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「今日は波が荒いから上手く死ねそうだけど…」波打ち際に、ぶらぶら歩く長身の影がひとつ。「まぁ、苦しそうだし、私の思う死に方じゃないから…辞めておこうかな」

生憎の天気で自殺を断念した太宰が、白立つ波を眺めてゆるりと笑う。右手には上に枕が括り付けられているキャリーバッグが在り、どうやら、中身は歯磨きセット、衣服など、中原の家から持ち出したものらしい。太宰は、キャリーバッグをガラガラ鳴らしながら、海岸の岩部を歩いていた。


「__ぃーーーッ!!!」

波の音に紛れて、確かに何かの声が聞こえた。思わず見上げると、遥か上空に黒い影がひとつ。はて、あれは鳥か?否、鳥にしては大きすぎる。あれは____…


「見付けたぞ太宰ーーーーッ!!」

中也だ。此方を目掛けて一直線に落ちてきている。勢いを殺さぬまま、中原は太宰に抱きついた。触れた所から『人間失格』が発動し、重力が中原から離れる。自然落下運動に移行した中原の全体重をかけられた太宰は、「ぐえっ」と情けない声をあげた。太宰の細い体躯では2人分の体重を支えられるわけもなく、落下の運動量で1周くるりと回った後、地面に共に倒れ込んだ。

「いッ…たいなぁ…莫迦なの?隕石ごっこなら他所でして呉れ給え」

下敷になって背中を激しく打ち付けた太宰は、首だけ持ち上げて中原を睨み付ける。それに構わず、中原は顔を埋めたまま云った。

「…….悪かった」

「…はぁ…?藪から棒に何なんだい。私には謝られる亊をされた覚えが無いのだけど」

太宰は眉を顰めながら、「それより夙く退いて」と中原を小突く。

「手前の誕生日、祝えなかったろ」

悪かった、ともう一度告げると、無意識のうちに、太宰の背中に回している腕に力が入る。しばらく太宰の回答を待つと、溜息が頭上に降ってきて、中原は肩をびくりと揺らす。

「何、そんな亊?」

そんな彼に対し、太宰は首を傾げた。「自分の産まれた日なんて忌々しくて忘れていたよ」と独りごちた言葉は嫌味などではなく、本当に忘れていたようだった。

「……は?」中原は思わず顔を上げる。

「手前、それで拗ねて家を出たんじゃなかったのかよ」

「はは、そんな亊で拗ねる訳ないじゃない。中也じゃあるまいし」

「おー??聞き捨て成らねェな。つーか、だとしたら今まで何処行ってたんだよ」

横に倒れているキャリーバッグを指さして、中原が聞いた。急に何の話をし始めたのかと、太宰は更に首を傾げる。

「え?熱海旅行」

淡々と告げた太宰に、中原は固まった。暫くは声が出ないようで口をはくつかせた。やっとの亊で出たのは、「俺、聞いてねェ」という情けない声だった。

「いや、そう云うと思って電話したのに出なかったじゃない」

「…….あ」

6月20日の文字と共に表示されていた2通の不在着信を思い出す。てっきり自分の帰りが遅いことに対しての苦情か、別れ話かと思い込んでいたが、あれは熱海旅行へ行く報告だったのか。中原は「なんだよ……」と脱力した。

やっと拘束が緩み解かれた太宰が、中原を「えいっ」と蹴り飛ばして無理矢理退かす。外套に附いた砂を払いながら、

「ほんっと最悪。チビの癖に重いし背中は痛いし…」

と文句を垂れた。しかし、同様に砂を払っていた中原を見るなり、太宰は「…あ」と幽かな声を上げる。悪巧みをしている顔だ。

「んだよ」中原が少し気遣いを含んだ声で聞いた。

「君は恋人の誕生日に1週間も遅刻したわけだよね?」

「まぁ、そう云う亊に成るな…..だから今謝っ」「普通のプレゼントじゃ赦せないなぁ〜?」

中原は一瞬嫌そうな顔をしたが、直ぐに考え込んで下を向く。「あー…」と意味の無い言葉を声に出し、目線で帽子の縁をなぞった後に云った。

「じゃあ、恋人やめようぜ」

中原が持つ一対の澄んだ瞳が、真っ直ぐ太宰を射抜く。

「__私も、ずっとそうしたいと思っていたのだよ」

太宰は瞳をゆらりと揺らしたあと、困ったように眉を下げて笑った。



好きの反対は嫌いではない、無関心である。何処かの偉い人が云った。2人もまた、嫌い同士であった。いつどんな時も互いが嫌がる亊を考え、暇さえ有れば実行してきた。即ち、互いの好きな亊、したい亊、されたい亊、云いたい亊まで全て把握しているのである。

だから、太宰には解るのだ。中原の亊など、全て解っているのだ。



_これが、彼なりのプロポーズだと云う亊など、解りきっている亊なのだ。

「俺の名字、貰ってくれるか」

「意地悪、云わずとも解ってるくせに」

「解んねぇよ、俺は莫迦だからな」

先程 ‪”‬太宰は中原を把握している‪”‬ と示したが、逆も然り。勿論これは一寸した嫌がらせである。

「…まぁ、犬にしては善いプレゼントなんじゃない?仕方がないから貰ってあげる」

「可愛くねぇなあ」

今度は太宰が抱きつく番だった。中原の頑丈な体躯は2人分の体重をしっかりと受け止め、助走の運動量で1周くるりと回った後、なんだか可笑しくなって目を合わせて笑った。

「ね、中也の蟹鍋食べたい」

数歩前に行った太宰が、こちらに振り向いて云う。

「おいおい初夏だぞ?」

呆れたような、でも満更でもないような顔をして、中原はぽけっとに手を突込んだ。

ふと、指先に当たる硬いものの存在に気付く。不思議に思って取り出すと、それは言い訳に使おうと思って買っておいた指輪だった。嗚呼、すっかり忘れていたと、中原は暫く手元の金剛石を太陽に反射させたりして眺めていたが、太宰の視線に気付いて辞める。

(これは、もう要らねぇな)

海に向かって、指輪を全力投擲した。空の蒼と、海の蒼と、中原の瞳の蒼が乱反射して、ぴかぴか光る。

「何投げたの?」

「なんでもねぇよ、ただの布切屑だ」

中原が太宰の腰を抱いた。流れで睫毛の先が触れ合う程まで顔を近付けたが、なにか思い付いたように太宰がぴたりと止まる。

「そう云えば中也、なんか忘れてなーい?」

「…………ッああ!」

中原はやっと思い出した。此処に来た目的を。ごたつき過ぎて後回しになっているが、太宰に、何をする為に逢いに来たのか。



唇を啄んで、精一杯のこころを込めて云い放つ。

双黒時代、右腕として闘ってきた彼へ、

自分に生き甲斐を与えてくれた彼へ、

誰よりも俺を、人間だと断言してくれた彼へ、

俺を、人間にしてくれた彼へ、


愛しい愛しい、片割れへ。



「ハッピーバースデー、相棒!」


fin

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コメント

27

ユーザー

最高ですよ…もう最高すぎますよ…(2回目)今なら泣けます(๑•̀ㅂ•́)و(?)

ユーザー

はつこめ失礼いたします。神です。 逆立ち出来そうです?

ユーザー

神〜😇

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