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柔らかな陽射し。爽やかな風。
私は今、街の外の森に来ている。
「はぁ、気持ちいい……」
朝の綺麗な風をまといながら、独り静かにつぶやいてみる。
この世界は元の世界より空気がずっと綺麗だけど、今はその中でもさらに綺麗な感じがするんだよね。
……さて、私が何でこの森にいるかというと、錬金術の素材集めが目的だ。
冒険者ギルドをのぞいたら素材集めの依頼があって、それをこなすのと同時に自分用の素材も集めてしまおう……という試みである。
ちなみにその依頼は、実はまだ受けていない。
いや、だって実際のところ、どれくらい集められるか分からなかったし……。
今回は安全策を取って、素材を集め終わってから依頼を受注、即納品……という流れにしようかと考えている。
集める素材は『癒し草』という……名前の通り回復効果のある薬草なんだけど、これが『初級ポーション』の材料にもなるようだ。
10本で銀貨1枚。宿屋の普通の部屋が銀貨7枚だから、毎日70本集めれば永遠に宿に泊まれることになる。
……ああ、食事代を考えるともう少し必要か。
ちなみに採集した素材をそのまま売るんじゃなくて、初級ポーションにしてから売る……という手もある。
初級ポーションは冒険者ギルドで銀貨2枚と銅貨5枚で買い取ってくれるから、金銭効率を考えれば断然こちらの方が良い。
今回は安全策で進める予定だけど、ゆくゆくはたくさん稼げる方を狙っていきたいな。
「――さて。
ここら辺で大丈夫かな?」
草の群生地を前にして、街で買ったナイフをアイテムボックスから取り出す。
「はい、鑑定、鑑定~♪」
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【パピテ草】
雑草
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【パピテ草】
雑草
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【パピテ草】
雑草
──────────────────
……おっと、雑草ばっか。それに、鑑定のウィンドウが流れるのがちょっと早くて鬱陶しいかも……。
表示の調整は出来るのかな?
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【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】【パピテ草】
──────────────────
あ、出来た。いろいろと応用できるのね、なるほどなるほど。
でも、もうちょっと何とかならないかな?
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【パピテ草】×13
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そうそう、これこれ。こういうのが良いんですよ。鑑定スキル、愛してる!
さて、それじゃ続行~。
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【パピテ草】×17
【癒し草】×1
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……あ、ようやくひとつ発見。
見つけた癒し草に手を添えて、根本をナイフで丁寧に刈り取る。
「ふう、まずは1本目。でも、思ったより生えてないんだなぁ……」
目標の数は決めていなかったので、今日はひとまず依頼の達成用に30本、自分の素材用に20本を集めることにした。
5分で1本だと、50本で250分だから……だいたい4時間ちょっと。
夕方には街に戻って、冒険者ギルドに納品までは出来るかな?
この世界に来てからまだ2日目だし、慣らし運転としてはきっと充分だよね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「50本達成~!」
夕方よりも少し早い時間に、ようやく目標の50本を達成することが出来た。
普通の部屋の宿代である銀貨7枚は、癒し草を70本も集めなければいけない。
そう考えると、生活費を稼ぐのもなかなか大変そうだ。
さて、癒し草を全部アイテムボックスに入れて……っと。
そろそろ街に戻るか――と、思った矢先のことだった。
「ガアアアアアアッ!!!」
ドシンッ!! ズシャァアアッ!!
太い吠え声と共に、身体に強い衝撃が走った。
――え? 何が起こったの?
気が付くと、先ほどまで見えていた森や空は見えず、私の目の前には土だけが見えていた。
そしてそれが地面だと認識したところで、私の右肩から強い痛みが伝わってくる。
……何かに襲われた?
混乱しながらもどうにか身体を仰向けにして、気合で上半身を起こしていく。
すると私の目の前には、大きくて獰猛な……狼のようなものがいた。
もしかして、これ……魔物ってやつ?
ちょっとちょっと!? こんなのが出るなんて聞いてないよ!?
魔物は上半身を起こした私に詰め寄って、そして――
「ガルウゥウッ!!!」
再び大きく太い声を上げた。
その一瞬後、私の左肩に強い衝撃と鋭い痛みが走る。
痛みが溢れ、熱さが溢れ、そして赤に染まる。
赤。血。紛れもない、自分の血。自分の血が、溢れ出す。
――――ッ!!
声にならない声。
ええ……? 突然、何なの……?
やだよ……誰か……助けて――
……そのとき、どこからともなく少女の声が響いた。
「どうしたの?
アーデルベルト、そこに何かいるの?」
誰か……人が来た?
お願い、助けて――……
気力を振り絞って顔を上げて、人影を懸命に探していく。
人影は、魔物のすぐ後ろにあった。
「あらやだ、狩りをしていたのね。
最近、遊ばせてやってなかったせいかしら」
少女は感情を示すでもなく、独りつぶやいた。
「もう、人間狩りはやめなさいって言ったでしょう。
今度、楽しいところに連れていってあげるから」
少女は魔物の頭をゆっくりと撫でた。魔物はまんざらでも無さそうに尻尾を振っている。
この少女は、この魔物の主人……?
「……お、お願いします……た、助けて……」
痛みを何とか堪えながら、私は少女に救いを求めた。
死に瀕しては恥も外聞も無い。この魔物の主だろうが……、生きるためには情けなくもなってやる。私は……懇願した。
「あら凄い。まだ喋る元気があったのね。
その傷じゃもう遅いわ。諦めなさい」
冷たく言葉を放つ少女。
「――でも、そうね。こんなところではすぐ人に見つかってしまうもの。
ここで誰かが死んだなんてことになったら、私も困っちゃうわ」
考える素振りを見せる少女。
もしかして、私を助けてくれる……?
「……分かったわ。アーデルベルト」
何かを決めて、魔物の名を呼ぶ少女。
「この娘、森の奥に捨ててきなさい」
――――ッ!!
その言葉に絶望した瞬間、私の身体からは力が抜けていった。
この世界には神も仏もいないのか――
……そう思いながら、そういえば神様にはもう会っていたなぁ、などと悠長なことを考え、私は気を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――……ッ!」
痛みで目が覚める。
ここは森の底だろうか。
周囲は暗く、星明かりは木々や地面を儚く照らしている。
全身に力が入らない。
身体が冷え切っている。
命の炎が消えかけているのを感じる。
ああ、私はもうすぐ死ぬんだな……そんな思いが駆け巡る。
この世界に生まれてまだ一日ちょっとなんだけどな。
さすが異世界は怖かった――
……悠長に諦めかけたとき、先ほどの少女と魔物の姿が脳裏にちらついた。
いやいや、そうじゃない。
なんであんな連中にやられなきゃいけないの……。
そう思った瞬間、この窮地を脱するひとつの手段を思い出した。
いろいろと悩ましく、深く考えるべきところなのだが、今はその時間すら無い。
私はアイテムボックスから瓶を取り出した。
中の液体を口にする。
私の身体は淡く輝き、すべての痛みが消えていく。
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【アイナ・バートランド・クリスティア】
すべての傷・疲労・欠損が回復しました。
レアスキル『不老不死』を獲得しました
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……どこかで、そんなことを言われた気がした。