夫婦の男性、夫が聞き難そうにしながらも声に出した。
「あの、その、供養ってお幾らくらい掛かるんですかね?」
善悪が笑顔で答える。
「ん? 掛からないでござるよ! とは言っても皆さんお布施をしてお帰りになるのでござるが…… まあ、お気持ち次第、決まりは無いのでござる、人によっては五百円とか千円とか、中には二万円位の方もいるにはいるけど、勿論無料でも何の問題も無いのでござる」
「本当ですか! じゃ、じゃあこれで」
男性はお布施と表書きされた封筒をそっと差し出すのであった。
善悪は丁寧に差し頂いたお布施をご本尊の前まで持って行くと戻って来て説明を続ける。
「それでは御母堂(ごぼどう)様の大切にされていたお内裏様のご供養、確かに承ったのでござる! お母様の思いやりや愛情が詰まったお人形、言い換えればこの世に唯一残されたお母様の真心とも言える存在は、経を上げた後、他の人形達と一緒にお焚きあげ、んまあ灯油を振りかけて燃やし尽くされてお終いでござるよ、きれいさっぱり消え去るのでござる! 良かったでござるな、すっきりしたでござろ?」
「「えっ」」
驚いて変な声を揃えた夫婦に善悪は言う。
「それにこのお内裏様にはお母様自身の魂の一部が今尚成仏し切れ無いで宿っている様でござるし、早く処分した方が良いと見受けるのでござるよ…… 早く処分、引導を渡してやった方がお母様の為でござろう? まあ、魂とは言え熱くて苦しくて可哀想ではござるが、あの方法以外では…… うん、あの方法以外ではどんな供養方法であっても苦しいのは同じでござるな…… やはり業火によって焼き尽くすのが────」
「あのお坊様、あの方法とは一体? 苦しめずに供養する方法があるのでしたら、出来ればそちらが良いのですが……」
────よしっ、掛かった!
善悪は表情がにやけてしまう事を必死に堪えながら返事をする。
「ん? 人形に新たな命を与えてこの寺の家族として共に生きる方法でござるが? さすれば内包されたお母様の魂も新たな生活の中で喜びややりがいに触れながら、心穏やかで幸福に過ごされるのでござるよ」
「おお、では、是非そちらの方法で────」
「三十万でござる」
「「へ?」」
善悪はため息交じりでやや申し訳なさそうに言葉を続けた。
「この方法は希望される方が殆(ほとん)どなのでござるが、貴重な『核』を使用する為にどうしてもそれ位掛かってしまうのでござるよ~、拙僧も心苦しいのでござるがこればかりは如何ともしがたいのでござる」
なるほど、魔核は数も限られているし尤(もっと)もだな。
あれ? でも一年前のヘルヘイムで大量に補充した筈だったような……
私、観察者が考えているとご夫婦が互いに意見を交わし始めたのである。
「三十万か、どうしようか?」
「高いけれど、お義母さんが辛くないなら私はそっちの方が……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、三十万だぞ?」
「うーん、それ位なら生活を切り詰めれば何とか…… ねえ駄目かしら?」
「そうは言ってもそんなに手持ちが無いじゃないか、諦めるしか────」
「心配いらないのでござるよ!」
「「えっ?」」
ご夫婦の話し合いの途中、強引に割り込んだ善悪は説明を続ける。
「現金の持ち合わせが無いのならばクレジットカードでもQR決済でも各種電子マネー、暗号資産でもお支払い可能でござる! 良かったでござるな、これも御母堂の事を一番に考えるお二人に神様や仏様が手を差し伸べたという事でござるなぁ~、さて、どれにするでござるか? ん? んん?」
「く、クレカで」
「はいはい、ではちと拝借ぅ、えっと支払回数は翌月一括で宜しかったでござるか?」
「あ、じゃあ、六分割、いや、ボーナス一括でお願いします」
「了解、七月でござるねっ! ピッとな、はーいっ! カードお返ししますね、毎度ありっ!」
善悪の勢いに押されるまま、決済を済ませたカードを受け取り財布にしまう男性の横から奥さんの女性が声を発した。
「あ、あのぉ~、疑う訳では無いんですけど…… 本当にこの雛人形が、その、命を得るのでしょうか? そんな事が?」
ガッポリ稼いだ直後である、善悪が満面の笑みで答えた。
「ああ、心配いらないのでござるよ、今から目の前で命を与えて見せるのでござる、おいイーチ休、核をこれへ」
「はい、少々お待ちをぉ~!」
慌てて庫裏(くり)に走って行ったイーチが戻るまでの間、夫婦は善悪とアスタロト、バアルの三人が浮かべるニタァとした不気味な笑顔に晒される事となり少し気持ち悪そうにしていたのである。
「お待たせしましたぁ、善悪様どちらにしますか?」
帰って来たイーチは右手に茶糖家を襲ったレッサーデーモンの魔核、左手にはヘルヘイムで入手した蝿かスケルトンの魔核を一つずつ持って問い掛けた。
左手の方は魔核と言うより魔欠片(かけら)と言った方がしっくりくる小ささである。
善悪はイーチの左手から魔欠片を受け取ると、眉間に皺を寄せてクイっと顎を上げて何やら目くばせをする。
イーチは一瞬目を見開いて固まったが、すぐに訳知り顔に戻ってわざとらしく大きな声で言った。
「おお、小さくて希少な方の核をご使用になられるとはぁ! 良いのですか? そちらはもう僅(わず)かしか残っていないと言うのにぃ!」
「「えっ?」」
「これこれイーチ休、いいのですよ、私はこのお二人の御母堂を思う真心に打たれたのですから、ふふふ、でござる」
この猿芝居に心が打たれたのかご夫婦はあんぐりと口を開けたままで善悪を見つめていた。
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