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#ゲーム
#風見裕也
緑茶は飲めないが紅茶は飲める
ある日、アリアの研究室をユキが訪ねてきた。
「アリアちゃ~んっ!?」
「名前で呼ばないでください」
「ねぇねぇ! 仕事の相談に乗って!!」
「先輩って……先輩ですよね?」
「先輩は先輩だよ!」
……少しの沈黙に、アリアは溜息をついてから口を開く。
「……はぁ。それで、何ですか?」
「新しいプロジェクトの希望者を募ってるでしょ?
あたし、それに応募したくて!」
「え? 先輩は、生命の研究を――やめるんですか?」
「……うん。ちょっと、思うところがあってね。
それでさぁ、システム設計の担当を……他の人と争うことになって――」
独自の研究を行うためには、そのためのプログラムやツールを自作する必要がある。
そのため、ユキもアリアもシステム設計には詳しかった。
「――でもでも! あたし、絶対に担当になりたいの!」
「なるほど。どうやって勝ち取るのか、という相談ですね」
「何かいい案はある?」
「提案内容は同等……という前提で良いですか?」
「うん! 逆に似すぎちゃってるから、どんな差別化をしようかと……」
アリアはユキから紙の束を受け取って、それを見ながら考えていく。
一通り目を通し終わると、紙の束を整えながらユキに言う。
「――利用者に、優しくしてあげてください」
「……ほぇ?」
アリアの言葉に、ユキは間抜けな声を出してしまった。
「やってることが同じなら、ユーザーは優しくしてくれる方を使うでしょう?」
「というと?」
「例えば――
……塗って痛くなる薬と、痛くない薬があったとして。効果が同じなら、どっちを使いますか?」
「もちろん、痛くない方!」
「ですよね?
それと同じで、提供する側が、使う人間を誘導するように作るのが定跡です」
「ふむふむ。それなら、その医薬会社の株価も上昇するってもんだね!
一点集中投資だね!」
「先輩、投資は自己責任ですよ」
アリアはひと呼吸おいてから、言葉を続ける。
「……話を戻します。相手のシステムは、インターフェースが粗末になっていて――
私はこんなの、触りたくないですし。だから先輩の方では――」
アリアの説明中、ユキはよそ見をしながら、少しだけ考える。
そしてにんまりとした顔で、アリアに近寄っていく。
「アリアちゃん。何かあったときのために……純金積み立てとか、しない?」
「急に何ですか、話を投資の方に戻さないでください。
……それに何か問題があっても、最終的には政府や経済団体がどうにかしてくれます」
「えー……。でも、将来のことは心配だよぉ?」
ユキは膝を折って、少しかがんでから――徐々に、アリアに顔を近付けていく。
「……はぁ。
では、何か1回でも問題があったときは、やるようにします」
「それじゃ遅いってば!
あたしは人生の先輩でもあるんだから、学ぶところはちゃんと学んでもらわないと!」
「学ぶところがありません。
くだらない話は終わらせて、システム設計の話に戻りますよ」
「ひぃ~ん……」
その話が終わったあとは、自然と雑談に移っていった。
ユキはこの時間が大好きで――だからこそ、アリアの元をよく訪れているのだ。
……ただ、今日はアリアの方からも――ユキに聞きたいことが残っていた。
「先輩、話を戻しますけど――」
「あ、純金積み立て? 口座を開くなら招待するよー」
「さりげなく、私をキャンペーンに誘わないでください」
「ぐふぅ……。えっと、それで何?」
「先輩の研究……。生命について――」
ユキの研究する『生命』とは、……生きようとする力。
アリアの研究する『魂』とは、……在ろうとする力。
『人間』を本当に理解するためには、それらの理解が必要だ――……と、『Project Evol』では認識されていた。
「――うん。あたしは、これ以上うまく進められそうにないから。
何ていうのかな、ひとつの到達点に着いた……っていうか?」
「はぁ……。私も、そんなことを言ってみたいですね」
……人間というものは、全てが解明されていない。
その中で、魂というものは――そもそも科学的に、観測すらされていないものだった。
果たして本当に存在するものか……そんなことを日々扱っているアリアは、何の到達点にも辿り着いていなかった。
ただ、だからこそ……アリアは魂というものに興味を持っていた。
それを突き詰めていけば、この世界の真理に触れることができる。
虚しく感じられる様々なものが、そうすることで、何かより良いものに変わるのでは――
……そんなアリアの顔を見ながら、ユキは明るく言った。
「魂は――見えないし、手にも取れないでしょ?
だから、ロマンチックなアリアちゃんにぴったりだよねぇ」
「私は、ロマンチックではないです」
「生命は朽ちるけど、魂は輝き続ける――
……論文にそう書いたのは、アリアちゃんじゃない!」
「意訳しすぎです。
生命の非永続性と、魂の永続性……とは書いたはずですが、そこまで言い換えるんですか?」
「アリアちゃんは、堅苦しいんだよ……!」
「先輩は軽すぎです。先輩の論文だって、そういう指摘が多いじゃないですか。
……内容は、本当にまともなのに」
「そう思っていてくれるんだ? えへへ、嬉しいなぁ♪」
ユキはアリアの前で、くるっと一回転した。
子供らしい仕草に、アリアは少し呆れてしまう。
……数多くいる研究者の中で、ユキの実力は飛び抜けていた。
アリアが唯一、気にせざるを得ない――そんな存在でもあったのだ。
「――『才能は、魂から伸びる芽のようなものである』。
これは、アリアちゃんの言葉だよね?」
「いつの論文の話ですか……。まぁ、それが一番わかりやすかったので。
ただ、今さらですが――それについては、先輩の悪影響を受けてしまいましたね」
「悪影響って言わないで!?」
ユキは顔を膨らませて、不満であることをアリアにアピールした。
しかしアリアにとっては……それは、いつものことでもあった。
「――生物は進化の過程で『死』を獲得した。
でも、魂はそうじゃない。いつからだって、その芽を伸ばすことができる――
……あたしね、生きるって本当に凄いことだと思うの!」
「生命賛歌ですか?」
アリアの言葉に、ユキは少しだけ微笑んで……そして、少しだけ悲しい顔をした。
「……実はね。誰にも言ってない秘密があるの」
「何ですか、急に」
「あたしの研究室の、机の――鍵が掛かった引き出し。
そこにね、キラキラの宝箱が入ってるんだけど――」
「先輩は派手にするのが好きですからね。私には全然、理解できませんが」
アリアの言葉に、ユキの動きが止まる。
「え? え? えー? 可愛いでしょー!?」
「だから、私には理解できないんですってば」
アリアの言葉に、ユキは楽しそうに笑った。
そして――
「あたしが……もしいなくなったら、それをあげるね」
「そんな予定が、あるんですか?」
「ないよ!!」
「それでは、私が開けることも無いですね」
「あははっ。でもそれは、あたしの名前が後世に残るくらいの発明だから。
だから、いざというときは――」
「いや、それなら自分で発表してくださいよ……」
後世に残る発明なんて、ユキならいくらでも出来るだろう。
それに、生命の研究から離れるとなれば……その集大成として、少しでも発表して名前を残して欲しい――
……アリアにとっては、それがせめてもの願いだった。
「さすがのアリアちゃんでも、簡単には理解できないだろうからね。
研究資料は暗号化してあるから、それをいつか、後世の人が読み解くか――」
ユキは壁の方を向いて、少しだけ顔を上げた。
「それか、本当に必要なのであれば――
……アリアちゃんが使っても良いからね。効果は、間違いないから」
「はぁ……。何か、使うものなんですね?」
「ふふふ、そゆことー♪」
振り返って見せたユキの笑顔に、アリアは何か違和感を覚えていた。
……別のプロジェクトに異動したところで、命の危険は無いはず。
それに研究室も今のままで、場所も変わらないから――これからも、気軽に会えるはずだ。
「――はぁ。
先輩が何を考えているのか分かりませんが……」
アリアはユキに詰め寄った。
……そして一言。
「今日は珍しく、ずっと一緒にいたい気分です」
「おお!? アリアちゃんが、珍しくデレてる!?」
「……今日は早退して、体術の教室に顔を出しましょうか」
「えっ!? せっかくなら、遊ぼうよ!?」
「先輩が遊ぶようなことを、私はやりませんし――それに、最初に教室に誘ったのは先輩でしょう?
全然顔を出さないって、先生も呆れてましたよ?」
「むしろアリアちゃん、ずっと続けてたの!?」
「運動は、健康に良いですから」
……アリアの前には既に、いつものユキしかいなかった。
先ほどの言葉は、何だったのか。
ユキの宝箱に入っているものは、何なのか。
――ただ、来ないはずの未来を、アリアは想像するつもりは無かった。
考えるだけ無駄。
正直なところ、アリアはそうとしか思っていなかったのだ。
コメント
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ユキの「もし私がいなくなったら」って言葉、明るい口調の中に不穏な空気が混ざっててすごく気になりました。アリアも違和感を覚えながら「来ない未来は考えない」と押し込めてるのが、逆に読者としては不安をかき立てられますね。生命と魂、対照的な研究テーマを持つ二人のやり取りが心地よくて、でもどこか影がある…この絶妙なバランス、好きです。