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『旦那 生理的に無理 でも子供は欲しい』
そこにあった検索履歴に、俺は怒りで脳が沸騰しそうだった。
明らかに亜香里が排卵日あたりだけ誘いに応じようとしていることが分かると、俺は迷わずパイプカットした。
元々、子供なんて金がかかるだけだから欲しいと思ったことはなかった。
「不妊治療とか行った方が良いかな? なかなか、子供できないよね」
亜香里はフランス行きが無くなって以来、妙に子供に拘り始めた。
おそらくまた海外行きの話が出る前に、日本で出産して産休を取りたいのだろう。
働き蟻のような親に育てられた彼女は、仕事を辞めると言う選択肢を持っていないようだった。
「どちらかに不妊の原因があるって分かったら、キツイと思うよ。俺は亜香里に原因があった時に、無意識に責めちゃいそうで怖いんだ」
俺が神妙な顔で話すと亜香里はゆっくりと頷いた。
「宝くじの1等が当たったよ!」
ある日、亜香里が嬉しそうに帰ってきた。
5億円の臨時収入だ。
俺がお金を管理することに亜香里は異論を唱えなかった。
亜香里は結婚したからには、夫婦は一生添い遂げると思っている保守的な女だ。
俺が彼女に求めているのは、人生のパートナーとして共闘していくことではなかった。
従順にひたすらに俺を敬って愛してくれた付き合っていた頃の亜香里を求めていた。
「周囲に宝くじが当たったことを悟られないように、生活は変えない方が良い。亜香里は今まで通り質素な生活と仕事を続けて」
「もちろん、仕事を辞めるつもりはないよ。奇跡的に雇ってもらえて、8年も頑張ってきたんだから」
亜香里が仕事を続けたい理由の中に、検索履歴の「旦那 生理的に無理」があるような気がして苛立った。
俺は5億をかけて亜香里を再教育する装置を作ることを決めた。
脳に直接強い信号を送ることで、脳神経系にダメージを与えるリスクや重篤な障害を残すかもしれない可能性があり開発はしぶられた。
しかし、高額の開発費と探究心に研究者も折れた。
(はっきり言って、今の亜香里ならいらないんだよ)
俺は今の亜香里が再教育に失敗してダメになった時対策に、俺に明らかに好意を持っていた鈴木菜々子と連絡をとった。
「妻とうまくいってないんだよ。なんだか、仕事ばかりで構ってもらえなくてさ」
「桜井さんは経営者なんだから、奥さんはお仕事を辞めて支えるべきですよね。私なら桜井さんを支えることに全力を使います」
俺に必死に媚を売ってくる鈴木菜々子を見て、俺の心は満たされた。
「私、妊娠したみたいなんです。もちろん、桜井さんとの子です」
俺は亜香里がダメだった時の保険に菜々子と付き合っていたつもりだった。
菜々子から「奥さんと離婚して欲しい」と言われた時は、「菜々子が妊娠したらできるかも」と受け流していた。パイプカットしている俺との間に子供などできるわけないからだ。
托卵なのか狂言なのか分からないが、真面目な亜香里は絶対にこんな嘘をつかない。
(鈴木菜々子じゃ、亜香里の代わりにはならない!)
俺は亜香里の再教育に賭けていた。
そして、賭けには勝ったようだ。
亜香里は付き合っていた頃のように、俺だけをひたすらに求めるようになった。
俺はずっと求めていた亜香里を取り戻した。
「亜香里? 疲れて、もう寝ちゃったかな」
何年振りかに心が通じ合って抱き合えた気がする。
亜香里の表情が乏しかったのは、おそらく神経系にダメージを喰らっているからだろう。
変に利口になった彼女より、少し足りない亜香里の方が扱い安いからこれで良い。
俺は幸せな気分で眠りについた。
カーテンから漏れる日差しの眩しさに目を覚ますと、美味しそうな匂いがする。
ダイニングルームまで行くと、そこには恥ずかしそうに俺を待つ亜香里がいた。
「朝から8品もおかずを作ったのか? 大変だっただろう」
「博貴の健康のためだから、当然だよ。今まで奥さんの仕事サボっちゃってごめんね。私が博貴を幸せにするって言ったのに約束守れていなかったね」
俺が席に着くと、すかさず亜香里がコーヒーを入れてくれる。
亜香里の体調も良さそうで安心した。
どうやら再教育の後遺症はなさそうだ。
「どう、美味しい?」
彼女が俺の顔色を伺がいながら心配そうに見つめてくる。
「ちょっと味が薄いから73点ってとこかな」
「100点を目指して頑張るね」
亜香里がポケットからメモを出して、俺の言葉を真剣に聞こうとしてくる。
その様子が可愛い過ぎて、思わず笑ってしまった。
「メモを取るほどのことじゃないだろ」
「でも、博貴の要望を少しでも忘れないようにしたいから」
いじらしい俺の亜香里が帰ってきたことに幸せな気持ちになった。
「亜香里は、なにか俺にして欲しいことないの?」
戻ってきた大好きな亜香里には、俺も優しくしてやりたいと自然に思えた。
「じゃあ、今日は早めに帰宅するから、久しぶりに一緒にお風呂に入りたいかな」
もじもじしながら言ってくる彼女の言葉に、俺はまた彼女の愛を取り戻したことを確信した。