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マルチパンを洗ってくれた錆人に、
「さあ、これで作ってくれ」
と言われ、月花は、
「はいっ」
と言いながら、タブレットを手にする。
「なにするんだ?」
錆人は、何故、野菜や包丁ではなく、タブレットをつかむ、という顔をしていた。
「今から、タブレットでやさしい味付けのスープを探しますっ」
「……船木にでも訊け。
いや、訊くな」
来たから困るから、と錆人は言う。
専務がやさしい味付けのスープを作ってくれました。
「いや~、なんか今日はいい一日でした」
月花は錆人が淹れてくれた珈琲のカップをキッチンに下げながら言う。
ちょうど視線に入った神棚に向かって柏手を打ち、
「美味しかったです。
ありがとうございました」
と頭を下げた。
「何故、神棚を拝む……。
いや、拝んでいいんだが、作った俺も拝め」
まだ飲みかけのカップを手にカウンターに移動してきた錆人が言う。
「専務には大感謝してますよ~。
でも、ちょうど神棚も目に入ったので。
専務にご飯を作ってもらうことになったこの幸運のお礼を言おうかと。
あっ、そういえば、新しいお札のお金、っていうか、祈願料、お母さんに払ってなかったです。
立て替えてもらったままになってて。
えーと。
確か、2200円」
とスマホのメモを見ながら月花は呟いたあとで、
「2200……?
消費税?」
と確認するように呟く。
「なんでご祈祷に消費税かかってると思うんだ。
罰当たりめ」
と言われた。
……200円は別のものでした。
もっと別のことに感謝とかしないのだろうか、と思いながら、錆人は親に電話している月花を見ていた。
俺に料理を作ってもらったことじゃなくて。
俺に出会ったこととか、感謝してみないか?
……俺はお前と出会えたことを、実はちょっと感謝しているんだが。
「そうなんだよ。
忘れてた。
まだ払ってなかったよねー、ご祈祷代。
あと200円、別に借りてたよね。
いや、借りてたよ。
えーと……なんだったっけ?
さっき、思い出したんだけど」
「駐車場代」
ぼそりと言うと、
「あ、そうそう。
駐車場代。
え?
いるよ。
違うよ、うーちゃんじゃないよ。
えーと、ほら、雑炊屋さんのお兄さん」
と言って、月花は笑う。
待て。
なんでお前の親は、唐人の方は知ってんだっ。
雑炊屋だからか?
偽装とはいえ、結婚しようとしている俺のことは知らないのに?
そうだ。
なんで俺のことは知らないんだ。
雑炊屋じゃないからかっ?
待てよ。
もしかしたら、親御さんは、スープ屋たちも知ってんのかっ?
俺も何屋にか、なるべきなのかっ!?
「なにしに来てるのかって……
えーと
鍋洗いに?
いや、出前とったんじゃないよ。
まあいいや。
それじゃあまた」
どんな電話の切り方だ。
俺が親ならもやもやするが。
っていうか、今、俺は雑炊屋の出前を取りにきて、ついでに、何故か、鍋洗って帰るバイトみたいになってるんだが……。
電話切ったあとで、月花はこちらを見、気づいたように、
「あ、すみません」
と言った。
「会社の上司だって言えばよかったですね」
そこじゃない、問題は。
っていうか、上司がいきなり家にいたら、親、びっくりだろうがっ。
「俺もなんかもやもやするだろ、この会話っ」
ええっ? と言った月花は、
「料理を作っていただいたのにご不快にさせてしまって、申し訳ありませんっ」
と謝ってくる。
料理を作らなかったら、不快でよかったのだろうか……と卑屈になってしまう。
どうも、こいつの中の俺の地位が低い。
常務っ、助けてくださいっ。
いっそ、あの人が一番、俺を高く買ってくれている気がするっ、と錆人は思っていた。
専務、まだハンモックに乗らなくていいんですか。
二人でカウンターに並び、月花はスマホを眺めていた。
錆人もスマホを見ている。
気まずい……と思った月花は、
「見ます?」
とスマホを錆人の方に向ける。
「実家の車です」
「……何故、実家の車」
「いい写真があるんですよ」
「実家の車のいい写真ってなんだ……」
「猫が上がって下りた跡です」
実家のセダンに猫が上って下りたような足跡がついているのを見せる。
「何故、これを見せた……」
「肉球くっきりなんで」
いや、可愛いではないですか、と月花は思う。
「三日坊主って身体のために、三日以上続けてはいけない、なにかがある、と脳が察知してやめてしまうのではないかと思うんです」
「なにかって、なんだ……?」
念願のハンモックに横になっている錆人が訊いてくる。
いや、専務がなにか語れというから、語ったんですよ、と思いながら、月花はその下のベッドでスケジュール帳を見ながら思っていた。
すると、錆人はしばらく黙っていた。
寝たのかな? と思ったが、いきなり口を開いて言う。
「なんでだかわからないが、聞いていたいんだ」
「え?」
「お前のくだらない話。
くだらないのにな」
『くだらない』二回繰り返す必要、ありましたか?
と思いながらも、なんとなく照れてしまい、月花は慌てて、ベッドの下にあるものに手を伸ばした。
「そうだ。
灯り消していいですか?」
と言うと、
「自らか……」
と不思議なことを言っていたが、月花は気にせず切った。
パチリと下から引っ張り出したもののスイッチを入れると、天井に星空が広がる。
「プラネタリウムか」
「そうなんですよ。
買ったころは毎晩つけてたんですけど。
最近、つけてなくて」
せっかくなんで、専務に見ていただこうかと、と月花は言った。
「うん……いいな」
「いいですよね」
専務で半分以上見えてませんけどね、と思いながらも、月花は同意する。
「キャンプみたいですよね」
「そうだな。
ところで、今日はこのまま、泊まってっていいか?」
星空を見ながら寝たい、という錆人に、
「いいですよ」
と答えながら、落ちてこないでくださいね、とちょっと思う。
かなり重そうだったからだ。
「そうか、ありがとう」
と言って、錆人はこちらを向いた。
月花に身を起こすように言う。
なんですか、と思いながら、半身を起こすと、身を乗り出し、キスしてきた。
「ありがとう、おやすみ」
……えーと。
錆人はそのまま目を閉じたようだった。
よ、よくわからないけど、私も寝ようっ。
月花は錆人に毛布をかけたあと、布団をかぶって、ぎゅっと目を閉じた。
すると、しばらくして、錆人の声が聞こえてきた。
「全部話すよ」
――え。
「みんなに全部話して謝る。
偽装結婚、もうやめよう」
あのドレスも式場か店に展示してもらおう。
そんなことを言っていた――
ようだったが、途中から、ぼんやりして意味が飲み込めなかった。