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俺はリップと格闘していた。
その手に持つ色なしのリップは、俺が愛用しているメーカーの薬用リップであり、それと同時に同居人であり恋人の、アキラのかさついた唇をケアするために使っているものであった。
何故俺がそんなリップ片手に苦悩に陥っているかといえば、事の発端は同じメンバーの風楽奏斗にある。
「え? マンネリっ?」
奏斗との振り付けの練習を終えた休憩中の楽屋にて、奏斗は思わず素っ頓狂な声をあげた。思いのほか大きくはっきりとした声量に、俺は慌てて立ち上がり制止をかける。
「ちょっっ! あんまでけぇ 声で言うな!!」
「あ、うんごめん…いや、そうじゃなくてさ。マンネリって何? 喧嘩でもしたの?」
「別に喧嘩はしてない」
「じゃあなに。セックスレス?」
「セッ……!?……クスは……ちゃんと週一くらい、は……してるけど…」
「うわ知りたくなかった」
「お前が聞いたんだろ!? てか質問にデリカシーなさすぎな?」
見当違いな言動を繰り返す奏斗に、机から身を乗り出して怒鳴り散らす。それから大きなため息をつき、大人しく椅子に座り直して至極言いづらそうに視線を泳がせ始めた。
「そうじゃなくて……あきら、いつもこう、俺のことすごく丁寧に抱くの。ガラスを触るかのように、そっと」
「そりゃそうでしょ。アキラはひばを傷付けることはしないし許さない。それくらい大切に思われてるんだよ、お前」
「わ、分かってる。それはちゃんと分かってるんだけど。あきらがお手本みたいに同じようなセックスばかりするから……。だからといって俺はそういう経験が全然ないし、普段からそういう時はあきらに任せっきりが多いから何も言えなくて……その内俺とのセックスにマンネリ感じて、愛想尽かされちゃったらどうしようって……」
顔を茹でダコのように紅潮させながら小さな声でボソボソと話すその姿は、まさに恋する乙女のように可愛らしくて、奏斗は穏やかな眼差しで見つめながら小さく笑った。 まぁ、している話はとても恋する乙女がするような内容ではないが。
「なるほどね。要するにひばはアキラともうちょっと過激なプレイがしたいわけだ」
「はぁッ!? いやそうじゃなくて……っ!」
「じゃあもう少し強く求めてほしいってこと?」
「……そ、そういうこと……になる……?」
「自分のことなんだから僕に聞かれてもねぇ……とにかく、何を悩んでるのかは大体分かった。んで、そんな迷えるひばくんに、奏斗くんから特別なアイテムを授与しよ〜」
鼻歌を奏でながらそう言った奏斗が鞄から取り出したのは、手に収まるほどの小さな小瓶だった。ほんのりとピンクに色付いたその液体に、なんだか嫌な予感がし、額からは冷や汗が垂れる。
「……まさか、とは思うけど……それって……」
「媚薬」
「やっぱり……」
満面の笑みで答える奏斗に、俺はがっくりと頭を抱えた。
やはりそうなるだろう。俺の要求に答えるのであればそうなってしまうだろう。
実物を見たことがなかったそれは、想像以上に”いかにも”匂わせていて、あまりにも生々しくてまともに凝視できなかった。
「いやいや、奏斗くんの媚薬はそこらの市販で売ってるようなものとは比べ物にならない威力だよ? 大丈夫、ひば。これでアキラくんもイチコロよ〜?」
「その言い方やめろ。…大体、どうやって媚薬なんて仕込めばいいんだよ?」
「無難なのは飲み物とかだよね。あ、アキラ確かひばの入れた紅茶好きだったよね? 家でよく飲んでるんなら、それに入れればいいんじゃない?」
名案だとでも言いたげな奏斗の提案に、苦虫を噛み潰したような表情で首を横に振る。
「……いや、紅茶は多分無理。あいつ好物なだけあって、好きな匂いはしっかり覚えてるの。無駄に鼻が利くんだよな。それに、前に一回だけやったけど……」
「えっ、やったことあるの? こわ……ひばってほんとに侮れないな…」
この男は予想に反して、見かけによらず手が早かったようだ。
自分から提案したのにも関わらず、奏斗は引き気味の態度を取ってわずかに後ずさる。その反応に心外だと顔を真っ赤にして、強気に奏斗を睨めつけた。
「黙って聞いてろっ! ……それで、媚薬入りの紅茶を渡して、あとほんの少しで飲みそうになった時に『なんかいつもと違う香りが… なにか入れました?』って言い始めて……」
「犬か。もはや警察犬並じゃん。でも飲んだんでしょ? アキラってどれだけ自分の好きな味じゃなくても、ひばの入れた紅茶なら疑わず飲むと思うけど」
元々食べ物に関しての好き嫌いがないアキラ、加えて恋人の作ったのであれば、多少の違和感が生じようとも何事もなかったかのように紅茶を口にするだろう。
奏斗の問いに対し、俺はさらに気まずくなって視線を下ろす。
「……指摘された瞬間、なんか怖くなって、慌てて『ごめん、賞味期限切れてるのかも』なんていう嘘ついて撤去させた」
「いやなんで」
「も、申し訳なくなってきたというか……というか媚薬って薬だろッ!? そんなもの、あきらの体内に摂取させられないっ!!」
「ひばの考えてる薬とはまた違うでしょ…。はぁ……じゃあどうする? 媚薬作戦断念する?」
「う……」
「あの性に興味なさそうな男が、皮をはいで獣になった姿が見られるかもしれないんだよ〜? アキラが普段隠してるかもしれない心の内側、ひばは見たくないの?」
小瓶を揺らしながら煽りをかける奏斗に、しばらく唸った末、やがて観念しおそるおそると顔を上げた。
「…どうやって仕込めばいい?」
誘いに上手く乗った俺に、奏斗はしてやったりと笑みを浮かべる。
「そうだね。考えたんだけど、リップとかどう?」
「リップ?」
「そう、ひばはよくアキラにリップ塗ってあげてるよね? アキラ唇荒れてる って。リップにこうやって媚薬を浸らせて、そのまま塗ればいい」
「唇に塗っただけで媚薬の効果って出るものなん? 地肌か体内じゃないと無理が…」
「あれ、知らない? アキラ、ひばにリップ塗ってもらったあと、唇べたべたするの嫌だって密かに全部舐めとってるの」
「は? なにそれ初耳なんだけど。は?」
「お前、落ち着けぇ?… 今はアキラへの説教の前にやることがあるでしょ。とにかく、舐めとって唾液と一緒にゴックンしちゃえば、媚薬を飲んだのも同然だよ。リップならアキラも多分気付かないだろうし、上手くやれるんじゃない?」
なるほど、と納得がいったように大きく頷きを返し、奏斗から媚薬を受け取った。
「ちょっと検討してみる」
「うん、頑張れ。報告よろしくね」
そそくさと荷物を素早くまとめ、後ろめたそうに楽屋を出ていった雲雀の背中に僕は手を振る。そして扉が完全に閉じきったあと、先程楽屋の向こう側から漂った覚えのある匂いを思い出し、面白げに口角をあげた。
「さて、どうなるか楽しみだなぁ」
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