この作品には〔残虐描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
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〜王の間〜
勇者「王様チィーッス。勇者ですよーっと」
王様「だ、誰だ!?」
勇者「いやだから勇者だって。ほれ、勇者の印」ぺかー
王様「それは確かに勇者のみが持つ……。ああ、すまぬ。あまりにも、その……最後に顔を見た時より容姿が変わっていてな」
勇者「あー、痩せたしね。ヒゲとか生えてるし、何より格好がこ汚いよな。鎧とかドロドロで臭いし」
王様「い、いや。決してそのような……」
勇者「いいっていいって」
勇者「あ、そういやあん時はどーもー」
王様「うむ……。すまぬな、あの時は」
勇者「無理しなくていいって。っと、ごめん、ちょっと吸わせてもらっていい?」
王様「む?あ、ああ、葉巻か?本来ならば許さぬところだが魔王を倒した祝いだ。許そう。せっかくだ、兵に良い物を用意させよう」
勇者「いいよいいよ。自分のあるし」
王様「そ、そうか。ところで……他の者たちは?」
勇者「んー、戦士と魔法使いと僧侶の事?」
王様「うむ。一緒ではないのか?もしや既にあちらに?」
勇者「死んだよ。俺以外は全員」プハー
王様「……は?」
勇者「……」スー……プハー
王様「そうか……何と言えばいいか。誠に……」
勇者「あー、そういうのいいっていいって」
王様「……ふむ。ちなみにだが、皆はなぜこのようなことに?」
勇者「ほんじゃ、その辺りも含めてメシでも食いながら説明しようかな。正直、ハラ減って死にそうなんだわ」ぐきゅるる~
王様「……ふむ。悲しいことだが魔王を倒したことは快挙。祝いの場が弔いともなろう。誰ぞ!誰ぞあるか!勇者の凱旋じゃ!宴を開け!!」
兵士「ハハッ!」
勇者「……」プハー
〜宴の場〜
勇者「うめえうめえうめえ」ガツガツガツガツ
姫様「まあ、勇者様は健啖ですのね」
勇者「この商売、食えるときに食っとかないとねー」ガツガツガツ
姫様「勇者様、こちらの品も美味しゅうございますわよ」
勇者「へー、どれどれ……。お、ほんとだうめえ」ガツガツガツ
姫様「あらあら。お食事は逃げませんわよ?」
勇者「……んなこたねえよ」
姫様「え?」
勇者「……」ガツガツガツガツ
王様「おお、こちらにおったか勇者よ。おや?姫もこちらにいたか」
姫様「はい。勇者様ったら、わたくしとのお話よりもお食事のほうが楽しいようで。まさか豚の丸焼きに嫉妬するとは思いもしませんでしたわ」
王様「はっはっは。きっと勇者も照れているのだよ、姫の美しさに」
姫様「まあ。そうなんですの勇者様?」
勇者「あー、そうっすね。そうだと思います、はい」ガツガツガツ
王様「ところで勇者よ、そろそろ魔王討伐までの話などを聞かせてはくれぬか?」
勇者「んー、そうね。ハラもそこそこ落ち着いたし」
王様「できれば勇敢なる仲間たちの最後なども聞かせてくれ」
勇者「へいへい。そんじゃ行きますかね」
姫様「期待しております勇者様」
勇者「うーっす」
〜壇上〜
勇者「えー、どうも勇者です」
ザワザワ
「おお、あれが……」
「憎き魔王を……」
「英雄だ」
ザワザワ
勇者「そんじゃ、どっから話しますかね。んー、そうね。食い物の話でもするか」
王様「ゆ、勇者よ!」
勇者「ん?どしたの?」
王様「その、なんだ。できれば冒険の話をだな?」
勇者「メシだって冒険の一部だよ。嫌ならメシに戻るぞ」
王様「……ふむ。確かにそれも道理か。続けよ」
勇者「うーい。えーっと皆さん、今日は美味い物いっぱいありますよね。俺もさっきから驚きっぱなしなぐらい美味いものばっかです」
勇者「こんな美味い物食ったのは多分半年ぶりぐらいです」
勇者「じゃあ普段は何を食ってたんだって話ですが、皆さんは街の周りにいる暴れイモムシとか毒ウサギとか食ったことありますか?」
ザワザワ
勇者「ははは、ないっすよねえ。下ごしらえ大変だし、大変な割には美味くもないし。何より、そいつらは魔物だし」
勇者「えーですが、牛や豚や鶏や、畑で採れる野菜なんてのは人間が飼ってたり作ったりしたものでして」
勇者「俺や仲間は魔族が支配してた土地なんかも冒険していた訳で」
勇者「なあ王様」
王様「う、うむ?」
勇者「この世界に、人間の国や街や村が大体どれぐらいあるか把握してる?」
王様「あ、ああ。大きい国は五つ。街や村は……詳細にはわからぬな」
勇者「ふむ。その中で、魔王城の近くにある街や村の数は?」
王様「……無いな。あっても魔王に支配されているか滅ぼされておる」
勇者「よくできました。勇者マークあげちゃいます」
王様「……」
勇者「さてさて皆さん、こんな感じで魔王城に近づくにつれ街や村は減っていきます。更に、数少ない街や村は貧困に喘いでます」
勇者「そんな状態で俺達が誰にも憚ることなく食べる事ができた物とは……はい姫様、答えをどうぞ」
姫様「魔物……」
勇者「はいよくできましたー。勇者マーク進呈!やったね!」
勇者「でだ。この辺りにいる魔物、つまりは暴れイモムシとか毒ウサギみたいな奴らね。あいつらは気性が荒いとはいえ、動物とそんなに変わりません」
勇者「ですが、魔王城に近づくにつれ、魔物ってのは変化をしていきます」
勇者「では王様、第二問!その変化というのは?」
王様「……見当もつかぬ」
勇者「ブブー!はっずれー。勇者マークはおあずけー」
王様「……」
勇者「その変化ってのはね、あいつら知能が上がっていくんだよ」
勇者「知能が上がるってのは、感情が激しく出たり言葉を喋ったりって感じで表れてくる」
勇者「泣きながら攻撃してきた奴を、『殺さないで』と懇願してきた奴を食って俺達は生きてきた」
勇者「人食いとなんら変わりねえ。それがあんたらの言う勇者って存在だ」
王様「……」
姫様「……」
勇者「おっと、湿っぽくなっちゃったね。ここらで話題を変えますか」
勇者「さて、我らが誇る仲間たちの話でもするかな」
ザワザワ
「確か亡くなられたと……」
「先程の勇者様が言われたような思いをしてまで勇敢に……」
「おお……実に誇らしい……」
ザワザワ
勇者「えー、じゃあ死んでいった順番に話しましょうかね。っと、ここで姫様に第二問!」
姫様「えっ!?あ、ええと」
勇者「一番最初に死んだのはズバリ誰!?」
姫様「……っ!!」
姫様「ふ、ふざけないでください勇者様!そのように死者を愚弄するのは……!」
勇者「いいから答えろ!!」
姫様「ヒッ!」
姫様「で、では、魔法使い殿……?」
勇者「なるほどー。確かに見た目も中身も温室育ちの箱入りお嬢様だった。体力もなかったし、魔物を食う時も一番ギャーギャー泣き喚いてたのもあいつだ」
姫様「……」
勇者「でもはっずれー。正解はー……ぱんぱかぱーん!戦士でーす!」
姫様「せ、戦士殿ですか!?そんな、あの方はこの国一の怪力で、身体も心もとてもお強い方でしたのに!」
勇者「うん、そうだね。あいつは強かったよ。俺らみたいに魔法が使えないからって、いっつも真っ先に魔物に突っ込んで体を張って頑張った」
勇者「だから真っ先に死んだ」
姫様「では、魔物の手によって……」
勇者「違うよ。第一、魔物にやられたんなら蘇生できるでしょ?教会とかで」
姫様「確かに……。それでは戦士殿はいったいなぜ……?」
勇者「俺が殺した」
姫様「な!?」
勇者「あいつに頼まれてな」
ザワザワ
勇者「……」
姫様「もしや、戦士殿は魔王に操られ……?」
勇者「いや違う。自分の意志で俺に『殺してくれ』と頼んだ。だから殺した」
姫様「なぜ!?なぜそのような!?」
勇者「じゃあその辺も踏まえて話しましょうかね」
勇者「さっき話したように、戦士は真っ先に魔物に突っ込んでいく事を選んだ」
勇者「なので、誰よりも身体に傷を負った」
勇者「だから、誰よりも回復の魔法を受け、誰よりも回復の薬を使った」
勇者「結果、あいつは中毒になったんだ」
姫様「……中毒?」
勇者「あー、馴染みないか。そりゃまあ、回復魔法もこの辺りの薬草も中毒性は低いしなあ」
勇者「中毒ってのは、それがないと駄目な状態と考えてくれ」
勇者「さてさて、皆さんはこれをご存知ですか?」ちゃぽん
王様「そのビンの中身は……?」
勇者「だよなー。そりゃ見たことないよね。これは魔王城近辺に生えてる特殊な薬草を煮出して凝縮させた超回復薬だよ」
勇者「こいつは凄いよ?たとえ腕が吹っ飛んだとしても傷口から再生しちゃう。ボコボコーって。トカゲかってーって感じ」
王様「そのような薬が……」
勇者「まあ死んでさえなけりゃあこれで治るよ。身体はね……」
勇者「でも、精神はそうはいかない」
姫様「精神……?」
勇者「そう精神。心ともいうかな。そこがね、壊れてくるの」
勇者「この薬はよく効く反面とても強いんだ。強くて強くて、心をズタボロにできるぐらいに」
勇者「一口飲むと激しい高揚感で何でも出来そうになる。実際、傷が治っちゃう訳だし」
勇者「でも、飲んで一時間後ぐらいかな。その辺りから副作用が出始める」
勇者「幻覚が見えてきたり、体の筋肉が弛緩したり、訳のわからないことを叫んだり、身体の中を虫が這いずり回ってるように感じたり」
勇者「そういう状態が半日ぐらい続くんだ」
勇者「そんな状態で魔物に襲われでもしたら一巻の終わりだ」
勇者「だから、こいつの副作用が出始めた頃に、精神を落ち着ける魔法をかけてもらうか、薄くした超回復薬をまた飲んでだましだましやっていく」
勇者「そんな事を続けていった結果、戦士はどうしようもないぐらいに心が壊れちゃったんだ」
姫様「そうなってしまう前に、安全な場所に戻って養生することはできなかったのですか!?」
勇者「あー、俺が帰ってくる時に使った移動魔法ね。まあ確かにあれを使えば一瞬でここには戻れたな」
姫様「だったら!」
勇者「でも却下だ」
姫様「何故!?」
勇者「移動魔法ってのは移動先が限定されている」
勇者「この城にもあるよね?移動魔法用の魔方陣」
勇者「だからここには戻れる」
姫様「戻れるのなら何故!?」
勇者「じゃあ戻った後は?」
姫様「……は?後はといいますと?」
勇者「戻って、治療して、すっかりよくなった後だよ」
姫様「それは……また魔王を倒すために……」
勇者「どうやって行くの?」
姫様「そ、それは移動魔法で……」
勇者「魔王の支配力が強い場所へ?魔方陣も無いのに?どうやって?」
姫様「……」
勇者「っと、いじめすぎちゃった。ごめんよ。まあこの辺りなら姫様の案でも悪くないのよ」
勇者「だけど、俺達には時間がなかった。俺達が戻っている間にも、魔王の侵略は進む。だから、1秒でも早く魔王を倒さないといけない。それが俺達の役目だしな」
勇者「そんなわけで、魔物を殺して薬を飲んで、魔物を食ってまた殺して。傷ついて癒してまた傷ついて」
勇者「そんな事の繰り返しで戦士はさ、薬の副作用で髪の毛なんてぜーんぶ抜けちゃって」
勇者「俺ほどとは言えないまでも、それなりに整ってた顔とかもどんどん変わっちゃってさ」
勇者「笑うと糸みたいになって、見てるこっちが笑っちゃうような目も、常にぎょろぎょろしてギラギラしてるようになってさ」
勇者「俺に冗談を言ってはでっかい声で笑ってた口も、半開きでよだれ垂らして、ずーっとブツブツ言ってるようになってさ」
勇者「武器も鎧も盾も兜も、魔物の血で常に真っ赤でさ」
勇者「もう……どっちが魔物なのかわからなかった」
姫様「……」
勇者「でさ、魔王の直下にあたる四天王の一人を倒した時、腕も足も片目も吹っ飛んで、内臓なんかでろーっと見えてる状態であいつ言ったんだ」
勇者「『殺してくれ』ってさ」
勇者「当然みんな断ったよ。魔法使いなんて普段は戦士と喧嘩ばっかりしてたのにすげえ泣いてんの」
勇者「涙と血でべちゃべちゃな顔でさ」
勇者「『あたしを置いて行かないでくれ』とか『約束したじゃないか』とかさ」
勇者「そんな魔法使いに、戦士はぷるぷる震えながら片方残った目を糸目にして少し困ったようにさ」
勇者「『ごめんな』って言った」
勇者「あいつら、きっと両思いだったんじゃないかなあ」
勇者「そんで、あいつは俺に『頼む』って言ってさ」
勇者「だから殺した」
姫様「ゆ、勇者様は悪くは……」
勇者「あー、そういうのどうでもいいのよ。ただ、俺が戦士を殺したって事は事実な訳で。それはどうしようもない現実な訳で」
姫様「でも……でもそんなのって……」
勇者「悲しすぎますーって感じかな?ありがとねー。お礼に勇者マークしんてー」
勇者「多分さ、戦士はもう限界だったんだと思うよ」
勇者「最後こそちゃんと喋れたけど、その前なんて『うー』とか『あー』しか言えなくなってたし」
勇者「何度も何度も俺たちを魔物と間違えて攻撃しようとしちゃってたし」
勇者「ある時さ、魔法使いに攻撃しようとしちゃったんだ」
勇者「ギリギリで気付いて、泣きながら壁にガンガン頭をぶつけてた」
勇者「みんなが止めても言うこと聞かなくて困っちゃったよ」
勇者「長くなっちゃったね。戦士の話はこんなとこかな」
勇者「次は魔法使いの話だ」
勇者「さて、魔法使いの死因だけど。よし、じゃあ王様!魔法使いはなんで死んじゃったでしょー!」
王様「ま、魔物ではないのか?」
勇者「ブブー!ふせいかーい!答えはー……」
姫様「自尽……ではないでしょうか」
勇者「おお、凄いね姫様。だいせいかーい!勇者マーク進呈!拍手っ!」
シーン
勇者「なんだよもう、ノリ悪いなぁみんな。まあいっか。そんで姫様、どうしてそう思った?」
姫様「魔法使い殿が戦士殿を愛されていたとすれば、愛する殿方が居ない世なればいっそ……」
勇者「なるほどなー。うん、それも一つの理由だろうね」
姫様「では、他に理由があると?」
勇者「さあ?どうだろね」
姫様「はぐらかさないで下さい!」
勇者「だってさ、本当にわからないんだよ。わからなかったんだ……俺達には」
勇者「戦士が死んでから、魔法使いは目に見てわかるほど変わったよ」
勇者「まあ俺らみんな見た目なんて変わっちゃってたし、頭もどっかぶっ壊れてはいたんだけど」
勇者「でも、そういうんじゃなくて、魔法使いは……なんていうか、憎かったんだと思う」
王様「憎かった……魔王がか?」
勇者「魔王も含めてかな」
王様「魔王も含めて?」
勇者「うん。魔王も、魔物も、人間も、自分を置いて死んだ戦士も、戦士を救えなかった俺らも、きっと自分も」
姫様「そんな……」
勇者「全部全部憎くて憎くてたまんなかったんだと思う」
勇者「世界中が憎かったんだと思う」
勇者「魔法使いの魔法ってさ、結構えげつないのよ」
勇者「広範囲を爆破したり、でっかい炎で焼き尽くしたり、吹雪を呼んだりさ」
勇者「でも、そんなのは序の口でね」
勇者「あいつは戦士が死んでから使う魔法なんかも変わったんだ。なんだと思う姫様?」
姫様「……魔法のことはあまりわかりませぬ」
勇者「ですよねー。普通に生活してたら、あんま馴染みないもんね攻撃魔法って」
勇者「えっとね、毒や酸の魔法をよく使うようになったんだ」
姫様「毒や酸ですか?」
勇者「うん。でね、ピンとこないかもしんないけれど、この魔法って凄いのよ」
勇者「まず酸だけど、魔法で造り出した強力な酸ってみんなが想像してるよりずっと怖い」
勇者「地面とか溶けちゃって穴が開いちゃうし、これを敵に当てたら……ね?」
王様「……」ゴクリ
勇者「悲鳴がね、耳から離れないんだ」
勇者「腕が、足が、指が、目が、耳が溶けていく魔物の悲鳴」
勇者「最初に話したけど、魔王城に近ければ近いほど魔物の知能は上がっていく」
勇者「人の言葉でね、俺達の使う言葉で泣き叫ぶんだ」
勇者「魔物を食べるって話をしたじゃん?あれはさ、ある意味まだマシなのかもしれない」
勇者「だって生きるためじゃん。食べないと死んじゃうから殺して食べる」
勇者「動物が動物を殺して食べる。これは世界の正しいあり方なのかもしれない」
勇者「だけど魔法使いは違った」
勇者「苦しめたいから殺す。憎いから殺す。殺したいから殺す」
勇者「狂った殺人鬼のでっきあっがりーってもんですよ」
姫様「う……ひっぐ……」
勇者「ありゃま、泣いちゃった。まずいなー、俺フェミニストなのに。ごめんなー」
勇者「でだ。毒の魔法なんだけど」
勇者「こいつは酸の魔法なんかよりえげつなかった」
勇者「王様も姫様も、ここに集まったえらーい人達もあんま知んないかもしれないけれど、魔物だって集落みたいなものを作ってるんだ」
王様「なんと……」
勇者「意外だった?でもさ、知能は人並、下手したら人よりも知能があるかもしれない生き物が沢山いるわけよ」
勇者「それに、オスもいればメスもいる。それらがいるなら子供だってできる」
勇者「子供の魔物は当然大人より弱い」
勇者「だから寄り集まって集団生活をするわけだ」
勇者「人となんら変わりはないよ」
勇者「魔法使いは、そんな集落で毒の魔法を使って回った」
勇者「正確には、集落の近くの河や集落の中にある井戸水に」
勇者「当然、阿鼻叫喚の地獄絵図ですよ」
勇者「さっき言った通り、魔物にだってオスもいればメスもいる。子供もいれば年寄りもいる」
勇者「強い者も弱い者も混じって沢山いる」
勇者「そいつらを別け隔てなく、魔法使いは皆殺しにした」
勇者「そして、そんな地獄で魔法使いは笑っていた」
勇者「魔法使いってさ、さっきも話した通り、元々は箱入りのお嬢様なんだよね」
勇者「だから冒険に出た最初の頃は、笑い方も『オホホホホー』みたいな変な笑い方でさ」
勇者「そんな変な笑い方を見て俺や戦士がちょっかい出して、真っ赤に怒った魔法使いを困った顔で僧侶が宥めて」
勇者「そんな時もあって……楽しかったなあ」
勇者「……」
勇者「おっと、話が逸れたね。思い出を話すと紐づいて色んな思い出が溢れ出てくる」
勇者「でだ。集落での魔法使いは、お嬢様だとは思えない顔でゲタゲタ笑ってた」
勇者「とっくに狂ってたんだ」
勇者「そして、そんな彼女を見ても何も感じない俺も僧侶も」
勇者「とっくにみんな狂ってた」
勇者「血の海を見ながらゲタゲタ笑う魔法使いを他所に、俺達はのろのろと食料を漁ってガツガツ貪り食っていた」
勇者「僧侶は泣いてたのかもしれない。俺も泣いてたのかもしれない」
勇者「魔法使いも泣いてたのかもしれない」
勇者「まあそんなのはどうでもよくてですねー」
勇者「そんな事を繰り返してたある日の夜、俺達は凄いものを見たんだ」
勇者「どこまでもどこまでも下へ続いてるような崖があってね。その場所を渡ると魔王城までもう少しって場所だ」
勇者「そこでキャンプをしていたら、テントの外で魔法使いがキャーキャー叫んでた」
勇者「狂ったような声じゃなくてさ、歳相応の女の子が綺麗な服を見て騒ぐようなあの暖かい感じで」
勇者「気になった俺と僧侶がテントから出ると、空一面に星が流れてた」
勇者「流星群っていうの?偶然見ることができたんだ」
勇者「つい数時間前まで集落を潰して魔物の死体をザクザク切ったりして遊んでた魔法使いだけれど」
勇者「この時だけは子供みたいにさ」
勇者「『すごいね』とか『綺麗』とか言っちゃってさ」
勇者「そんで、俺も僧侶も頷いてみんなで空を眺めてた」
勇者「そしたら魔法使いが言ったんだ」
勇者「『戦士にも見せたかったなー』って」
勇者「全然特別な感じじゃなくて、その辺の街中でふと言っちゃうような感じでさ」
勇者「……」
勇者「次の日、魔法使いは居なくなってた」
勇者「崖の前に魔法使いの杖とこれが置いてあったんだ」
姫様「手紙……?まさか遺書……?」
勇者「なのかなー?」
姫様「え?勇者様は中をご覧になってはいないのですか?」
勇者「いや見たよ?俺も僧侶も中身を確認した」
姫様「でしたら、遺書ではない……?いったい何が書かれてたのですか?」
勇者「見る?ほいよ」
姫様「あ、ありがとうございます。それでは……」
姫様「ヒィッ!!」
姫様「こ、これは!?」
勇者「あっはっは。わかんないっしょ?」
姫様「うっ……うげっ……ケホッケホッ!」
王様「ひ、姫!勇者よ!まさかこの書に呪いを!?」
勇者「いんや、呪いの類はかかってないよ。正確には、呪いは“もう”かかってないだけど」
王様「ど、どういうことだ!」
勇者「まずその手紙、魔法使いの意思かそうじゃないのかわからんが、最初はとんでもない強烈な呪いがかかってた」
勇者「俺でも近くにいるだけで意識がゴリゴリ削られるようなシロモノでさー。弱い人間や魔物なら、近くに寄っただけで死んじゃってたんじゃないかな」
勇者「んで、僧侶が必死になって呪いを解いたんだ」
勇者「そして、女の子の手紙だってのもあって僧侶が先に見たんだけど、ショックで気絶しちゃってさ。丸一日は動けなかったねー」
王様「中にはいったい何が……」
勇者「ぐちゃぐちゃの血文字っつうか、血で描かれた絵」
勇者「一つだけわかるのは、魔法使いはこれを見た奴全員を呪ってるんだってことだけかな」
勇者「あいつ、世界中がどこまでも憎かったんだろうなー」
姫様「酷い……こんなの……こんな絵、人の描けるものじゃない!」
王様「ひ、姫っ!」
勇者「姫様に全面的に同意だね。そんなもん描ける魔法使いも、それを見てもほとんど何も感じなくなった俺も、もうとっくに人じゃないんだろうなあ」
勇者「とまあ、魔法使いの話はこれでおしまい」
勇者「じゃあ最後。僧侶の話をはじめようか」
勇者「僧侶の死因については少し特殊なんで問題は無し。残念だけど勇者マークは諦めてね」
王様「……」
姫様「……」
勇者「さて、残りは俺と僧侶だけになった訳だけれど、これが結構大変だったのよ」
勇者「だってさ、人数は半分。しかも僧侶は戦闘職じゃない。そして、街に戻って仲間を集めてちゃ時間がどれだけあっても足りない」
勇者「なもんで、俺達は逃げながら魔王城へ向かった」
勇者「勇者とバレないようにみすぼらしい格好をして、魔物を騙し討ちして、泥水をすすって、獣みたいになりながら向かった」
勇者「もう中毒とか気にしてられなかった。超回復薬だってそれ以上に強い薬だってガブガブ飲んだよ」
勇者「そうやって、ぐにゃぐにゃの景色を見ながら、何かの拍子にぶっつり切れちゃいそうな意識ではあったけれど、俺も僧侶も魔王城までどうにか生きて辿り着いた」
勇者「っと……」ぐらっ
姫様「ゆ、勇者様!?大丈夫ですか!?」
勇者「あー、大丈夫大丈夫。ごめん、ちょっと失礼して一服」
勇者「……」スー……プハー……
王様「……勇者よ、もしやその葉巻は」
勇者「あー、うん。普通の葉巻じゃない。強い薬草と毒消し草を巻いて、煮詰めた聖水を染みこませた特別品」
王様「そのようなものを……」
勇者「悪いね。でも、これを吸わないとさ、ほら」プルプル
姫様「手が震えて……」
勇者「まあそういう事。ごめんねみなさん、もうちょっと待ってねー」スー……プハー……
シーン
勇者「うし、んじゃ続き。どうにか魔王城まで辿り着いた俺達だけれど、ここで俺がとんでもないヘマをやったんだ」
勇者「魔王の側近に俺がいることがバレちまった」
勇者「僧侶は運良く別行動で情報を集めていたから大丈夫だったんだけれど、俺はそうはいかなかった」
勇者「どうにか魔王の側近は倒した。腐っても勇者だしね俺」
勇者「でも、俺も死んじゃったんだ」
勇者「僧侶が見つけた時には俺っつうか、俺だったモノは指のかけらぐらいだったみたいでね」
勇者「普通、人が蘇生するためにはその人のパーツ、肉片でも灰でもいいんだけれど半分以上は欲しい。せめて三分の一は欲しいってのが常識でして」
勇者「つまり俺の蘇生は絶望的。ここで僧侶も諦めて帰っちゃえばよかったのになーとは今でも思う」
勇者「でもあいつは諦めなかった。俺の身体の再生と蘇生をすることにしたんだ」
勇者「と、ここで突発問題!ここで更に面倒な問題が発生します!それはなんでしょーか!王様でも姫様でもどちらが答えても構いません!」
王様「……」
姫様「そういう気分ではございません……」
勇者「あーあ、残念。えーっと、勇者マークは……ひーふーみーよー……あー、足りてないねー。まあ後からだね」
王様「?」
姫様「?」
勇者「さて、その問題の答えとは蘇生魔法は難易度の高い魔法だってことです」
勇者「元々蘇生魔法を使う場合は、簡易的な結界みたいなものを張って使うんだけれど、ここは魔王城な訳で」
勇者「そんなもん張ったら一発で魔王にバレちゃう可能性が高い。つうか確実にバレる」
勇者「そうなると俺の蘇生どころの話じゃないわけで」
勇者「更に、使う魔力だってべらぼうに必要で、今回はそれに高等な再生の魔法も混ぜ込まなきゃいけないときたもんで」
勇者「もうねー、奇跡でもおきない限り無理!無理無理無理無理かたつむり!ってぐらいの無理難題だったのよ」
姫様「ですが、勇者様がここにいらっしゃるということは」
勇者「うんそう。でも、奇跡なんて起きてないよ?」
姫様「え?でしたらつまり?」
勇者「すげえ強引な手を使ったんだ」
姫様「強引な手?」
勇者「そ。だから死んだんだ」
勇者「俺が気付いたとき、辺りは一面真っ赤だった」
勇者「そんな中、身体を再生して死んでたところを無理やり引き戻されたショックもあって、痛みや吐き気で転げまわってた」
勇者「でも嬉しかった。僧侶が必死になって蘇生してくれたんだとわかってたから」
勇者「だから、ゲロをまき散らしながら、がくがく震えながら、それでも立って僧侶を探したんだ」
勇者「でも、僧侶は僧侶じゃなくなってた」
勇者「辺り一面には、割れた回復薬のビンや使い終わった巻物なんかが落ちてた」
勇者「どれも魔力を回復するための代物だったよ」
勇者「僧侶が何をやったのかは簡単な話だ。色んな工程を魔力で強引に押し切ったってだけ」
勇者「当然、そんなことしたら魔力なんてすぐ空っぽになるわけで」
勇者「無くなるそばから薬をがぶ飲みしたり巻物で強引に回復させて、また魔法を使ったってわけ」
勇者「でもなー。人の体って限界みたいなものがあるじゃん?」
勇者「僧侶がやったのはその許容量を遥かに越えるような事なのよ」
勇者「そして僧侶は……」
王様「魔力に耐えられず消滅……か?」
勇者「だったらマシだった」
勇者「部屋の端っこにね、もぞもぞ動くものがあったんだ」
勇者「なんだろー?って思って近付いてみたら、子供ぐらいの大きさのピンクの肉がもぞもぞしててな」
姫様「や……やめて……」
勇者「やめねえよ。お前らが楽しみにしてた話だ。聞けよ」
勇者「あいつなー、僧侶はなー、回復魔法を垂れ流すだけの肉の塊になってたんだよ」
勇者「どっかの文献にあったんだけど、回復魔法を延々と垂れ流し続ける石ってのがこの世にはあるらしくてね」
勇者「僧侶は多分それに近い物になったんだと思う」
勇者「つうか、そんな石より凄いもんになったとも言えるね」
勇者「それって一抱えぐらいあるんだけれど、持ってるだけで傷が治っちゃうのよ」
勇者「そんで、持ってたら僧侶の声っていうか意識みたいなのが流れてきた」
勇者「『食え』」
王様「は?」
姫様「え?」
勇者「だから『食え』って言われたの」
王様「は?それは……」
姫様「何を……?」
勇者「僧侶だった肉を」
王様「……」カタカタカタカタ
勇者「だから食った」
姫様「そんな……僧侶殿の最後がそんな……」
勇者「ああ、勘違いしないでね。僧侶は俺を蘇生してる時に死んだんだよ」
姫様「ですが、先ほど僧侶殿は、その、肉に……」
勇者「肉は肉。あいつと一緒にするな」
姫様「す、すみません!」
勇者「とまあ、そんな訳で勇者パーティーは全滅しましたとさ。おしまい」
王様「全滅?だ、だが勇者は」
勇者「ああ、俺?んー、どうなんだろ?今の俺って勇者って言えるのかね?」
勇者「勇者ってのはさ、人の為に生きて、人の為に魔王を倒す人でしょ?」
勇者「俺は肉を食った瞬間から。いや違うな。もうずーっと前から人の為になんか戦ってなかったと思うんだ」
勇者「誰かの為に戦ってたんだとしたら、仲間の為なんだと思うよ」
勇者「そういう意味じゃ、僧侶が死んだ瞬間に俺はもう、勇者なんかじゃなくなってたんだと思う」
勇者「一応ね、魔王は倒したよ。そりゃねえ、常に回復しっぱなしの状態ですもん。例え即死魔法打ち込まれても死ねないとかどうなのー?って感じですよ」
勇者「あー、そうだ。もう一個、重大なことがあるんだ」
王様「一体、これ以上に何があるというのだ……」
勇者「そう難しいことじゃないよ。簡単簡単。僧侶の願い事なんだ」
王様「僧侶の願い?」
勇者「そ、願い。あいつさー、魔法使いが死んじゃった後、俺に言ったんだ」
勇者「『もう二度と、勇者も、勇者の仲間も現れない世界にしてください』って」
勇者「惚れた弱みってやつだね。俺もうんって頷いちゃった」
勇者「だからその願いを叶えたい」
王様「そ、それは魔王を倒して欲しいという事だろう?」
勇者「んー、そりゃ今の時代ってだけでしょ?」
勇者「魔王ってのはさ、例え今倒したとしても、いつかまた新しい魔王が産まれちゃう。数百年後か数千年後かはわかんないけどさ」
勇者「時代が証明してるよね」
勇者「だから俺は考えた。どうすればいいのかなーって」
勇者「そして思いついた。僧侶は魔王の出ない世界にしてくれといったわけじゃない」
勇者「勇者の現れない世界を望んだんだ」
〜小さな農村〜
魔物の老婆「はいおしまい」
魔物の少年「ニンゲンって馬鹿だねー」
魔物の少女「ねー」
魔物の老婆「はいはい、お話は終わったんだからもう寝なさい。悪いニンゲンに拐われてしまいますよ?」
魔物の少年「えー、弱っちいニンゲンぐらい大丈夫だよ。この前、二頭も仕留めたんだもん!」
魔物の少女「でもニンゲン怖いよ?ガーって襲ってくるもん」
魔物の老婆「さっきも話したでしょう?ニンゲンは今でこそああだけれど、昔は頭のいいニンゲンや強いニンゲンだっていたんだよ?」
魔物の少年「はーい……」
魔物の少女「おやすみおばーちゃん」
魔物の老婆「はいおやすみなさい」
魔物の老婆「ふぅ……最近は凶暴なニンゲンが増えてきて困ったもんだよ……」
魔物の老婆「でも、きっとニンゲンの魔王を倒してくれる魔物がいつか……」
〜どこか〜
魔物の青年「魔王よ、何か言うことはあるか?」
「あー、二つほど」
魔物の青年「何だ」
「俺は失敗した。次は……お前の番だ」
なにか思うところがあったのか、どうせ放って置いてもすぐに死ぬと考えたのか。
どちらにせよ、俺の命はそう長くない。
あれほど身体を癒やし続けた力は、気がつけば消えていた。
ついに見限られたかと苦笑するも、彼女のことだ。
何か思うところがあったのかもしれない。
なんて考えて。
己の血の海の中に横たわりつつ、震える手を動かし葉巻をくわえる。
紫煙が舞い上がる赤い世界が、ゆっくりと黒く染まっていく。
死が俺を包み込んでいく。
「世界よ」
長い旅路の果て、せっかくだ。
辞世の句でも言わせてもらうとしよう。
「俺は何一つ後悔などしていない。俺は俺の意思でやりたいようにやった」
八つ当たり。
自分勝手。
自己満足。
「知ったことか!」
聞け。
世界よ。
「俺は失敗した!貴様に敗北した!情けない負け犬だ!路端のごみだ!」
俺の意思を。
俺だけの意思を。
「だが世界よ!いつか必ず俺ではない誰かが、俺と同じ場所へと辿り着き、更にその先へ行くだろう!」
勇者とは勇気ある者。
たとえ世界が敵であろうと諦めぬ者。
俺ではなれなかった者。
俺たちでは届かなかった場所。
「その者こそ貴様を倒す者!世界を滅ぼす者だ!」
全身の傷から、口から血が舞う。
叫ぶごとに命の火が急速に消えていく。
だからどうした。
「それまで……精々怯えるがいい!」
視界が黒く。
黒く。
黒く染まる。
「はは……ははははははっ!あははははははは!ハハハハハハハハハハハハハハ!!」
哄笑する俺を包み込むように黒く染まる。
ああ、眠い。
ひさかたぶりにねむろう。
さいごは、せめて、ひとめでも。
「きみを……」
のばしたては、ちのなかに、おちて。
どこにもとどかず。
なにもつかめず。
ひとりで。
── END ──
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