テラーノベル
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尽きることなく話続けていると、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま」
一花は驚いて時計を見る。
俊介が帰ってくるには、まだずいぶん早い。
「あれ? 俊介?」
「現場の都合で、今日はもう作業できなくなったんだ。午後は中止になって」
「そうなんだ。お疲れさま」
リビングへ入ってきた俊介は、奈緒を見つけて少し目を丸くした。
「奈緒、来てたんだ」
「お邪魔してます」
「ちょうど俊介の話してたところ」
「え、悪口?」
冗談めかして眉を上げる俊介に、一花が笑う。奈緒もつられるように笑った。
「俊介、あんまり一花に苦労かけないでよ」
「分かってるって」
俊介は苦笑しながら、肩をすくめる。
「奈緒って、昔からそうだよな。人のことになると、すぐ首突っ込んでくる」
「何それ。心配してあげてるんでしょ」
「高校の文化祭の時だって、自分の係でもないのにあっちこっち手伝ってたじゃん」
思いがけない昔話に、奈緒は目を瞬かせた。
「……そんなこと、よく覚えてるね」
「同級生なんだから、それくらい覚えてるって」
その時、インターホンが鳴った。
「誰だろ」
一花は立ち上がり、玄関へ向かう。
「ちょっと出てくるね」
一花の足音が遠ざかると、俊介が隣に座る奈緒へ顔を向けた。
「奈緒」
「ん?」
呼ばれて振り向いた奈緒に、俊介が何も言わず顔を近づけた。
奈緒も目を逸らさない。
ほんの一瞬だけ俊介を見つめたあと——そっと目を閉じた。
「ごめんごめん。宅急便だった」
一花がリビングへ戻ると、奈緒はソファの中央あたりに、俊介は少し離れた端に座っていた。
俊介はスマホに目を落とし、奈緒はテーブルの上のコーヒーカップへ手を伸ばす。
「何か届いたの?」
「うん。お母さんが頼んでたやつみたい」
「そっか」
俊介がスマホから顔を上げた。
一花はそのまま、先ほどまで座っていた場所へ戻る。
「俊介も何か飲む?」
「うん、お願い」
一花はキッチンへ行き、俊介の分の飲み物を用意した。
「はい。お疲れの俊介には、甘いやつ」
「ありがと」
二人のやり取りを見ていた奈緒が、呆れたように笑う。
「相変わらず仲いいねえ。もう十年近いでしょ、君たち」
一花は俊介と顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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借金を抱え、以前の家を離れることにはなった。それでも俊介は家族のために懸命に働き、春子もこうして支えてくれている。
時間はかかっても、いつかまた親子三人で暮らせるようになる。
一花は、そう信じて疑わなかった。
*
夕方になると、春子と悠真が公園から帰ってきた。
「なおちゃーん!」
玄関から駆け込んできた悠真を、奈緒が笑顔で抱き止める。
「悠真ー!」
再び家の中が賑やかになり、奈緒も悠真にせがまれるまま、しばらく一緒に遊んでいた。
やがて日が傾き始めると、奈緒はバッグを手に立ち上がった。
「じゃあ、またね」
「うん。今度ゆっくりご飯行こう」
「いいね。また連絡する」
「気をつけてな」
「うん。俊介も仕事、無理しすぎないでね」
一花と俊介に見送られながら、奈緒は手を振って玄関を出ていった。
その夜は、いつものように四人で夕食を囲んだ。
悠真が大好きな春子の肉じゃがを食べすぎて、「おなかいっぱい」と椅子にもたれかかる。
「だから食べすぎって言ったでしょ」
「だって、ばぁばのにくじゃがおいしいんだもん」
「まあ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
春子が嬉しそうに笑い、俊介もつられて笑った。
ほんの少し前までの三人だけの暮らしとは違う。
それでも一花は、この生活も悪くないと思っていた。
借金さえ返し終えれば、きっとすべて元に戻る。
その日の深夜、一花は溜まっていたゴミを持って一人で外へ出た。
家の中の賑やかさが嘘のように、住宅街は静まり返っている。
ゴミを出し終えて家へ戻ろうとした時、ふいに誰かの視線を感じた。
一花は足を止め、背後を振り返る。
けれど、すぐには誰も見つからなかった。
気のせいかと思いながら辺りを見回し、もう一度家へ向き直ろうとしたところで、少し離れた電柱の陰に人影があることに気づいた。
黒いフードを深く被った男が、こちらをじっと見つめている。
暗くて顔までは分からない。それでも、その視線が自分だけに向けられていることは嫌というほど伝わってきた。
一花は息を呑み、無意識に一歩後ずさる。
すると、フードの下から覗く男の口元が、ゆっくりと吊り上がった。
笑っている。
その事実を理解した瞬間、一花の背筋を冷たいものが駆け抜けた。
男は隠れることも逃げることもせず、ただ一花だけを見つめ続けている。
まるで、ずっと探していたものを――ようやく見つけたかのように。
一花は知らなかった。
この男との出会いが、すべてを焼き尽くす始まりになることを。
コメント
1件
おお……最後のシーン、一気にゾッとしました。それまで家族や友達との温かい空気が丁寧に描かれていたからこそ、夜の街で浮かび上がるあの“笑み”の怖さが際立ちますね。一花が「借金さえ返せば元に戻る」と信じているからこそ、彼女だけが知らないこの不穏が切ないです。続き、気になります……!