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〝無音の災厄〟 施設を包み込む紅の翼と、冷たい瞳。 たった一人、たった一歩も動かずに 人の枠組みを超えて静かに崩壊をもたらす。 彼女は──〝兵器〟ではない 〝神話〟そのものだった。
霊木の枝がわずかに揺れ
花弁がひとひら、宙を舞った。
その静寂の中に
龍の威圧が重く伸し掛っていた。
あまりに強大な存在。
その圧力は大気そのものを震わせ
地を這うような咆哮が
ただそこに立つだけで
命を削ぐほどの〝畏れ〟を生み出していた。
青龍──
その巨躯が地を覆い
漆黒と蒼白の鱗が
月光を弾き返すように鈍く煌めく。
気配を殺していた一団の兵たちも
ついに圧に耐えきれず
次々と肩を震わせ、呼吸を乱し
その中には膝を突く者まで現れた。
だが──⋯
「⋯⋯じゃあ、始めようか」
男が指を、軽く鳴らした。
その音は鋭くもなく、乾いた音でもない。
まるで日常の一場面を呼び起こすような
ささやかな動作だった。
だが
それを合図に、兵たちの様子が一変する。
蒼い龍を目前にしていた彼らの瞳から
怯えが消え
代わりに浮かんだのは異常なほどの冷静さ。
恐怖が、抜け落ちていた。
(⋯⋯面妖な)
青龍は内心で低く呟いた。
あの男は、何を施した?
まるで龍ではなく
猫でも前にいるかのような、ありえぬ平静。
それは常軌を逸していた。
そして、次の瞬間──
襲撃は、始まった。
青龍の視界いっぱいに、火光が咲いた。
重火器。榴弾。カービン。ボウガン。
ありとあらゆる火力が
一斉に青龍の巨躯へと襲いかかる。
斜め後方からは高速で投擲された手榴弾。
右側面からは三連式のレールガン。
前方正面には刃を構えた斬撃部隊──
戦場の知識と技術を極めた、精鋭集団。
だが──
「──砕けよ」
龍の口から吐き出された低音が、風を生む。
それはただの風ではない。
空間を巻き込み、斬る風。
刃となった気流が
刃そのものを押し返し
重火器の弾道をねじ曲げ、爆炎を逸らす。
店に張られた結界が
まるで湖面のように凪いでいる様子に
青龍は横目に安堵する。
左翼を翻し、青龍はその爪で地を掻いた。
水が噴き出した。
大地の奥から引き上げられた地下水が
龍の喉を駆け
吐息と共に蒼い奔流となって解き放たれる。
兵たちの陣形が、一瞬で崩れた。
強烈な水圧が装備ごと彼らを吹き飛ばし
風が残った兵の動線を断ち切る。
だが、それでも彼らは怯まない。
痛みを感じているはずなのに
倒れた兵士が声一つ上げず
また立ち上がる。
青龍はそれを、爪で踏み潰した。
鋭い鱗の尾で三人をまとめて薙ぎ払い
顎で一人を咥えて
空中に投げたかと思えば、牙で喉を裂く。
爪が、尾が、牙が、
人間には不可能な精度と力で
次々と命と機能を奪っていく。
(⋯⋯此奴らは、既に〝生〟を捨てている)
感情の欠如。
命の軽視。
この不自然な戦意は、あの男によるもの──
(異能⋯⋯精神操作か?
感情そのものが〝封印〟されているのか⋯⋯)
青龍の瞳が、男へと向けられた。
彼はただ静かに
口元に笑みを浮かべたまま
動こうとはしない。
鯉口に指をかけたまま、ただ待っている。
(抜刀術⋯⋯抜かせるわけには、いかぬ)
それが、青龍の戦場における最優先。
この場において
〝一太刀〟振るわせてはならぬ男。
青龍の身体が
大地を揺るがす勢いで踏み込み
その巨躯が、また兵の一陣を駆逐する。
水と風が咆哮となって唸り
桜の丘に、ふたたび龍の怒りが轟いた──
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