次の日は高校3年生になる最初の日、始業式で面倒だと思いながらも仕方なく制服に着替えて学校へ行く。
おはようを言う相手もいないけど家を出るときはなんとなく行ってきます、と言って鍵を閉める。
中学生の頃から両親とも家をよく空けていたが高校生になってからは、いよいよ1人きりの生活になってしまった。
家族3人でも持て余しそうな家と充分なお金は与えられているが親は仕事やら自分のことで忙しいらしい。
何かあれば電話は出来るけど最近はその必要もあまりなくなっていた。
学校に着き、教室に入ると元貴が話しかけて来た。 中学からずっと一緒の友達だ。
「ちゃんと来て偉いじゃん」
サボりも多い俺だけどさすがに3年だからね、と返した。
学校は割と自由な校風で勉強や課題や部活などやることさえやっていれば服装、髪型、バイトなど···認められていることも多い。
俺も赤い髪なんてしているけど勉強は嫌いじゃなかったからサボってもそこだけは頑張っていた。
3年間クラス替えもなく、何かない限り担任も持ち上がりのため特に変化ももなくいつも通りに朝の挨拶が行われた。
「ここで新しい先生を紹介します。服担任だった音楽の先生が産休の為に来てくれた藤澤先生です、どうぞ」
フジサワ、昨日の奴もそんな名前だったっけ。そう思ってドアが開いて入ってきた人物を見て驚いた。
「藤澤涼架です、音楽の授業を担当するので1年間ですがよろしくお願いします」
···本当に教師だったのか。
この学校の教師ならその明るい髪も理解出来る。明るいところで見るとその笑顔は昨日よりももっと綺麗に見えた。
女子どころか一部の男子も興味津々と言った感じで盛り上がっている中、自己紹介として···とフルート?を取り出していきなり演奏する。
その澄んだ音にみんな静かに聞き入っていた。
演奏が終わって皆が拍手をすると照れながら笑っている···なんだか変わった奴だな、と思いながらなぜかまた会えたことが少しだけ嬉しかった。
夕方、授業が終わり帰ろうと教室を出ると後ろから声をかけられる。
振り向かなくても誰かわかる声だった。
「ねぇ、昨日はちゃんと帰れた?」
「···おかげさまで」
半分は昨日のことなんてもう忘れてるんじゃないか、と思いもう半分はなにか注意でもされるんじゃないか、と思っていたが後者だったか、と振り向く。けどその後に続いたのは全然違う言葉だった。
「よかったぁ、やっぱり途中まで送ったほうが良かったかなとか、迷子になってないかなとか、お腹空かせてなかったかなぁとかいっぱい心配しちゃって···だからまた会えて良かった、安心した」
小学生じゃないんだから···思わず、吹き出してしまう。
「そんなことあるわけないだろ、子供かよ」
「えぇ、だって僕は今でも道間違えて迷ったりするから···君の方がしっかりしてるかもね」
やっぱり教師って感じがしないな、いろんな意味で。
「若井」
「んっ?」
「若井滉斗っていうから」
ようやく名前の話をしてるってわかったらしい、わかいひろとくん、と何回か復唱している。
「若井くん、これからよろしくね···明日から音楽の授業もあるから会えるの楽しみだね、また明日ね。気をつけて帰るんだよ」
教師らしくないのに突然先生みたいなこと言って俺の頭を撫でた。
「子供扱いするなよ、じゃ」
手を振り払うと玄関まで走った。
なんだあいつ。
走ったからか、心臓がドキドキする。
思わずあんな大人もいるんだな、と思ってだめだ、いけない、と思い直す。
どうせあいつの優しさも問題を起こさせない為で表面だけの嘘だろう。
大人はずるい、平気で嘘を付くし適当に誤魔化して愛してるように見せかけて要らなくなったら捨てるんだ。
もう期待なんかしない。
期待しなければ、好きにならなければ傷つくこともない。
そう思いながら俺はまた1人の家に帰る。
誰も俺のことを待ってない家に。
コメント
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孤独の描写がリアルだ!帰りを待ってくれる人がいるのは、普段はあまり意識しないけどさ、当たり前じゃないんだよね。