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「──だからさ、その時おれ思ったんやけど、あの場所で、あんなタイミングで──ていうか、そもそも前から思ってたんよ、あれ絶対さ──」
1ミリも噛まずに、息継ぎすらも忘れたかのような勢いで喋り続けるなるせ。
身振り手振りを交えながら、話題は飛びに飛んで、もう何が本題だったのかも分からない。
(…うるせぇ笑、マジで 。よくこんな喋れるよな。)
けれど、らっだぁはその様子をただぼんやりと、目を細めて見つめていた。
ひとしきり喋っていたなるせが、話の合間に小さく息を吸い込んだ瞬間──
らっだぁがそっと右手を上げ、人差し指と中指を揃えて、なるせの唇にふわりと当てた。
「──っ……」
なるせの口がぴたりと止まる。
ぽかんとした目でらっだぁを見上げたあと、声にならないまま、眉がゆるく困ったように寄る。
たった指二本。それだけなのに、場の空気が音を立てて変わったようだった。
らっだぁはその指を引くことなく、なるせの口元に触れたまま、ふっと笑った。
そして──触れていた中指に、自分の唇をそっと落とす。
「……!……なゃに、今の……」
なるせがようやく絞り出した声は、かすれて震えていた。
頬には見る見るうちに赤みがさして、目を泳がせながら言葉を探している。けれど──何も出てこない。
「うるさかったから、黙らせてみた。効いた?」
にこっと、冗談めかして笑うらっだぁ。
なるせは何も言えず、ただ手で自分の口元を押さえたまま、顔を真っ赤にして小刻みに首を横に振る。
それでも、その瞳の奥にある“うれしさ”は、簡単に隠せるものじゃなかった。
なるせは顔を手で覆ったまま、しばらくうずくまるようにその場に固まっていた。
耳まで真っ赤で、時折震える肩が、内側から湧き上がってくる動揺を隠せていない。
何か言おうとしているけど、喉の奥で言葉がひっかかって出てこない。
「お前、ずっと喋ってるからさ笑。…たまには黙って、俺の顔でも見てたら?」
らっだぁがぽつりとそう言って、なるせの手をやさしく引いて顔からどける。
ようやく視線が交わると──
「……っ……」
なるせの目が一気に潤んだ。
怒ってるわけでも、悲しいわけでもない。ただ、あまりに不意を突かれすぎて、感情が追いついていなかった。
「……っ、見とくけど……」
蚊の鳴くような声で、なるせがぼそっと呟く。
でもやはり、目をそらそうとするけど、らっだぁに顎を固定されて、そのまま絡み合うように視線が交差して、また赤くなる。
どうしてこんな一言で揺らいでしまうんだってくらいには、恥ずかしくて、今、心はぐらぐらしている。
「……あぁやっぱ無理、見れね…………お前、ずるいって……」
「ずるいのはなるせでしょ。なんでそんな顔すんの。可愛いの、わかっててやってるでしょ」
「してねぇって!!し、知らんわ!!」
思わず怒鳴ったなるせが、再び手で顔を隠す。
そんな姿を見ながら、らっだぁは笑って、また軽くなるせの頭をぽんぽんと撫でた。
「わかったわかった。じゃあ次は、手じゃなくて、口にしていい?」
「………ぇ………は!?!?」
跳ね起きたなるせの声が部屋に響いた。
らっだぁはそれを涼しい顔で受け流しながら、にやにやと笑ってる。
「冗談。 ──いや、ちょっと本気かも」
「え…ちょ、無理だって……!!」
ふたりの距離が近づいていくその間にも、熱のこもった空気はふわふわと柔らかく広がっていた。
なるせの怒鳴り声が部屋に響いたあと、空気が急にしんと静まり返る。
それでも、らっだぁはにこにこと、余裕そうに笑っていた。
「……嘘。冗談だよ笑」
「……あんま、からかうな……」
顔を真っ赤にしたまま、なるせがぽつりと呟く。
けれど、少しだけ怒ったような口ぶりのわりに、手はらっだぁを押さない。
むしろ、ふたりの距離は──気づかないうちに、ほんの数センチしか残されてなかった。
「……でも、したい」
「……」
らっだぁの声が、さっきよりも低く、落ち着いて響いた。
その目が、なるせを真っ直ぐに見ていた。いつものからかうような表情じゃない。
ちゃんと、まっすぐに、想いを見てる目。
なるせが目を逸らそうとしても、逃がしてくれない。
「……俺さ、ずっとしたかったんだよね。…
俺、なるせのこと好き過ぎて、もう我慢できない…」
「……いいよ」
言葉のすぐあと。
唇が、そっと、触れた。
驚いたように目を見開いたなるせは、一瞬、呼吸さえ止まった気がした。
だけど、らっだぁはすぐに離れなかった。
重ねた唇は、強くもなく、弱すぎることもなく──ただ、まっすぐに、伝えるように。
そして数秒、そっと離れる。
「……初めてのくせに、意外とじょうずだな」
なるせが小さく震えた声で言うと、らっだぁがくすっと笑った。
「なるせが相手だからかな」
「……関係ないだろ…ばか」
小さく呟いたなるせの目は、ほんの少し潤んでたけど、どこか柔らかく微笑んでた。
ふたりの間に流れる空気は、もう冗談でも、からかいでもない。
触れてしまった一線を、互いにちゃんと受け止めながら、そこにいる。
ふたりは何も言わずに、そのまま顔を寄せ合って、しばらくぬくもりを共有した。
静かな夜の中、まるで時間が止まってしまったかのように──
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