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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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真珠は品川駅の三番線ホームで腕時計を見下ろした。


19時40分。

間に合った。


ブラウスのボタンを第二ボタンまで外しながら、キョロキョロと辺りを見回す。


『19時47分品川駅発、渋谷新宿方面外回りの便に乗って』


頭の奥で琥珀の声が響く。


『上野で下りたら入谷口から出て適当な路地に入って」


「上野……」


口の中で呟く。


品川から上野に行くには内回りの方が近い。

ここで敢えて外回りを選ぶのには理由がある。


ターゲットは品川駅ではなく、途中で乗ってくるということだ。


同じ駅で乗ってしまうと、防犯カメラにも映ってしまう。

万一、ことが事件化した時のための配慮だ。


列車が来た。

真珠は出来るだけ目立たないように乗り込むと、出入口近くのポールに捕まった。


「ねえ、ママー」


すぐ隣に乗っていた、ちょうど先ほどまで相手をしていた妹くらいの年の女の子がこちらを見上げる。


「このお姉ちゃん、手に怪我してるよー?」


真珠は慌てて右手を左手で隠した。


「こら。ジロジロみないの。失礼でしょ」


母親が子供にというよりは真珠へアピールで子供を叱りつける。


軽く微笑んで会釈してから真珠は視線を窓に向けた。


目立つだろうか。


―――ちょっと大げさに巻きすぎたかな。


真珠は暗い窓に映る手に包帯を巻いた親指の付け根を見つめた。


◇◇◇◇


列車は目白を通過した。


ここまで自然に何回か車両を行き来してみたが、ターゲットらしい人物は見当たらない。


『次は池袋、池袋。お出口は左側です。埼京線、湘南新宿ライン、東武東上線、西武池袋線、地下鉄丸の内千、地下鉄有楽町線、地下鉄副都心線はお乗り換えです』


出口が開いて一気に人が下りたと思えば、その倍近くの数の人数が乗ってきた。


「…………」


いた。


右わけの黒髪。


濃紺のアルマーニのスーツ。

ライトグレーのコーチの鞄。


一目でそれとわかるガンパチーニが光るフェラガモの靴


真珠は悟られないように人の波に流されたふりをしながら、軽く肘を男の腹にぶつけた。


「……すみません」

視線を上げる。


「あ、いえ……」

低い声。


年の甲は30代半ば。

几帳面そうな端正な顔。


頭のてっぺんから足の先までブランド物に身を包んでいる。

会社のロゴだろうか。襟元には金色の小さなバッチがついている。


―――どうしてこんな人が……。


真珠は少し目を伏せ、肩にかけたトートバックを持ち直すふりをした。


「―――」


遠慮がちではあるが確かに男の視線を感じる。


白いブラウスに黒いタイトスカート。

電車に乗る前に第二ボタンまで外してある襟元からは、上から見ると、白い鎖骨とうっすらと胸の谷間が見えるはずだ。


ゴクン。


男が唾を飲み込んだのがわかる。


―――どうしてこんな人が。


真珠は潤んだ瞳で男を見上げた。


「――――」


男は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにほくそ笑むように口の端を上げると、今度は遠慮なく真珠の身体を見下ろした。


そしてもう一度確かめるように真珠に視線を戻すと、その背中に手を伸ばしてきた。


男の手がくびれをなぞりながら腰に移動し、スカートの上から臀部を滑り落ちていく。


クロだ。


真珠は恥ずかしそうに瞼を閉じた。


ーーーどうしてこんな男が……


性犯罪者なのだろう。


◇◇◇◇


『上野で下りたら入谷口から出て適当な路地に入って。あとは手筈通りに』


真珠は上半身の衣服の乱れとスカートの皺を直すと、予定通り上野駅で降りた。


男はついてくる。

フェラガモの靴を高く鳴らしながら。


人ごみを縫うように進み入谷口から出てコンビニを通り過ぎたところで路地に入った。


さらに進み、ビルとビルの間の暗い道へと入っていく。


足音はついてくる。


人の往来が完全に無くなった。


このあたりでいいだろうか。


真珠はその場で止まり、瞼を閉じた。


真珠はエサだ。

獲物を誘きだしそして捕まえ仕留めるためのエサ。


「―――ねえ、君……え?」


男の声が凍り付く。


「え……は?……ちょ……!!」


エサは静かに獲物が捉えられ、仕留められる音を聴く。


激しい息遣いがビルとビルの間の巻き上げられた風に消えていく。


血の匂い。

ドサッと何かが倒れた音。


真珠は瞼を開けた。


「ーーー姉さん」


背後から懐かしい声が響いた。


「終わったよ」


真珠は振り返ることなく頷いた。


「帰りはタクシーで帰って」


真珠は声を出すことなく再度頷いた。


「夕飯は……そうだな。麻婆豆腐がいい。うんと辛いやつ」


真珠は頷くかわりに歩き出した。


路地裏に真珠のローヒールの音だけが響いた。


入谷口まで戻り、バスターミナルの横のタクシー乗り場でタクシーに乗り込むと、行先を告げた。



「―――あれ?お客さん。怪我でもしましたか?」


真珠は驚いてバックミラー越しにこちらを見る運転手を見つめた。


「ほっぺに血がついてるから」


真珠は少しかがみ、バックミラーに今度は自分を映してみた。


確かに少しだけ血がついている。


「仕事中に怪我をしてしまって」


苦笑しながら右手の包帯を見せると、運転手は安心したようにふうと息を吐いた。


「脅かさないでくださいよー。最近ここらへんも物騒で、みんなビクビクしてるんですから」


「ーー物騒って?何かあったんですか」


真珠は微笑みながら聞いた。


「ほら。政治家だかなんだかが行方不明になったでしょ?それ以外にもなんだかいなくなっちゃった人が何人かいるらしくて、不明者の家族や知り合いが探し回ってるんだそうですよ」


「―――そうなんですか」


真珠は窓の外を見つめた。


噂が広がり始めている。

確かに最近の依頼は上野や浅草など、台東区付近に固まっていた。


1度は偶然でも、2度3度と事件が増え、2人3人と行方不明者が増えれば当然、偶然は必然となる。


警察が本格的に動き出したら面倒だ。


もういい加減にこんな“仕事”はやめさせなければ。


真珠は暗い街を見つめながら、頬の血を拭った。


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