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桜井博貴33歳。
俺は25歳の時に理想の女と出会った。
末永亜香里との出会いを俺は運命だと思っていた。
亜香里は生真面目で、自分の稼ぎがあった。
その上に、俺をひたすらに尊敬し俺の言葉に従順に従った。
まさに理想の女の出現に、俺は彼女を将来の伴侶にすることに決めた。
うちは誰もが知る老舗の和菓子屋を経営していたが、俺が高校の時に賞味期限偽装が明らかになり経営が傾いた。
追い討ちをかけるように、社員から残業代未払いで訴えられ多額の負債を抱えて倒産した。
それまでうちはお金のことなど気にする生活を送ってこなかったのに、金銭的に緊迫した生活を送ることになった。
父も母も、元々の金銭感覚を直すことはできなかった。
父は人の下で働くことなどあり得ないと、新しい事業を立ち上げては失敗し借金を増やした。
母は働くことさえ恥と思っていて働こうとしなかった。
どうしようもない両親の皺寄せが来たのは1人息子の俺だった。
表向きは生活水準を下げなかったので最初は変化を感じなかったが、俺が大学進学する時になって初めて影響が出てきた。
親から大学の授業料が出せないから、高額の奨学金を借りて大学に行くように言われたのだ。
「内部生で奨学金で大学に通うやつなんていないよ」
「あなたが自分で勉強したくて大学に行くのだから、授業料は自分で払うべきものだとお母様は気がついたのよ。これはあなたの自立のため」
俺の抗議は聞き入れられなかった。
「ねえ、父さん、俺の奨学金を勝手に引き出してない?」
俺の奨学金として振り込まれた金は父親によって勝手に使い込まれていた。
「若いんだからアルバイトでもして、人生経験を積めば良いだろう。金の話をして品のないやつだ!」
父は会社が倒産して以来、思うようにいかない人生に苛立ち暴力を振るうようになった。
俺は今まで上品だった父が暴力的になってしまった姿を見るのが嫌で、父に従うことをした。
俺は大学の授業料を払う為にサークルにも入らず、掛け持ちでアルバイトをしなければいけなかった。
「桜井くん、君って慶明大学生なんでしょ。学歴と仕事ができるのって関係ないんだね」
夜中も稼ぐためにコンビニで仕事を始めると、中卒でずっとコンビニバイトで繋いでいるアラフィフのおっさんからバカにされた。
コンビニの仕事は宅配便の手配やガス料金の支払いまで多岐に渡る。
それらを、いっさい教えようとせずフリーターのおっさんは俺をバカにしてストレスを発散していた。
「すみません。早いところ仕事覚えますね」
俺は怒りに震えながら、出会い運が左右する雇われる仕事にうんざりした。
そんな俺の世界が一変したのは、19歳の時に火事で両親が亡くなった時だ。
大学2年生の冬のことだった。
自宅に帰ると自宅は焼け落ちて無くなっていていた。
俺には両親の生命保険で支払われた9000万円の金が残った。
生活に余裕ができ、俺は何もできない両親が俺の為に死んでくれたと感謝した。
就職活動は慶明大学のネームバリューと両親の死にネタで楽勝だった。
両親を突然失うという自分のしていない苦労をしている俺に、愚かな面接官は同情し深い人間性を勝手に見出してくれた。
6大商社全ての内定を取ったので、俺は1番待遇が良く給与が最初から高めに設定してある三ツ川商事に入社した。
業界第1位は菱紅物産だが、大切なのは金だ。
入社して3年目、俺は新入社員の末永亜香里の教育係を任された。
彼女は三ツ川商事の内定を取れたのが信じられないくらい、コミュ力の低い不器用な子だった。
セクハラ発言も受け流せず、顔面蒼白しているところに助け舟を出してやったら直ぐに惚れてくれた。
彼女は教育係の俺をひたすらに頼りにし、慕ってきた。
俺の言葉を一字一句漏らさないようにメモをとっている姿が本当に可愛かった。
生真面目な亜香里は、仕事を今後もやめそうにはなかった。
(亜香里もあと5年もすれば年収1千万円か⋯⋯)
俺は自分に従順で、安定的に稼いできてくれる彼女と結婚することに決めた。
「亜香里、俺と結婚しよう」
「私でいいんですか? すごい嬉しいです! 私、博貴さんの家族になれるんですね」
俺がプロポーズした時、彼女にとって俺は仕事のできる先輩で、彼女はいつも俺を尊敬と憧れの目で見ていた。
そして、俺が両親を火事で亡くしたことを涙ながらに話すと、自分が俺を幸せにしたいと息巻いていた。
彼女は本当に操縦しやすい理想のチョロい女だった。
「家事分担は年収に反比例させることにしよう。俺がゴミ捨てをするから、他は亜香里で」
かなり無理な要求を言っても、俺に惚れ込んでいる亜香里は嬉しそうに従った。
「料理の品数、少なくないか? 最低でも6品はおかずを作れよ。惣菜とか、冷凍食品は使うなよ」
俺は毎日言いたいことを言えて気分が良かった。
家では俺が亜香里の雇い主だと思っていた。
「お互い共働きだから、そこまで要求するのはおかしいと思う。しかも、博貴の年収は今、私の1.2倍くらいだよね。それなのに博貴の担当がゴミ捨てだけはおかしいって飯島さんも言っていたよ」
俺に対して従順だった亜香里が妙に反抗的なことを言い出したのは、飯島の影響だった。
亜香里は結婚式の準備でかなり飯島に手伝ってもらったようで、彼を信頼していた。
飯島が余計なことを亜香里に吹き込んでいるせいで、結婚してから亜香里はどんどん知恵をつけて俺に意見をするようになっていった。
「自分が料理が苦手なことの言い訳か? 年収なんて直ぐに俺はお前の何十倍も稼ぐようになるぞ。俺、仕事辞めて起業するから」
起業することは、ずっと考えていたことだった。
雇われる立場というのは、どうしても余計なストレスが溜まる。
俺は家だけでなく、外でも雇う側でいたいと思った。
三ツ川商事を退職して、すぐに起業した。
これから来ると思った人工知能やV Rの事業を始めた。
しかし、大手には開発費の点で及ばずうまくいかなかった。
「博貴、今年は私の扶養に入った方が良いと思うんだけど」
亜香里が俺に提案してきた時は、怒りのあまり手が出そうになった。
俺は暴力だけはいけないとそれを抑えた。
「地元の人しか知らない小さな天ぷら屋を営む両親に育てられた亜香里には分からないかもしれないけれど、事業をするって物凄い大きな波があるんだよ!」
俺が大きな声を出すと亜香里はビビって押し黙った。
平凡で穏やかな両親に育てられた彼女は、家庭内での争いに慣れていなそうにみえた。
「博貴! 私、フランスに駐在に行くことが決まったの。5年くらいになるけど、博貴も一緒に行こうよ」
亜香里の空気の読めない提案に怒りが抑えきれなくて、俺は彼女を殴り倒したくなったが耐えた。
「俺は日本で仕事があるから。それとも、フランスで他の駐妻みたいにポットラックパーティーに参加しろとでも言いたいの?」
俺は皮肉たっぷりに亜香里に返した。
「今うまくいってないなら人生長いし、フランスに行けば博貴の気分転換になるかなと思っただけだよ⋯⋯」
亜香里は第2外国語でフランス語を勉強していたから、駐在生活に不安も少ないのだろう。
俺がフランスに行くなら一からフランス語を勉強しなければならないのに、気分転換になるわけがない。
「気分転換になんてなる訳ないだろ。お前も俺の妻ならフランス行くとか言うのはおかしいと思わないのか? 夫を支える妻としての仕事を放棄してまで何がしたいんだよ」
「でも、日本で働くより駐在した方が手当も出るし家計も潤うよ」
「意地汚い女だな。お金の話するなんて、下品な人間のすることだぞ」
俺の言葉に亜香里はまた押し黙った。
彼女はフランスの駐在話を断った。
その頃から亜香里は俺との夫婦生活を明らかに避けるように深夜近くまで残業して、帰宅するとシャワーを浴びて寝るだけの生活を続けた。
亜香里の変化に、彼女のスマホと同期してあるタブレットの検索履歴をチェックした。