テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「あれ、まちこさんとりいちょくんまだ帰ってないの?」
「え、でも薪割りの音はしないよな」
手を拭きながら居間へと入ってきたキャメロンは、その場にいるのが18号とニキだけなのに対してそう問いかけ、その次に入ってきたしろがさらに付け足す。
すると、ごろごろと寝転がるニキをあしらっていた18号が苦笑しながら指をさした。その先には縁側があり、さらにその奥の森の中、飛び交う桃色と薄緑色が見えた。
「はぁ?まーたやってんのかりいちょアイツ」
「元気だねぇ」
「なんか今日はまちこの年齢聞くためらしいよ」
「年齢て」
「ちなみに現状は?」
「りいちょバテ気味、まちこ余裕」
「あららー。無理するから」
ゆるゆると談笑しながらキャメロンとしろはニキたちの横に腰を下ろす。夕飯の下ごしらえが終わり、手が空いたのだ。
「相変わらずりいちょの幻術は派手だなぁー」
「それな。腐っても九尾の狐だわ。腐っても」
「2回言わんでやれよ。アイツまだ若いんだからしゃーないやろ。俺らだって当たったら下手したら大怪我だぞ?」
「荒削りだけど威力だけはあるからなーりいちょくん」
「で、それを全部避けるまちこ、ね」
続いて皆の視線が緑の彼女へ向く。りいちょが得意の幻術や妖術でまちこりーたに攻撃をしかけるが、そのどれも彼女には当たらない。正確には当たる寸前に避けている。ひらりひらりと着物を靡かせ、しなやかに避ける様はまるで踊っているようだ、と18号は思う。
「まちこ回避は随一だもんな。何度見てもおもろいわ」
「攻撃はカスだけど、あそこまで全部綺麗に避けられると逆に感心するわ」
「カスて。怒るぞまちこ」
「俺らの中で攻撃当てたことあるのってニキくんと、せんせーとじゅうはちだけ?」
「ニキニキは小賢しい手使ってたけどねー」
「え〜18号さん知らないんですかぁ?当てればいいんですよぉ?俺は〜たまたま〜?まちこの嫌いな水を溜めた桶が木に乗ってて〜?それが俺の手に当たって落ちて、まちこがびびって避けようとした瞬間に掴んだだけで〜?」
「うぜぇ〜。ま、俺も言うて偶然が重なったからだしなー」
「私も。結局あれ以来一撃も当てれてないし〜」
まちこりーた、彼女は猫又である。猫又とは猫が長生きをすることで尾が割れて2つになり、妖怪となった姿だ。そのため、まちこりーたは他の面々が妖怪から生まれた妖怪、つまり純血であることとは異なり、妖怪化した妖怪だ。
彼女には戦闘能力がほとんどない。とは言っても普通の人間一人くらいは難なく殺せる力はあるのだが、妖怪相手だと彼女の攻撃力は赤子程度しかない。そもそも純血の妖怪と比べるのもおかしな話なのだが。
ニキのように空を力強く飛ぶことも、しろのように巨大な髑髏を召喚することも、キャメロンのように強大な力を有することも、18号のように多種多様な術を使うことも、りいちょのように豊かな妖力による攻撃を繰り出すことも、彼女にはできない。
だが、彼女には不思議な力があった。いや、ソレを力と呼ぶのも少しおかしい気もするが、それほどに彼女のソレは特筆していた。
彼女は、守り、そして回避に関して、この場にいる誰よりも上手かった。
どんな攻撃もするりするりと避け、避けきれないものは軽く防いでしまう。どれだけ攻撃しても当たらない一撃に、結局はこちら側がバテてしまう。彼女の優しい性格を利用した不意打ち、それも身内のものであって、やっと彼女に一撃を与えることができる。
しかし、それすらも結局は一撃、しかもその威力を瞬時に抑えられてしまうため、致命傷にはならない。
基本的に血気盛んな妖怪であるため、彼らはしょっちゅう模擬戦を行う。その中で、まちこりーたに一撃を与える、つまり攻撃をし続ける訓練、というのが確立しているのだ。
「でも、その超回避の理由が”怖いから”っていうのがまたまちこさんらしいよね」
その回避が気になるのは当たり前だ。その度に彼女は、少し気まずそうに恥ずかしそうに「昔っからびびりで避けまくってたら身についた」と答えるのだ。
「ほんっと、アイツが1番謎だわ」
「実は千年とか生きてたりして」
「ありえる〜。まちこって最初はただの猫だったんでしょ?その頃のまちこも見たかった〜」
「あれ18号さん猫派ですか?ここに狼いるのに?」
「キャメそれ犬扱いしてくれって言ってるようなもんやぞ」
そんなくだらない会話を重ねていると、森の中から疲労困憊といった様子のりいちょと、けろっとした様子のまちこりーたが現れる。縁側に全員が集まっているのに気づいた2人は少し歩を早める。
「どうだった?」
「今日もりいちょくんは掠りもしませんでした〜」
「くそぉおお!!次は絶対当ててやる!」
「できるかな〜りいちょくんに〜」
煽るまちこりーたにりいちょは憤慨しながら闘志を燃やす。その様子に笑い合いながら、しろとキャメロンは再び台所へと向かい、ニキとりいちょは風呂へと向かった。
その4つの背を見送って残された18号に、まちこりーたは近づいて腰を下ろした。
「おつかれまちこ」
「ほんとに疲れた⋯⋯アイツ元気良すぎだって⋯」
「一撃も当たってなかったのに?」
「いやそれでも攻撃見ながらギリギリで避けるの神経使うんだって!ただでさえりいちょの攻撃範囲広いのに⋯。じゅーはちも知ってるでしょ!?」
「いやー、まちこがあんまりにも余裕で避けるから忘れちゃった」
「もー!あ、そうそう、りいちょから聞いたよ。海坊主と恋愛相談したんだって?」
「そうなんだよ〜!贈り物に迷ってたから綺麗な貝殻とかむしろ陸地の花とかどう?っておすすめして、また今度進捗聞きに行く約束したんだ」
「いいね〜。さすがじゅーはち」
18号はまちこりーたに今日あったことを1つ1つ丁寧に話していく。まちこりーたには戦闘能力がない。だからこそ、荒事が多い外出では彼女は必ず家に残る。自分たちが守るから一緒に行こうと言っても、彼女は困ったように笑って断るのだ。
だからこそ、18号はいつも出かける度に彼女に全てを話す。初めて見た花、近くの集落の新しい命、美味しいもの、珍しいもの、その全てを。
まちこりーたはその話をとても楽しそうに聞く。本当にその場にいるかのように大きなリアクションをして、笑って、驚く。
けれど──
「すごいねぇ、皆は」
決まって彼女はそう言って、誰にも気づかれないくらい小さく、悲しそうな笑顔を縁側の外へと向けるのだ。聡い18号はある時からそれに気づいてしまった。
「⋯ねぇ、やっぱり私も残ろうか?外出の時」
「え、そんなことしなくていいよ!じゅーはちが居なかったら誰がアイツら止めるのよ〜。家は私に任せて。待つのは得意だし!」
その度にこうやって提案して、笑って断られる。いつも「待つのは得意だ」と、そう言って。
****
「そんじゃ、今日も行くかー」
「今日どこだっけ」
「山三つ越えた先の村の先で人喰い山姥が出るらしいぞ。そこの説得依頼だ」
妖怪でありながら、人間の生活や技術に興味津々な彼らはそれを対価に、妖怪専門の依頼を人間から受けている。もちろん妖怪からの依頼も受けているが。
ニキが操る鴉は、妖怪関係の悩みを抱える者の元へと飛び、依頼を受ける。怖がられると思うかもしれないが、鴉の声が聞こえるほどの状態になった人間はその程度すぐに順応する。
そこに、まちこりーたを除いた面々が赴き、悩みを解決するのだ。
「じゃあまちこ、行ってくるけど、何かあったらすぐに呼んでね?」
「鴉置いてくからこれに声かけろよー」
「はいはい。心配性だなー皆は。ちゃんと家守って待ってるよ」
飽きることなく心配そうな顔をする18号と、鴉を預けるニキの背中を押して家から出させる。
「いってらっしゃい!気をつけてね!」
「おう!」
「いってきまーす!」
「お土産持ってくるからね」
それぞれがまちこりーたの声に元気よく返す。同時にその場に突風が吹き荒れ、その勢いにまちこりーたは目を閉じる。
風が止み、目を開ければそこにいたはずの騒がしい面々は既に跡形もなく姿を消していた。
「よしっ」
洗濯に食器洗い、掃除に、今日は布団も天日干ししよう、と頭の中でやることを決める。気合いを入れて2つに別れた尾を揺らしながら、まちこりーたは家の中へと入って行った。
その様子を見る、何者かに気づかずに。