テラーノベル
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「体の中からエネルギーが湧いてくるでしょう?」
彼女が僕に呟いた。
僕は彼女を振り返る。
「見ることができてよかったわね」
陽光に照らされた彼女が、女神に見えた。
ドクンッと大きく鼓動した、その瞬間。
僕の心は、彼女に奪われた。
──この人は、なんて美しいのだろう。
それが、僕の初恋だった。
恋に落ちる瞬間というのは、理屈ではなく感覚なんだと知った。
けれど彼女は、目を細め、少し息苦しそうに笑っている。
「姉さん、唇の色が悪いよ?」
李人くんの言葉で、彼女の顔色が悪いことに気づいた。
もともと色白で儚げな人なのだと思い込んでいたから。
彼女は肩で息をしているのに、それでも笑みを絶やさない。
「仕事が忙しくて、体調を整えてこれなかったからね。山に来るなら、事前準備を怠ってはダメね」
そう言って、苦しそうに目を伏せた。
「高山病だよ! 下山しよう、姉さん!」
「そうね……」
多分、僕に声をかけた時も、彼女の体調はよくなかったはずだ。
それなのに、僕をここまで連れてきてくれたの?
「すみません。僕が無理をさせてしまって……」
「私はただの世話好きなの。気にしないでね」
ほら、また笑ってくれる。
自分は苦しいのに、他人を助ける理由って何だろう。
この人は、他人の幸せを願って尽くすんだ。
でも、尽くすばかりで、自分は幸せなのかな?
嬉しそうに僕へ笑いかける彼女が、愛おしくてたまらなかった。
胸の奥が、ぎゅうっと苦しくなる。
唇に力がこもる。
この人が心の底から笑う笑顔を、もっと見たい。
僕が彼女を幸せにしてあげたい。
そんな強い、強い思いが胸の奥から湧き上がってきた。
「じゃあ、先に下山しますね。叔父さんも来れるといいわね」
「えっ……」
僕は声が出ず、ただ彼女と李人くんを交互に見た。
ここで別れてしまったら、もう二度と会えなくなる。
(何とかして縁を繋げたい!)
頭より先に、口が動いた。
「お礼がしたいので、連絡先を教えてください!」
後ろから叫ぶ僕に、姉弟が振り返った。
「お礼はいらないわよ。当たり前のことをしただけだから」
やっぱり、この人の心は美しい。
絶対に逃したくない!!
「お願いしますっ! 僕、必ず会いに行きます!!」
僕は手を握り、全力で叫んだ。
子供ながらに必死だった。
年上の人から見れば、少し奇妙な少年に映ったことだろう。
彼女は眉を下げ、困ったように僕を見ていた。
「それじゃ……」
彼女はザックから何かを取り出し、僕に手渡した。
それは、可愛い富士山のイラストが描かれた名刺だった。
「もらってくれる?」
僕は名刺を凝視しながら受け取った。
「私、証券会社の新人営業マンなのよ。あなたが社会人になって、お金の運用をしたくなったら、口座を作りに来てくれる?」
彼女は小首を傾げて、僕に笑いかけた。
それが嬉しくて、目を大きく開いた。
「絶対に行きますっ。必ず会いに行きます!!」
「うん。ありがとう」
最高の笑顔を僕に見せて、女神は李人くんと下山していった。
僕はしばらく、二人の後ろ姿を見つめていた。
そして、もらった名刺に視線を落とす。
心臓が、まだバクバクしている。
だって、女神の名前がわかったんだもの。
「牧野瞳子……さん」
僕が一瞬で恋に落ちた、美しい人。
僕はあなたを幸せにするために会いに行きます。
絶対に。
顔を上げると、今までにないほど力強い眼差しになっていた。
数時間前まで虚無に支配されていた僕の心に、一筋の光が差し込んできた。
光が闇を追い出し、今は新たな希望に心が躍っている。
僕はもう一度、朝日に振り返った。
(今日から僕は、生まれ変わる!)
自然に笑みが浮かんだ。
「祐二坊ちゃま!!」
後ろから、黒川の声が聞こえた。
「黒川! 大丈夫だったの?」
黒川の姿を見つけると、僕は急いで駆け寄った。
僕を見るなり、黒川がほっと安心した表情になった。
そして同時に、ひどく驚いた顔をする。
「祐二坊ちゃまっ、どうされたのですかっ?」
黒川が目を見開き、僕を凝視している。
(ああ、希望にあふれる僕を見て、驚いているんだな)
僕のことを本気で心配してくれた黒川。
その顔を見たら、僕の涙腺が緩んでしまった。
「……黒川、本当にありがとう。今日、ここに来なければ、僕の心は死んだままだった。僕はここで、生きる希望を見つけることができたんだよ!」
「な、なんと神々しいお顔なのでしょう! 涙と鼻水に濡れるそのお顔、力強い生命力を感じますっっ!!」
黒川はリュックから素早く一眼レフカメラを取り出すと、僕の顔を連写し始めた。
「え? 僕、どんな顔をしているの?」
顔に手を当てる。
指先に、冷たい何かが触れた。
(涙!? 鼻水!? なにこれっ、恥ずかしいっ!
僕、こんな顔で瞳子さんと対面していたの?)
僕は一気に顔から血の気が引いた。
「自力で登頂し、ご来光を拝めたんです。感動は当然、泣き崩れるのは必須! まさに『生きている』を実感できたお顔を拝見できて、黒川は嬉しいですぞっ!」
黒川も泣きながらシャッターを押していた。
「あーんっ、情けない顔は撮らないでよぉ!」
こんな鼻垂れ小僧のままでは、瞳子さんに振り向いてもらえない。
僕は決めた。
いつか必ず、瞳子さんに相応しい男になる。
そして──もう一度、あなたに会いに行く。
それが、僕の生きる希望となった。
湊未来
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夏目莉央
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