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翌日。
レッスン室に入った玲央は、テーブルに置かれた差し入れに気づいた。
「……これは?」
淡いピンクのリボーンドーナツ。
カフェ巡り好きの女子が喜ぶ限定商品だ。
そして、それを持ってきた犯人は――
「おはよう、玲央くん♪」
ドアの横から可愛い声が飛んできた。
詩織だ。
今日の彼女は髪をゆるく巻いて、普段より少しだけ大人っぽい。
それを“偶然”と思わせるように、自然に見せているあたりがプロ。
玲央「おはようございます、詩織さん。
これは……?」
「差し入れ。
ほら、昨日いっぱい頑張ってくれたから♪」
玲央「お気遣いありがとうございます。
では後でいただきますね」
「いま食べてよ」
「え?」
詩織は当然のように玲央の腕を掴み、ソファへ座らせる。
そして自分も隣に、当たり前のようにぴたっと座る。
距離、10センチ。
玲央「……あの、近くないですか?」
「ん? 気のせいだよ?」
気のせいじゃない。むしろ抱きつく1歩前。
詩織はドーナツを持ち、玲央の唇の前に差し出した。
「はい、あーん」
玲央「……詩織さん、自分で食べられます」
「ダメ。
わたしがあげたいの。
ほら、口開けて?」
玲央「仕事中なので……」
「“仕事中のあーん”っていうのも、悪くないでしょ?」
――悪くはないが、問題は別にある。
玲央「これ、パワハラに近くないですか?」
「どこが!?
優しいアイドルが、担当プロデューサーを甘やかしてるだけだよ?」
玲央「……甘やかす必要、あります?」
詩織「あるの! わたしがしたいの!!」
(……なにこの男。
本当に察し悪いくせに、地味に刺す言い方してくる……)
結局、玲央は根負けして“あーん”を受け入れた。
「……どう? 美味しい?」
「はい。思った以上に甘いですね」
「よかった♪」
詩織の表情は、
**“仕事の笑顔”ではなく、“素で嬉しい女の子の顔”**になっていた。
玲央はそれを見て、つい素直に口にする。
「やっぱり……その顔の方が、いいですね」
詩織「……へ?」
玲央「昨日も言いましたけど、
営業スマイルより、そっちの自然な表情のほうが……好きですよ」
詩織「〜〜〜っ///」
(出た……この男、無自覚にとんでもないこと言う!!
自然な表情を“好き”って、何なの!?
それ、もう……ほぼ告白じゃない!?)
俯き、耳まで真っ赤に染まる。
玲央はそんな詩織に気づかず、淡々と資料を開いていた。
◆
午後のダンスレッスンでも、詩織の距離感はバグったままだった。
休憩中、タオルで汗を拭く玲央の背後から――
「れおくーん♡」
突然、後ろから抱きつく。
玲央「!? 詩織さん、危ないです」
「危なくないもん。
ねぇ……今日、冷たくない?」
玲央「冷たくはしてないと思いますが」
「してる!!
いつもよりスルー率高い!!」
(スルー率って何だ……?)
詩織は強気に言いながら、玲央の胸に額をこつんと当てる。
「……キミさ、ほんと無神経。
わたしがどんな気持ちでこうしてるかわかってる?」
玲央「……詩織さんが僕を気に入っているのは分かりますけど」
詩織「そうだよ。
だから……もっとちゃんと見てよ」
玲央「見てますけど?」
詩織「そういう意味じゃない!!」
(なんで伝わらないの!?
こんなにわかりやすく好意出してるのに!!
この男に関しては鈍感という言葉でも足りない!!)
詩織がイライラと頭を掻いた、そのとき。
玲央はふと、口を開いた。
「詩織さんのことは……大事に思っていますよ」
詩織「……っ!?」
玲央「担当アイドルとして。
僕の大切なパートナーですから」
(……は?
そんなの……そんなの……)
あなたが私に言ってほしい言葉は、
もっと個人的で、仕事の枠じゃないのに。
でも。
玲央が真っ直ぐこちらを見て言った――
“大事に思っている”。
その言葉だけで。
詩織の心臓は、あっさり撃ち抜かれた。
「……っ、バカ……
そんなの言われたら……好きになるに決まってるでしょ……」
その呟きは、玲央には届いていない。
詩織はそっと玲央の胸に顔を埋め、
自分の鼓動をごまかすように深呼吸した。
(もう……落とすとかじゃなくて……
本気で……好きだ……)
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