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「お大事になさってください」
月曜日、午前中受付の最後の患者さんを見送るのを合図に、さくら薬局はお昼休みになる。すると、ワクワクとした様子の里美が、私に話し掛けて来た。
「美緒先輩、土曜日どうでした?」
いろいろあり過ぎて、土曜日の出来事がはるか昔のように感じる。
最初、里美の家に行く約束をしていたのに、同窓会の予定が入ってしまったのを、里美が融通してくれたのだ。
「あっ、同窓会ね。うん、久しぶりにみんなに会えて楽しかったよ。でも、もともと理系クラス女子が少ないせいか、私以外みんな男子だったの」
私の言葉に里美がふふっと目を細めた。
「先輩、逆ハーレムじゃないですか⁉」
「いや、そんな色っぽい状態じゃなかったの。なんか、人生相談されちゃって、お母さんの気分」
幹事の渡部君の人生相談で、同窓会は終わってしまったのだ。
「あはは、でも、楽しめたみたいですね」
「うん、同窓会はね」
三崎君の事や、おばあちゃんの事、それに健治の事まで、いろいろな事が起こり過ぎて、感情が忙しかった。
昨日は疲れが出たのか、健治とお弁当を食べた後、ぐったりと寝てしまった。
正直言って、健治の事を疑ったまま、気持ちはモヤモヤしている。
里美は私に好奇心いっぱいの顔を向けてきた。
「おやおや、雲行きがあやしくなってきましたね。続きは|Café des Arcs 《カフェ デ ザーク》で、聞かせてくださいね」
お昼時の|Café des Arcs 《カフェ デ ザーク》は、味の良さと接客が評判でいつもにぎわっている。それでも、ギャルソン姿の和成君は、私たちのために窓際のテーブルを用意してくれていた。
そのテーブルに先に来ていた三崎君が、私たちに気づいて、小さく手を振っている。
私は、三崎君の元へ足を進めた。
「お疲れ様です」
土曜日の夜、三崎君を男性として意識してしまってから、私の心臓は少しおかしい。ドキドキと妙に脈が速くなっている。
「お疲れ様、あの後大丈夫だった?お祖母様の容態は?」
三崎君の問いかけに、里美は不思議そうな顔をする。
「あれ?美緒先輩、何があったんですか?」
「実は、同窓会が終わた後、祖母が倒れたって連絡が入って……」
「大変じゃないですか」
「そう、大変だったの。入院先の緑原総合病院に駆けつけててね。まあ、その手術も無事に済んで、祖母の担当医も外科の先生から内科の先生になったの。おかげさまで、ようやく落ち着いて」
「そう、良かったね。病状の説明を聞いて何かわからない事とか無かった?」
「ありがとう、担当の先生が丁寧に説明してくれたから、今のところ大丈夫。緑原総合病院の副院長が担当になってくださっているの」
私の言葉を聞いて、里美はポチポチとスマホで検索を始めた。
どうやら、緑原総合病院のHPを見ている様子だ。
「副院長の内科の先生……。あっ、野々宮先生って言うんだ。写真も出てる。ちょっと優しそうな先生。先輩、良い先生に当たったなら良かったですね」
「ああ、野々宮先生か、医師会も一緒だし、何度か会った事があるよ」
三崎君の言葉に私は、目を丸くした。
確かに言われてみれば、同じ内科医同士、医師会やら学会やらで、面識があっても不思議じゃない。
出来れば、野々宮果歩の夫である、野々宮先生について、もっと情報を知りたかった。
「三崎君、野々宮先生とお知り合いなんだ。野々宮先生の奥さんと私、大学時代の同級生だったの」
そこまで言うと、勘の良い里美は何かに気づいたのか、キラリと目を輝かせた。
「世の中狭いですね。先輩」
お昼ごはんが運ばれてきた。
今日はトマトのモッツァレラチーズパスタ。
服を汚さないように紙エプロンが渡されて、それをつけて食べ始めた。
エプロン姿の三崎君が、ちょっと可愛く見える。
その三崎君が器用にフォークを扱いながら話し出した。
「野々宮先生は、穏やかで良い先生だよ。野々宮先生の父親、長岡先生が、個人医院を開業されていてね」
「長岡医院の跡取りだったんですね。それなのに緑原総合病院で……」
「そう、医者っていうのは、雇われだと忙しいばっかりで……。だから、長岡医院を継がずに緑原総合病院で働き出したときは、ちょっと意外だなと思ったんだけど、一人娘のお嬢さんと縁談があったんだね」
医者は一般的に収入が良いとされているが、勤務医はとにかく激務だ。それに、開業医の年収は勤務医の2~3倍とも言われ、新規開業ではなく、継承医なら、初期投資もなく、患者さんもついて居て、経営は安定している。それを捨ててまで、緑原総合病院総合病院に勤めたのは、やはり一人娘と結婚するためだったという理由なら納得できる。
その話を聞いて、里美が怪訝な顔をする。
「その先生、穏やかそうに見えて、野心家なんですか?」
「いや、野々宮先生が緑原総合病院に働き出した頃、長岡先生が倒れられて、いろいろ大変だったみたいなんだ」
里美は、まだ納得できないと言った顔だ。
「そんな状況で、後を継がないなんて余計に変ですよね」
「なにか事情があったのかもしれないわね。私もその頃、野々宮果歩さんと交流はなかったから、結婚についての詳しい事情は分からないんだけど、一人娘だから医者と結婚するのが、絶対の条件だったと野々宮さんから聞いた事があるの」