翌日。
いつも通り出勤すると、遠くの方に見える部署前で誰かが騒いでいた。
あ~。また藤川か。
同じ部署の女子社員の藤川は、どうもオレに対してのアピール具合がすごくて。
元々そういうタイプは、フラフラ遊んでた時代は適当に相手したりあしらったりしてたけど、他に想っている人がいる今は正直そういうことをするのもめんどくさい。
現にこの会社に入ってからは、そういう雰囲気も出してないはずなのに、なぜか女子社員が無駄にアピールしてくる。
そして、そんなアピールをあからさまにしてくるタイプが一番苦手だ。
なんとなく遠くから見てもわかる藤川のいつものパターン。
オレに訪ねて来てる女子社員に常に牙を向くいつものお決まりの流れ。
商品企画1部で唯一の女子社員でチヤホヤされてるのもあって勘違いしてんだろな。
「早瀬さん? ・・・いませんけど。何のご用ですか?」
近くまで行って耳を澄ますと、やっぱりオレの名前が。
朝から何やってんだよ。
「あっ、いらっしゃらないなら大丈夫です」
「どういうご用件ですか? 私が早瀬さんに伝えときます」
案の定予想通りのいつものやり取り。
そう思いながら近づいて行く度、いつもと違う違和感。
最初は藤川の方が気になってそっちだけ見てたから気付かなかったけど。
この後ろ姿とこの話し声・・・。
「いえ。また出直します」
「また?どちら様ですか? 早瀬さんにどういうご用件でしょうか?」
いや、ちょっと待て!
確かに間違えるはずがない。
彼女だ。
「おい。藤川。お前何やってんだよ」
いきなりの状況でオレは即座に彼女の背後から藤川を止める。
「あっ!早瀬さん! おはようございますぅ~」
すると、オレの姿を確認した藤川は相変わらずのテンションで挨拶。
「オレに用事だろ?なんでお前がそこまで入り込んでんだよ」
「だって~滅多に女性なんて訪ねてきたことないのに、早瀬さん名指しで気になるじゃないですか~」
プロジェクトでリーダーになった同士だし、近々彼女と会うことになるとは思ってたけど。
まさか直接こんなにすぐ彼女から訪ねてくるとは。
あの店であんな出会い方したとはいえ、会社で顔合わすのは初めてなだけに、急なこの展開は正直心の準備が出来てない。
「すいません。お待たせしました。早瀬です」
彼女の背後からそう自分の名前を伝えて挨拶すると、彼女が振り返る。
「こいつが失礼しました。すいません。場所変えましょう」
「あっ、えっ、はい」
でも、まだこのタイミングでまだ知られたくなくて、彼女が顔を確認する間もなく、即座に彼女の前方に回って、別の場所へと先導する。
「もう早瀬さ~ん!冷たい~」
相変らずうるさい藤川は・・・、まぁこのまま放っておこう。
それで、だ。
さぁ、どうしよう。
あんな出会い方と別れ方をして、まさか会社で一緒に仕事することになるなんて思ってもいないだろうし。
だけど、あの場で彼女がオレに気付いた時、実際咄嗟にどんな反応するのかわからないだけに、とりあえず誰もいない二人になれる場所まで移動する。
この先の廊下を曲がった先は、あんまり人が来なかったはず。
朝からこっち側に来る人もいないだろうし、この先の場所でとりあえず話すか。
「ここまで来たらもう大丈夫」
そう呟いてようやく背中越しにいた彼女の方へと振り向く。
「望月さん、ですよね」
「はい。・・・え? 」
まぁプロジェクトのリーダーが決まって挨拶しに来たってとこかな。
彼女が名乗る前にすでに名前を知ってるオレはすかさず躊躇なく呼ぶ。
すると彼女は不思議そうに反応。
「え?あれ? 私のこと知ってましたっけ?」
案の定不思議そうに尋ねてきた。
「前にお会いしたことありました?」
オレの顔を見てもまだ彼女はあの時のオレと一致してないようで。
気付かれない方が仕事はやりやすい。
・・・けど、あの時なんの為に意を決して声をかけたのかわからない。
「ええ。仕事は初めてですけど」
彼女のために、気づかないフリしてもよかったけど。
あまりにも全然気付かないのがなんか悔しくて。
「ですよね? ん?仕事は?」
「そう。仕事では初めてだけど。オレたち前に会ったことあるから」
やっぱり知らないフリ出来なかった。
やっぱりオレを意識してほしい。
だけど、彼女はオレがそう言っても、まだ全然気付かなくて、自分なりに必死に思い出そうとしている。
そんな彼女を見て、もどかしい気持ちが出てきたのと同時に、少しからかいたくなって・・・。
「・・・なら、試してみる?」
彼女の耳元にそっと顔を近づけてあの時の言葉を囁いてみた。
するとその言葉を覚えていたらしく、ようやくあの時のオレと一致したみたいで、一人それに気づいて驚いた表情をしている。
よかった。覚えててくれた。
「ようやく気付いた?」
「えっ?まさか。なんで・・」
やっぱりオレがここにいることに、かなり驚いてる様子。
「ほら。また会えた。あの時言ったでしょ。次会えたらって」
「いや、ホントにまた会うなんて思ってないでしょ。そもそも同じ会社だなんて思ってもなかったし」
オレはずっと夢見てたあなたとこうやって仕事出来ることが実現して嬉しくて仕方ない。
だけど、オレの言葉は一切信じてないみたいで、期待もしてくれてなかった現実に少しへこむ。
「そうなんだ?寂しいな~。期待して待ってくれてると思ってたのに」
きっと彼女は最初からオレを相手にしてなかっただろうけど。
でも、例えあんな出会い方だとしても、少しでもオレを意識してほしくて。
きっと相手にもしてないだろうけど、少しでもそんなオレを記憶していてほしくて。
「あんなのあの時の流れで会話してただけだから本気じゃないし」
彼女が何気なくサラッとそんな風に言った言葉が。
思った以上にキツいダメージで。
だよな。あんなの本気に受け取るはずないとは思ってはいたけど。
予想通り最初から彼女に相手もされていないことがショックで。
「・・・本気じゃないの・・・?」
さっきまでまだ余裕で反応出来てたのに。
思わず彼女の顔を覗き込むように顔を近づけて、つい不安な素の自分が出たまま呟いてしまう。