん」
「俺たちは…そうだな…。夕飯でも…どうだ?」
「いいぜ~。どーせ暇だしな~」
こうして4人は、2人ずつ別の輸送機に乗り、作戦が始まった。
「今回のような大規模な作戦は滅多にない…。よって今回は、特に心してかかる必要がある…。分かっているな?」
「ハッ!!」
「うむ。…ん?おい貴様!!なんだその敬礼は!!名は…ミコヤンか。ミコヤン!!貴様!!私はそのような敬礼を教えた覚えはないぞ!!」(多国籍軍の敬礼は右手でする)
「!!すッ、すみません!」
「いいか!?二度と間違えるなよ!!」
「は、ハッ!!」
こうして、輸送機は飛び立った。
「おいおい…お前、敬礼逆にするなんて緊張感なさすぎるだろ…」
「緊張のあまり間違えてしまったんだ…俺としたことが…」
「なんだお前?軍のくせにメンタル弱すぎんだろ!」
多数の軍が笑い始めた。
「おい!!静かにしないか!!作戦はもう始まっているんだぞ!!」
隊長のその言葉で、機内の軍は、皆黙って持ち場に戻っていった。
そんな中、ミコヤンというその軍は、独り、拳を握りしめていた。
それから数分後…ティエラとルナはセイレーン専用の部屋にいた。
「ティエラ…寝ても…いい?」
「好きにしろ。………前にもこんな会話したことあったな」
「うん…そうだね。でもね、一つだけそのときと違うところがあるよ」
「…?」
「私、あの日から悪夢を見なくなったの。ティエラが…私を救ってくれたんだよ」
「…俺も、お前に救われている。お前がいたから…俺は…。…って、もう寝たのか…」
ティエラはしばらくルナの寝顔を見つめた。
ルナはティエラの肩に頭をのせながら、静かに寝ていた。
「俺も…寝るとするか…」
それから2人はお互いの頭をくっつけながら寝ていた。
2人だけの時間が、刻々と過ぎていった…
…が、長くは続かなかった。
2人が眠っていたそのときだった。
突然2人の部屋の扉が勢いよく開けられた。
その音でティエラは半目を開いた。
目の前にいたのは、あのミコヤン。マシンガンを装備している。
突然すぎる出来事に、ティエラの頭は追いつけず、反応が遅れてしまった。
マシンガンの銃口は、まだ眠っていたルナに向けられた。
数少ない選択肢の中で、ティエラは咄嗟の行動に出た。
そのすぐ後、ミコヤンのマシンガンが火を吹いた。
突然の銃声と何かが覆いかぶさった感覚で、ルナは目を覚ました。
覆いかぶさっていたのは、ティエラ。
彼の意識は、ない。
「ティエ…ラ…?」
ティエラの背中に触れたとき、何だか生温かい感触にルナは襲われた。
よく味わっている感触…。この感触を味わうのはいつだって戦場にいるとき…。
ルナは恐る恐るその手を自身の顔の前にかざす。
やはり、そうだった。
血だ。
ティエラの血だ。
嘘だ。
そんなの嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ
ルナの心は錯乱した。
今までにないほどに。
激しく。
だが、機内で爆発音が鳴り響いたことで、ルナは現実に引き戻された。
「このままじゃ…ティエラが、死んじゃう…!」
操縦席を見ると、炎に包まれていた。さっきの爆発の大元はここだ。
窓を見ると、一人の軍がパラシュートで降りていた。
見覚えのない顔だが、確かに多国籍軍の格好をしている。
彼の顔は、アジア系…。
「まさか…擬態…!?」
ルナの言う通り、彼の特殊能力は、『擬態』である。
彼の正体は、『極東防衛軍特殊能力課』鈴木太一。
彼は、作戦開始前に部隊の中に偶然いたミコヤンという軍に擬態し、そのまま部隊に潜入していたのだ。
もちろん、本物のミコヤンは既に死んでいる。彼の手で殺されたのだ。
ちなみに極東防衛軍は、左手で敬礼をする。
ルナはティエラの腕を自身の肩にまわし、出口に向かう。
出口の近くまで来た瞬間、輸送機は墜落した。墜落したのは山の中。
無残な姿となった輸送機が煙を上げる中、満身創痍の2人が出てきた。
土砂降りの中、ルナはティエラの腕を彼女の肩にまわしたまま、身体を引きずるようにして歩いた。
しかし、途中で石に引っかかり、転んでしまった。
彼女にできることは、座るところまでだろう。
「もう…ダメなのかな…。2人とも、死んじゃうのかな…。ティエラ…ゴメンね…。私…何も…、何も、できなかった…」
『俺は…自由になってみたい』
「!!」
『自由になって…”本当の幸せ”を追い求めるんだ…』
ルナは、数日前のティエラの言葉を思い出した。
「…そうだよね。私にだって…できることは、あるはず…!」
ルナは最期の力をふり絞りながら座ると、ティエラを力いっぱい抱きしめた。
「ティエラが幸せになれないまま死ぬなんて、そんなの嫌…!あなたは…ティエラだけは…」
「死なせない!!!!!!!!」
次の瞬間、辺り一帯が青白い光に包まれた。光は、雨雲を吹き飛ばした。
激しく、まばゆい光。これはただの光ではない。
これは、彼女の”生命の光”だ。
死んでいるといってもおかしくはないティエラを生かすには、こうするしかないのだ。
ルナは、自分の”全て”をティエラに捧げた。
セイクリッド・エナジーも、これまで読み取ってきた誰かの記憶も、ルナ自身の記憶も、そして、彼女の生命エネルギーも、全て、全部。
「ティエラ…どうか…」
ルナは光の粉となってティエラを包み込み、その後、消えた。
一方その頃、ティエラは…
(俺は…)
ティエラは目を覚ました。目の前には、おびただしい数の映像があった。
(これは…誰かの記憶…?それも数えきれないほどの人数の…)
だんだんとティエラの中にあるなにかが、薄まっていく。
(…?あれ…?俺は…誰だ?俺は…一体…)
次の瞬間、ティエラは本能で察した。
”自分”を見つけなければ、と。
おびただしい映像をかいくぐりながら、まず彼は、名前を見つけた。
そして次は…と、行こうとしたそのときだった。
彼を、”あの映像”が阻んだ。
土砂降りの中、一人の兵隊が倒れている。それを何者かが見下ろしている。
ティエラは、容姿を取り戻そうと動く。
しかし、再び”あの映像”がそれを阻む。
動く。阻む。動く。阻む。動く。阻む。動く。阻む。
そして、その末…ついにティエラの心は、折れた。
名前以外、何も取り戻すことができないまま、”あの映像”の強烈な印象に苛まれながら、彼は、”自分”を探すことを、放棄した。
ティエラは、いや、ティエラであってティエラではない彼は、目を覚ました。
誰かの家の中、ベッドの上、風でカーテンが揺れている。
開いている窓から日の光が差している。
青空がどこまでも広がっている。
眩しい青空を、彼はただ、見つめる。
そんな彼の左目からは、一筋の涙が、静かに伝っていた。