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「そうだよね……慧君は、本当に素敵だよね」
慧君の優しさは私もよくわかってる。
「でも、雫さん。慧君のこと好きじゃないならさっさとフッて下さい。雫さんの回りには、榊社長もイケメン大学生もいるじゃないですか。もう、本当に……誰でもいいから早く決めてよ!」
語尾を強め、声を荒らげる果穂ちゃん。
慧君への思いが強すぎて、気持ちが追い詰められてるってことなの?
でも……
私には……どうすればいいのかわからないよ。
その時、あんこさんが入ってきた。
「いい加減にしなさい。果穂ちゃん、言い過ぎだよ」
「あんこさん! 聞いてたんですか?!」
果穂ちゃんが言った。
「声が大きくて向こうまで聞こえてきたよ。雫ちゃんのことを責めるのは間違ってる。慧君が雫ちゃんを好きなのは仕方ないことじゃない。雫ちゃんは何も悪くないよ」
あんこさん……
「もしかして知ってたんですか? 慧さんが雫さんのことを好きだってこと。知ってて黙ってたんですか?」
果穂ちゃんは、あんこさんにまで怖い顔をした。
「知ってたよ。もうずっと前からね」
「そんな……あんこさんもひどい!」
「私を責めるのは全然構わないよ。慧君はああいう子だから、自分の気持ちを出すのが下手だけど、私にはわかったの。この子は雫ちゃんのこと本当に好きなんだなって。いつだったか、慧君も私に話してくれた。とにかく……慧君は真剣だから、果穂ちゃんにはつらいことかも知れないけど、どうしようもないよ。だから、雫ちゃんを責めるのは絶対にやめな」
「でも……私……慧さんのこと……どうしようもないくらい大好きなんです」
果穂ちゃんは、顔を両手で覆って泣いた。
我慢できずにその場に泣き崩れる果穂ちゃんを、あんこさんが抱きかかえた。
それを目の前で見てるのは、本当に苦しい。
いっぱいいっぱい泣いたとしても、好きな人への想いなんてそう簡単に消せるものじゃない。
その気持ち、痛いほどわかる。
でも……ごめん。
本当に……ごめん。
慧君には、ちゃんと自分の答えを出してから、必ず気持ちを伝えるから。
だから、あともう少しだけ待って……
心の中の私の願いは、きっと今の果穂ちゃんに届くことはない。
ただ私が憎くて許せないよね。
どうしてあげることもできずに立ちすくんでいたら、あんこさんは、
「大丈夫だから、先に帰りな」
って、ニコッと微笑んでくれた。
私の気持ちをほぐすかのように、無理に優しい顔をしてくれたんだ。
私は、あんこさんに頭を下げて、果穂ちゃんには何も声をかけずにそのまま店を出た。
果穂ちゃんの切ない泣き声は……
『杏』の自動ドアが閉まるまで、悲しく私の耳に響いた。