テラーノベル
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お久しぶりの更新でございます。 自分も内容忘れていた……。
引き続きりょさん視点。
チーフに手を引かれながらエレベーターで地下まで降り、促されるままに車の後部座席に乗りむと、運転席にはまさかの社長が座っていた。
驚いて言葉を失う僕の横にチーフが乗り、シートベルトを締めた。慌てて僕もシートベルトを締めると、じっとこちらを見ていたのだろう、ルームミラー越しに社長と目が合った。
「……後悔はしないね?」
「!」
静かな言葉に唇を噛んだ。叱責でもない、同情でもない、ただの事実確認。仕事の契約事項の意思決定を問うのと同じ声のトーンのそれに、少しばかりの納得を覚える。僕の今後は事務所に一任され、マネジメントするMrs.の存続は元貴と若井の意思と事務所の決定に委ねられる。僕のお願いを聞き入れてくれるつもりではいるだろうけど、二人の意思が第一だろう。
でも……、後悔はしないか、なんて。
社長はとてもずるい人だと思う。分かりきったことを訊くんだから。
だけど同時に、とてもやさしい人だとも思う。まだ引き返せるとチャンスをくれようとしているんだから。
「……しません」
罪悪感に押し潰されて、自分がいなくなった後も続くMrs.を見て苦しむことが、二人を捨てた僕に科せられた罰だ。ないと思うけれど、もしもMrs.が続かなかったとしたら、それもまた、僕への罰に他ならない。
だから、するに決まっている後悔をしないと嘯く。僕だけは、後悔をしてはいけないのだ。自分で捨てたのだから。
「……行こうか」
そんな僕に小さな溜息を吐いた後、相変わらず静かな声で社長は告げ、車を発進させた。夜でもネオン街は明るいといえど僕の目にはほとんど何か分からない外を眺めている間に、いつの間にか僕は眠ってしまって、チーフに揺り動かされて起こされたときには目的地に到着していた。
詳しい場所は分からないけれど、自然に囲まれた平屋の一軒家だった。マンションか何かを用意してくれていると思っていたのに、まさかの戸建てだ。そこまで大きくはないけれど、一人で住むにはあまりに大きい。その上周囲に他の民家もなく、どうやって買い物とかに行くのだろうかと思うほどの孤立っぷりだ。
家に入ると僕の部屋にあったものが既に運び込まれていて、すぐにでも生活ができるよう整えてくれたあった。ソファも冷蔵庫も、電子レンジに至るまで全部僕の家にあったものだ。
感謝すべきなんだけど、なんだろう、この違和感。見慣れない部屋に見慣れたものがあるからだろうか。なんと表現すればいいのか分からないが、なにかがしっくりこないような、見落としているような違和感がある。
「私の親戚筋の持ち家でね、今は使われていないから気兼ねなく使いなさい。ライフラインは使えるようにしてある。あぁ、当面の生活費も考えなくていい」
「……ありがとうございます」
「その代わりと言ってはなんだが、三日は家から出ないでほしい。食事は持ってくるし、多少の食料は冷蔵庫にあるから」
「へ?」
「いいね」
詳しい説明をしないまま、社長はチーフを連れて出て行った。えぇ……いや、当たり前なのかも。厄介払いされなかっただけマシだと思おう。むしろ費用の負担もしてくれると言うのだから、文句を言う立場にない。家から出ないくらいなんてことはない。
メインの道路からも離れた場所にあるせいだろう、家の中はひどく静かで落ち着くどころか寂しさを覚える。でも、これに慣れていかなければならない。
今は情報がすぐに広まる世の中だし、家の中にいた方が居場所を知られる可能性が低い。Mrs.の今後が決まるまで下手な情報が出るのは避けたいし、ちょうどいいのかもしれない。
でも今日は、もう、なにもしたくない。
部屋を整理するみたいに記憶や感情も捨てられたらいいのにと、どうしようもできないことをただぼんやりと考えた。ソファに座ったら睡魔がやってきて、寝落ちてしまう前にスマホの電源を落とす。真っ暗になった画面を眺めているうちに、疲れていたのか眠ってしまっていた。
翌日は目が自然と覚めるまで寝こけて、久しぶりにこんなに寝たな、というくらい眠っていた。ソファで眠ったせいか身体がパキパキと音を立てる。散々年齢はいじられてきたけど、確かにもう若くないのかも、なんて考えて苦笑した。
とはいえこんなにも寝たのは久しぶりで、最近の寝不足による慢性的な頭痛から解放されてなんだかスッキリとしていた。どんよりと心の底に黒いものは鬱積したままだけど、もう引き返すことはできないのだから切り替えていくしかない。
シャワーを浴びて気持ちを切り替えよう。この家の造りも把握したいからお風呂を探すついでに家の中を探索でもしようかな。入ってはいけない場所とか特に言われていないから、好きに使っていいってことなのだろう。無理を言ったにも関わらず、こんなにも良くしてもらえて喜ばしい限りだ。
玄関ホールから直結の広々としたリビングダイニングには扉が四つあって、そのうちのひとつはトイレだった。すぐ隣の扉を開けると風通しの良いランドリールームと大きな洗面台、その奥にはお風呂があった。ランドリールームは板張りで、木材のいい匂いがした。なんだか実家を思い出す。Mrs.の動向が決まり次第、親にも連絡を入れなければいけないが、それはまた社長と相談かな。自動でお湯を張るボタンを押しておく。バスルーム内も汚れなんて見当たらない、清潔で落ち着く空間になっていた。
夜だったからよく見えなかったけど、外観も古い感じはしなかったし、使われなくなったと言うには真新しい設備が整っている。下手したら僕が今まで住んでいた部屋より立派かもしれない。社長の親戚だって言うからお金持ちだったのかな?
リビングに戻り残り二つの扉のうちのひとつを開けると寝室で、僕が使っていたベッドが設置されていた。壁の二面は全てウォークインクローゼットになっていて、僕の私服やバッグ類が全て運び込まれていた。
すご……並べ方とかお店みたいなんだけど。絶対これはチーフが並べてくれたと思う。取り出しやすいように配置まで考えて整頓されているから、ぐちゃぐちゃにしないように気をつけないとなぁなんて考えながら着替えを一揃え持ってリビングに戻り、最後の扉をあけようとドアノブを捻った。
「……ん?」
グッと押し込んでも引いてみても扉は開かない。ガタッと鍵が引っ掛かる音がするだけで動かない。ここは入ってはいけない場所なんだなと納得する。生活する分にはリビングと寝室とお風呂さえあれば充分だし、僕の荷物も全部寝室に入れてくれてあったから困ることはない。
家全体はこじんまりとしているけれどひとつひとつの部屋は広々としていて、窮屈な感じがしない代わりにひどく静かで寂しかった。そういえばここがどこなのか、そもそも東京都なのかも確認していなかった。電波が届いているか確認しようにも、スマホの電源は落としておかなければならないから調べようもない。
「……お風呂はいろ」
考えても仕方がないことに腐心するのはやめて、ランドリールームに入り服を脱いでいく。僕が使っていた洗濯機が設置されていて、ほんとに何もかも持ってきてくれたんだな、と感心する。洗濯カゴもバスタオルも、全部僕の家にあったものだ。洗剤も柔軟剤も揃っている。風通しの良いランドリールームで洗濯物を干すことができるようになっているのもありがたい話だった。この家の中で生活が完結する。
脱いだ服を洗濯機に放り込み、バスルームでお湯に浸かった。
そろそろ元貴たちに伝えられた頃合いだろうか。僕が残した書き置きを見つけた頃だろうか。
元貴も若井も大丈夫かなと思うことも許されない。大丈夫じゃなかったとしたら間違いなく僕のせいだ。僕は戦犯で、2人は被害者だ。
「……ごめんね」
届かない謝罪を、生きていく中で僕はあとどれだけ口にするのだろう。意味のない謝罪を、自己満足に過ぎない謝罪を、どれだけ重ねれば良いのだろう。
永遠に許されない、許されてはならない大罪を犯した僕に、贖罪の方法はあるのだろうか。
目頭が熱くなって、ぎゅっと目を瞑る。涙を流す資格もないのに、どうしても止めることができなかった。
髪と身体を洗ってお風呂から出る。3人お揃いのドライヤーで髪を乾かして、冷蔵庫を開けた。
多少の食料はあると言ってくれていた通り、僕の好きなキノコがたくさん入っていて小さく笑う。戸棚の中にパスタを見つけ、手軽にできるキノコパスタを作ろうとしてやめた。
昨晩、火傷を負った僕の指にそっと触れた、元貴の唇の感触を思い出してしまったから。
結局パスタの横にあったレトルトのご飯とカレーを温めて食べた。僕でも簡単にできるものって選んでくれたんだろう。技術の面でも気持ちの面でもすごく助かった。
腹ごしらえも済んでしまうと、いよいよ何もすることがなくなって暇を持て余すことになった。外部との連絡は取らないようにと言われているからスマホを触ることもできないし、大好きなゲームをする気分にもなれない。
ただただ静かな空間に耐えかねて、禁止されていないテレビをつけた。時間もわかるしちょうどいい。事務所からの発表があったならおそらくニュースのひとつにくらいにはなっているだろう。僕の功績ではないけれど多くの記録を打ち立てたグループの動向は、ひとつのエンタメとしてもってこいだ。
「……まだ、なのかな」
時間としてはお昼を回ったくらいでワイドショーがいくつもやっているが、そのどれにもMrs.のミの字も出てはいなかった。元貴たちへの伝え方は社長に一任してあるから、既に伝わっているはずなのに。発表する頃合いを見計らっているのだろうか。それとも今は話し合いの真っ最中くらいだろうか。
今後の方針を決めてから発表するのも当たり前か、と納得し、ただぼんやりと窓の外を眺めた。このお家には小さくはないお庭があるようで、奥の方にはコンクリートの塀が見える。塀に囲われた家の中という小さな世界が、これからしばらくの間、僕の全てになる。事務所が方針を決めて元貴たちが次の段階に進むまではお庭に出ることも控えた方がいいのかな。誰が見ているか分からないから。
吹き抜けの天井に視線を移すと、シーリングファンがゆっくりと回転していた。
忙しさに追われる日々を送っていたのが嘘のように静かに穏やかに流れる時間は何年ぶりだろう。目に負担をかけないようにしながら、薬で誤魔化しながら、元貴たちを欺きながら生活していたこの1ヶ月の生活は、思っていた以上に僕の身体にも心にも負担をかけていたようだ。
目を閉じると再び眠気がやってきて、夜になってチーフに起こされるまで眠ってしまっていた。
「体調が優れませんか?」
心配そうに表情を曇らせるチーフにふるふると首を横に振る。やることがなくて暇なんだよね、とおどけて見せる。チーフは少しだけほっとしたように息を吐き、買ってきてくれたのだろうお弁当を温めてくれた。何もしないで食べて寝るだけの生活をしていたら太りそうだな、とぼんやり考えていると、チーフが鞄の中から小型サイズのタブレットを取り出した。
「当面の間、スマホの代わりにこちらを使ってください。LINEには社長と私だけが登録されています。何かあればそちらから連絡をお願いします。SNSも確認できるようにしてあります。捨て垢ですが、念のため、返信などはしないようにお願いします」
「ありがとう」
インターネットには繋がっているということか。返信も何も、僕から元貴たちとコンタクトを取ろうなんて思うはずがない。SNSを開くこともないんじゃないだろうか。
興味なさそうにタブレットを見る僕に、チーフが愕然とした声で言う。
「……訊かないんですか」
「……」
何を、なんて言う必要もなかった。だって、元貴たちのことに決まっている。
チーフが意地悪や嫌味でこんなことを言っているのではないことくらい分かっている。いつだって僕たちのことを考えて動いてくれる人だ。僕を傷つけようとしているのではなくて、僕を助けようとしてくれていることが痛いほど分かっている。
むしろ、事情を知っていることで元貴たちに強くあたられていないかが心配だ。社長はうまく躱すだろうけれど、チーフは社長ほど割り切ることができない優しい人だから。
「……僕には資格がないから」
「そんなこと!」
「決定事項だけ知りたい。どうするの?」
チーフの目をまっすぐに見つめて訊くと、チーフは俯いて、明後日には発表されます、とだけ言った。グループを左右する大きな問題だからすぐには結論を出せないだろうが、同時にいつまでも放置もできないだろう。そのくらいは掛かるか、と頷きを返すと、苦しそうにチーフが俯く。僕のせいでたくさんの人を傷つけてしまっている。僕たちのことを心から想い、応援してくれている人たちに、酷いことをさせている。
「……迷惑掛けて、ごめんなさい」
「迷惑なんかじゃないです」
「でも……」
「お願いだから謝らないでください。藤澤さんは悪くありません!」
じゃぁ誰が悪いの? 元貴たちを傷つけたのも、事務所に迷惑をかけるのも、全部僕のせいなのに。
口をついて出そうになった最低な言葉を飲み込み、無理に笑顔を作った。ごめんねさえ許してもらえないなら、なんと言えばいいのか分からなくなる。
気まずい沈黙が落ちた。
「……次に通院するのはいつ頃ですか?」
「二週間後だったかな? お薬をもらうだけだと思うけど」
「分かりました」
家まで用意しておいてもらって言うことではないけれど、いつまで僕のお世話をしてくれるつもりなんだろうか。事務所の温情はありがたいが、僕のことなんて放っておいていいから、元貴たちのマネジメントに専念してほしい。事務所の方針が決まるまではお世話になるしかないから口にはしないが、ある程度キリがついたらそう言ってみよう。これから先、僕は1人でも生きていけるようにならなければならないんだし。
「明日と明後日は、ご不便でしょうが家の中にいてください。また、明日の夜伺います」
「うん、分かってる」
「……久しぶりのお休みです、ゆっくりと休んでください」
これから先もずっとお休みなんだけどね。
卑屈になっているわけではないが面白い冗談にもならないから、余計なことは言わずに軽く手を振った。
再び1人になった空間で目を閉じる。
音楽がなくなってしまうと僕には何も残らない。そのくらいには音楽が僕の人生そのもので、元貴が僕の全てだった。僕を形作る全ては元貴とMrs.で、そのふたつを手放した今、僕は本当に何者でもなくなってしまうんだな。
分かっていたことなのに、いざそうなると恐怖と寂しさが一挙に押し寄せてくる。
何もしないで日々を過ごすことにも慣れていかなければならないのに、暫くは“ただ生きているだけ”になりそうだなと、何度目になるか分からない自嘲を吐き出した。
翌日1日は体調が思わしくなくて、ほとんどを寝て過ごすことになった。薬の副作用なのか病気が原因なのか分からないが、頭痛と吐き気がおさまらず動くことさえままならなかった。当然食べることもできず、水分だけは無理に流し込んだが、それも何度か嘔吐してしまった。ソファとトイレを往復するだけで1日が終わってしまった。
様子を見にきてくれたチーフが心配して、病院に行きましょうと言ってくれたが、この家から出るなと言われているから首を振る。そんなことを言っている場合ではないと怒られたが、これもまた慣れなければならないことのひとつだから頑なに拒否をした。
どうにか動けるようになったのは明け方のことで、這うようにお風呂に入った。体調が悪くても何も食べられなくても、目が見えることに安心した。何かしらの発表があるなら明日、もはや今日か、のはずだ。それまではどうにか耐えてほしい。自分の目で、Mrs.の今後を見届けたかった。
ベッドに戻る気力はなく、ソファに寝転がって目を閉じる。
どうか再び目を開けたとき、まだ世界を視認することができますように。
僕の全てが終わるその瞬間を、僕は見届けなければならない。
続。
タイトルだけ決めていたみたいで、あと3話くらいらしいです笑
ほんとか??(いつも通りなんも決めてない)
コメント
10件
続きを読めるの嬉しい反面、ドキドキヒヤヒヤで読んでます🫣♥️💙💛 いつも更新、ありがとうございます🥹✨
うぅぅぅぅぅ続きが気になって寝れない‼️笑笑
いつもかくれんぼ。を読むときは鬼ごっこ。よりギュっと気合いが入る感じがします。💛ちゃんの方から離れていくのは同じですが、鬼ごっこ。は外的要因が大きく、外的要因さえ無くなればと思えましたが、かくれんぼ。は病気という要因であれど💛ちゃんの離れるという意思が強いからかなと自分的には思います。