テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「あべちゃん!」
耳元で大きな声がした。
「……っ!」
阿部は勢いよく身体を起こした。
「うわっ!」
隣にいた目黒が驚いて仰け反る。
阿部は荒い呼吸を繰り返しながら辺りを見回した。
白いうさぎはいない。
小さなレストランもない。
テーブルいっぱいの料理も、森も、眩しい光もない。
見慣れた自宅の寝室だった。
「……え?」
「大丈夫?」
目黒が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「めめ……?」
「うん」
「生きてる?」
「生きてるけど」
「俺も?」
「……生きてるよ?」
目黒の眉間に皺が寄った。
阿部は自分の身体を触る。
痛くない。
怪我もしていない。
事故になんて遭っていない。
「夢……?」
「たぶん。めちゃくちゃうなされてたよ」
その言葉を聞いた瞬間、全身から力が抜けた。
「……よかったぁ……」
そのまま目黒に抱きつく。
「おっと」
目黒は戸惑いながらも、阿部の背中に腕を回した。
「どうしたの?」
「事故に遭って……森にレストランがあって……」
「うん」
「店主がうさぎで……」
「うさぎ?」
「料理食べたら記憶なくなって……死ぬか生きるか選ばされて……」
「待って待って。情報量多いって」
目黒が笑う。
けれど阿部にとっては、本当に怖かった。
「めめがずっと俺のこと呼んでた」
「俺が?」
「うん。だから帰ってきた」
阿部がぎゅっと抱きつくと、目黒は少し照れたように笑った。
「じゃあ、俺のおかげじゃん」
「そうだよ」
「感謝して?」
「ありがとう」
「素直だな。相当怖かったんだね」
目黒は笑いながら阿部の頭を撫でた。
ようやく心臓が落ち着いてくる。
夢だった。
全部、ただの夢。
「そういえば」
目黒がベッドから降りた。
「朝ごはん食べる?」
「食べる」
「昨日、差し入れでもらったやつあるよ」
目黒が寝室を出ていく。
一人になった阿部は大きく息を吐いた。
「……夢でよかった」
もう一度布団へ倒れ込む。
しばらくすると、リビングから目黒の声がした。
「あべちゃん!」
「なにー?」
「これ食べていい?」
「何?」
「クッキー」
阿部は何気なく起き上がった。
「いいんじゃない?」
「なんか一枚しか入ってないけど」
「一枚?」
妙な胸騒ぎがした。
阿部はベッドから降り、リビングへ向かう。
「どんなやつ?」
「これ」
目黒が小さな紙袋を持ち上げた。
阿部の足が止まった。
白い紙袋。
見覚えがある。
嫌というほど。
「……めめ」
「ん?」
「それ、どこにあった?」
「テーブルの上」
「昨日から?」
「いや」
目黒が首を傾げる。
「こんなの昨日あったっけ?」
震える手で紙袋を受け取る。
ゆっくり中を見る。
そこには――
星形のクッキーが一枚。
阿部の顔から血の気が引いた。
「……嘘でしょ」
「どうしたの?」
紙袋の底に、小さなカードが入っていた。
恐る恐る取り出す。
可愛らしいうさぎの絵。
その下には、たった一言。
『ご来店、ありがとうございました』
「…………」
阿部は無言で紙袋を閉じた。
「めめ」
「なに?」
「今日、外食しよう」
「急だね」
「絶対外食」
「朝ごはんは?」
「いらない」
「クッキーは?」
「絶対食べないで!」
あまりの勢いに目黒が目を丸くする。
「分かった、分かった」
阿部はクッキーの入った紙袋を持ったまま固まっていた。
夢だった。
絶対に夢だった。
そう思いたい。
そのとき。
どこからともなく、小さな音がした。
カラン。
阿部はゆっくり振り返る。
もちろん、そこには何もない。
ただ。
手にしていた紙袋から、
ほんの少しだけ――
あのスープと同じ、温かな香りがした。
(娘が特に意味もなく口ずさんでいる歌が、実は奥が深い歌だったりします。)
コメント
5件
みら様の作品どれも素敵過ぎて…尊敬いたします。

一気に読みました。 最後のクッキーはどう言う意味なのかな… 事故にあって病室でなくて良かった。 ホッとしたのもあるけど ちょっと意味を残したストーリーだったな。 読み応え凄くありました😄
うーん、潜在意識の中のモヤモヤが見せた夢たったのかな?
#⛄️
kaede🍁
112,385
919
篝火

10,038
蒼❄️
979