コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――ああ、うん。
そうだそうだ、アイナね」
ヴィオラさんは頷きながら、私の名前を思い出すように口に出した。
最初に名乗ってはいたけど、絶対に覚えていなかったでしょ……。
「そうそう、アイナだよ。忘れないでね。
それで、シェリルさんの近況も聞いておきたいんだけど」
「んー……。ここ数か月は、夜に少し出てくるだけだぞ。
この屋敷の連中は、俺が全部対応してるしな」
「へぇ、そうなんだ?」
「まぁ対応って言っても、ファーディナンド以外は強引に叩き出すだけだけどな」
「あれ? 魔法って全部、封じられているんじゃないの?」
「一定のラインを超えると魔法封じが発動されちゃうんだけどさ、それを超えなきゃ結構平気なわけよ」
「ふ、ふぅん……?」
「だから大体の連中は軽い魔法でドカン、だよ。あはははは♪」
なるほど……とは理解したいものの、それってお屋敷の人から見たら大迷惑だよね……。
唯一まともに相手が出来るファーディナンドさんに、負担が集中するのは無理がないのかもしれない。
「……それじゃ、今日はシェリルさんには会えなさそうだね。
折角だから会っていきたかったんだけど」
「泊まっていくわけにもいかないし、仕方ないよな。
用事があるなら、俺から伝えておくぞ?」
「具体的な用事っていうのは特には無いんだよね。
そもそもはテレーゼさんに、情報操作の魔法の使い手に心当たりが無いか、それを聞いたところから始まったんだけど……」
「情報操作? それなら俺が使えるぞ。掛けてやろうか?」
「ううん、掛けてもらいたいものは持ってきていないから」
「お前、本当に何しにきたんだよ……」
……いや、今回はシェリルさんに会うためだったし!
でもその申し出の可能性を考えられていれば、テレーゼさんの指輪はやっぱり持ってきていたかなぁ……。
「ところでさ、ヴィオラさんたちっていつまでこのお屋敷にいるの?」
「ん? そりゃ、一生だろ?」
「え?」
「何だかお前は知っているようだから、言うけどさ。
シェリルはユニークスキルを持ってるんだよ。ユニークスキルって、知ってるよな?」
「うん、まぁ……」
「この国の王様が、その力をこの国のために使えって言うんだ。
それ自体は別に良いんだけど、作れっていう魔法が人殺しのためのものばかりなんだよな。
だからさ、そんなものを作れるやつを……俺たちを自由にしたら、そのうち寝首を掻かれるかもしれないだろ?」
「でも、だからって閉じ込めておくのは酷いよ……」
「まったくだよなー。
ここだけの話だけどさ、俺はこの部屋の術を破るくらいの力は持っているんだよ」
「え、そうなの?」
「ああ。でもさ、そんなことをしたらこの屋敷の誰かが怪我しちまうだろ?
シェリルがさ、それは嫌だって言うんだ」
はぁ……とため息を漏らしながら、ヴィオラさんは首を横に振った。
人を傷付けたくないから自分を殺しておく……分からなくもないけど、それは程度問題ではないだろうか。
一生閉じ込められているくらいなら、私だったら少しは抗いたくもなるけど――
「ヴィオラさんも、優しいんだね……」
「は、はぁ!? 何で俺が!?」
「え? だってシェリルさんに付き合って、ずっとここに残っているんでしょ?」
「あ、あー……。そういうことか……。
いや、それとな? 逃げたところで、行く|宛《あ》てが無いんだよ」
「行く宛て?」
「仮にここを逃げ出してもさ、そこら辺の街で暮らすわけにはいかないだろ?
何せ公爵家の保護下から、逃げるわけなんだから」
「うん、確かに」
「仮に逃げられたとしても、結局は同じことの繰り返しになっちまう。
秘密なんて一度バレたら、どこから情報が伝わるか分かんねーからな」
逃げてもまたどこかの場所で捕まって、また軟禁されて――
……いや、そのときは軟禁どころでは済まないかもしれない……か。
「ちょっと話は変わるけど、このお屋敷で痛い目に遭ったことは無い?」
「ん? 拷問のことか? あるぞ?」
「えっ!?」
聞きにくい話のつもりだったが、ヴィオラさんはあっさりと答えてしまった。
「服を着てたら分からないけど……ほら、背中とか。な?」
ヴィオラさんが服を捲った場所には、痛々しい傷が残されていた。
見えないところを傷付けられる……キャスリーンさんと同じような感じだ。
「酷い……。誰がこんなことを……?」
「ああ、ハルムートのやつだぞ。まったくあいつさ、容赦しねぇんだよな」
そんな感じで不満そうには言うが、だからといって、怒ったり恨んでいる様子は無いように見えた。
「今も、まだ辛くされてるの……?」
「いや、最近はもう無いぞ。いつだったかな……、ファーディナンドが俺たちを助けてくれたんだよ。
俺もシェリルも限界だったから、あれは本当に救われたなぁ……」
「そうなんだ……。
だから、ファーディナンドさんには心を許してるんだねぇ」
「こ、心を許すっていうか……。そ、そういう言い方はやめろよっ!?」
ヴィオラさんは大きい声でそう言うと、顔を赤くしながら照れてしまった。
おやおや、なんだか可愛いぞ。
「それにしてもグランベル公爵がそんなことを……。
そんな感じには見えなかったけど――」
「あいつ、外面は良いからな。
ファーディナンドと家督争いをしたときも、裏ではずいぶん酷いことをしていたらしいし」
家督争いというのは、公爵家の継承問題とかの話だろう。
なるほど、ファーディナンドさんはそれに負けたから、このお屋敷の中では冷遇気味なのか。
「はぁ……。この家もいろいろあるんだね……。
でもたくさんのことが分かったよ、ありがとう」
「それは良かったな。
……それよりもお前! お前も創造才覚を持ってるんだよな!?」
「私は『お前』っていう名前じゃないんだけど?」
「む……。えーっと、アイラ!」
「ぶーっ」
「ア……アイナ……?」
「ピンポーン! はい、正解!」
「よっしゃあああ! ……じゃなくて!
アイナも創造才覚を持っているんだよな!?」
「ここだけの話ね?」
そう言いながら、鑑定スキルのウィンドウを出して見せる。
──────────────────
ユニークスキル
・創造才覚<錬金術>
──────────────────
「おぉ……、本当だ……!
そっか、そっかー……。シェリル以外にも、ちゃんといたんだなぁ……」
突然の潤んだ声に驚いてヴィオラさんの方を見ると、彼女は顔をくちゃくちゃにして、涙を流しているところだった。
「えっ!? ちょっと、どうしたの!?」
「だって……だってさ、シェリルがさ……。いつも言うんだよ……。
この世界に、こんな力を持ったのは自分だけだ……って。
あいつと、同じような力を持った仲間がいてくれたって思うとよぉ~……」
「そ、そうなんだ……。とりあえず、落ち着こ?」
なおも泣きじゃくるヴィオラさん。
そんな彼女をしばらく慰めていると、不意に部屋の中が少し暗くなったような気がした。
「――あ……。
そろそろ時間みたいだな……ぐすっ」
「え? 時間って何?」
「ほら……、最初に俺が盗聴の魔法を封じただろ……?
その効果……っていうか、扉がロックされる時間の30分なんだ。それがもうすぐ終わっちまう……」
「でもファーディナンドさんは、ゆっくりして良いって――」
「それは、盗聴が生きていればの話だろ?
ファーディナンドはともかく、この屋敷の連中はもうおしまいにさせるだろうな」
「そっか、これでお別れなんだね……」
「……でもさ、俺もアイナに会って……何だか元気が出てきたよ。
何だか、俺たちもまだ終わっていないかな、って思えた」
俺たちというのは、ヴィオラさんとシェリルさんのことだろう。
未来を諦めていた二人に何かが出来たのであれば、それは大きな収穫かもしれない。
「……それじゃ、また会えるかな?」
「ははっ、このままじゃ悔しいからさ。いつか絶対、アイナのところに会いに行ってやるよ。
――それでさ、シェリルからの贈り物があるんだ」
「え? シェリルさんから?」
「アイナに……ってわけじゃなかったんだけどな?
もし俺が、心から信頼できる人が来たら……俺たちの力になってくれそうな人が来たら、これを渡してくれ……って」
そう言いながら、ヴィオラさんは彼女のアイテムボックスから、赤黒い石を出して渡してくれた。
「これは……魔石? それにしてはこの色……」
「その魔石はシェリルが作ったんだ。まぁ、俺も力をずいぶん貸したけどな。
ちょっとクセは強いし、アイナには多分使えないものだとは思うけど、もしそれを託せるヤツが現れたら――」
……その瞬間、バタンと大きな音がして、この部屋の扉が開け放たれた。
私はそれに反応して、受け取った魔石をとっさに自分のアイテムボックスにしまう。
「アイナさん! ご無事か!?」
「シェリル! また暴れたな!」
「大人しくしろ!!」
「そこの方、こちらへ!!」
部屋に入ってきたのはファーディナンドさんを筆頭に、この屋敷の使用人と思われる人たち。
使用人……とは言っても、うちでいう警備メンバーのような出で立ちだ。
そしてヴィオラさんは、そんな彼らに拘束されていた。
「あの、私は大丈夫です!
ヴィ……シェリルさんを離して頂けませんか?」
「申し訳ないが、魔法封じを発動させたあとは少し……な。
アイナさんは気にしないで良い。
……それではそろそろ、ハルムートのところに戻ることにしようか」
そう言うと、ファーディナンドさんは元来た道へと私を促した。
ヴィオラさんを見てみれば、『いつものことだから気にすんな!』と言わんばかりの顔をしている。
……気にしないわけには、いかないでしょ……。