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図書院は、霧深い森の奥に、地層のように眠っていた。外観は廃寺のように崩れており、まるで千年の時間を誰にも気づかれずに過ごしたかのような佇まいだった。
神官は、朽ちた扉を押し開ける。
中には無数の書架が迷宮のように並び、冷たい空気が静かに胸を満たした。
「術者が滅んだ呪いは、もう解けない」
そう言われていた。
それでも、自分の手で確かめなければ、前に進めなかった。
一歩、また一歩。
何日もかけて古語を読み、儀式の痕跡を調べ、地図のように知識をつなぎ合わせていく。
そして、ある一冊の裏表紙に、かすれた文字があった。
《塵を呼ぶ呪い――未完成にして、破綻の連鎖を孕む》
ページをめくるたび、神官の目が見開かれていく。
「この呪いは、本来“温もりを求める術”だった。
術者の死により暴走し、触れたものを塵と化す破滅の呪いへと変異した」
その一文に、神官は唇を引き結んだ。
続く走り書きが、神官の息を止める。
「術者の“魂”が世界に残っていれば、
その記憶を強く持つ者が媒介となり、
呪いを“ほどく”可能性が生じる」
たったそれだけ。
確かな方法も、確証もない。
けれど――
「あの影の中に、“きみ”はまだ残ってる」
崩れながらも名前を呼んでくれた。
目に、一瞬だけ戻った光。
それが、すべての答えだった。
書を閉じ、神官はゆっくりと立ち上がった。
図書院の窓の外には、霧が少しずつ晴れ、陽が差し込んでいた。
希望ではなかった。
これは、ほんのわずかな“可能性”にすぎなかった。
でも、それでも。
「きみが、もう二度と誰も壊さずに済むなら。
たとえ、きみ自身が壊れかけていても――
ぼくが、抱きしめなおすよ」
神官は、図書院の奥にあった古い魔法陣を指でなぞる。
かつて術者が呪いを紡いだ遺構。
今度は、それを逆再生するように、自分の体に刻む。
そして彼は、最後の旅に出る。
太陽が昇る方角へ。
何度も触れては壊れた、
それでも愛しい影に、もう一度だけ触れるために。