健太は裏庭にある、新しい自室へと向かった。そこは丸太作りのバンガローで、もともとは倉庫だったところだ。マイク夫婦は、冷却期間が奈々と健太の間に横たわる溝を埋めると信じているらしい。この部屋を使わせてくれた上に、会うたびに、気の済むまで居ていいと言ってくれる。しかし現実は、隙間を埋めようとすればするほど心の窓は傷つき、動かなくなる。健太は、華奢な枠が支えるベッドの上に革ジャンを投げつけた。膝の高さほどのダンボールが二個積んである隣に椅子があり、そこへへたり込むと、そのまま手を伸ばして小型電気ストーブのスイッチを入れた。電熱線が赤く充血しはじめると、彼はゆっくり瞳を閉じた。前の車が急に止まるからブレーキを踏む。後ろの車がクラクションを鳴らすから走り出す。人が急に飛び出すからハンドルを切る。行き止まり道だからバックする。オーバーヒート寸前だからクーラントを買う。どこかへ行けというから移動する。どれも自分の意志ではなく、もちろん夢でも大志でもなく。小さな唸り声と共に目を開けると、ダンボール箱と目が合った。二個のうち一方にはマジックで「CD ROM」「英語ノート」「本」などいくつか項目が書かれており、もう一方の箱には「思い出」とだけある。整理していない写真やら、付き合い始めて同居するまでのあいだに送られた手紙やら、その頃つけていた日記やら、奈々からもらった手編みのセーターやら襟巻きやらを詰め込んだら、箱一杯になってしまった。彼は再び目を閉じた。目頭が熱くなる。これまで、自分が涙もろいと思ったことは一度もなかった。
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