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【鈴木side】
…どうして僕はあなたをずっと探してしまうんだろう。
どうして僕は忘れることが出来ないんだろう。
何度も考えた
何度も言い聞かせた
何度も忘れようと努力した
何度も…何度も…
「桐山さん!」
ある日の夜。
僕はいつもどうり警備室に差し入れのビールを持ってドアを開ける。
「うわっ…ビビらせんなよ…今いいとこなんだから」
そう、桐山さんは言うと 嫌そうな顔をして 僕の持ってきた差し入れをみた。
「…まさかまたお酒じゃないだろな」
「いいえ。そのまさかですよ?」
「でたよ。鈴木ちゃんお酒好きだねぇ〜。
今日は付き合ってやんねぇからな?」
「えぇ〜…。別にいいじゃないですか。 …はい、これ桐山さんの分です」
そう言って僕は少し大きめのサイズのレジ袋から缶ビールをいくつか取り出し、桐山さんの目の前に置く。
彼はその缶を迷惑とも言いたげな素振りで僕の方に押し返してきた。
「だから、今勤務中っつってんだろ!」
僕はいつもどうりの返しを受け取った後、押し返された缶を倍にして渡す。
「どうせ勤務中でも暇なんですから」
すると、僕の押しに負けたのか桐山さんは缶を1つ取ってプシュッといい音をたてて開けだす。
「ったく…今回だけな!」
「いつもそう言って飲んでるじゃないですか」
「うるせっ」
そんな僕と彼の他愛ない会話は変わらず今日も続く。
僕も缶を開けながら桐山さんが見ていたパソコンを覗いた。
「……さっき言ってたいいところっていうのは真相の事だったんですね…」
「え?…あぁ…そうだよ。ってか気づいてただろ 」
「…」
僕はその言葉を聞いて少し黙る。
気づいてはいた。ただ、半分くらいは。
桐山さんのこの気づいてただろと、 いわゆる普通だとも言ってきている言葉が僕の思考を一時停止させた。
…このチャンネルを見るのがクズの中で言う
『呼吸』なら、僕たち晒され者は一体何が『普通』なんだろう。
「…鈴木ちゃん?」
視界の端の方に桐山さんが少しこっちを覗いて僕の顔をうかがっているのに気がつく。
「…いえ…気づいてはなかったです。桐山さんのことだからエロ動画でも見てんのかと…」
「いや、俺今勤務中ね?そんでここ仕事場」
「あ、勤務中じゃなかったら見るんですね」
僕が適当に返事をすると、何やら少し恥ずかしそうに顔をそっぽに向ける桐山さん。
「…まぁ…ね…。てか、男みんなそうだろ」
当たり前だからなのか、僕が男だからか、彼は僕を「お前もだろ」と言いたげにも見える表情でこちらを向いて見せた。
が、僕にはこれっぽっちもそんな経験などない。むしろ自分の余命のことやら、あの時の事やらで頭がおかしいくらいに男性ホルモンとやらを放出しようとしない。そのせいか、僕は今や何もしていないし触れていない。
まぁ、こんな事実を隠したところでなんの役にも立たないし、隠す必要性も無い。
僕は正直に答えた。
「僕は一般男性がしてきている“そういう”類いをしたことがないです。」
すると、彼はすごく驚いた表情を見せたと思いきや、すぐ冷静に戻って「そういう奴もいるよな」と返してきた。
僕が普通でないことは百も承知。それを恥ずかしいこととは思ったことがない。僕は、桐山さんが見ていたパソコンの画面から目を離し、缶を置いて一呼吸する。
もしあの時何も無かったら、凛子が無事だったなら、今でも笑って過ごせたのだろうか。
「…って、待てよ。お前なんもしてないってまじか」
「…は?何が」
いきなりの声掛けに反応が遅れる。ついでに敬語も忘れた。
「いや、何がって。さっき鈴木ちゃん話したろ」
そんな、僕の口調代わりは気にせず彼は問う。
「あぁ…あ、はい、言いましたね」
なんだその話かと、また缶を口に運ぶ。
一口。
「鈴木ちゃんってさ」
二口。
「…マジでオナニーしたことない?」
ごくん。
「…?!ッゲホッ、ゴホッ!!、、」
「え、ちょ…え、?!鈴木ちゃん?!」
まさかそう聞かれるとは思わなかった。
確かに、したことはないし、ほんとにそういう類を意識したことがなかった。だから体制がついてないのかと言われるとそうじゃない。ただ、彼の口からまさかの質問がこぼれるとは思ってもなかった。
「ッ…すみません。あんまそういう話慣れてないので…。いきなりで驚いただけです」
「あぁ、そっか。あ〜、まじホッとしたわ。発作かと思った」
そう言って桐山さんは胸を下ろす。
こういう、人を心配して人を大事にするところ、いいとは思う。
けど、それ以上にこいつの誹謗中傷が目立って腹立たしくも思ってしまう。
「そんな心配することでもないですよ。いざとなったら桐山さんに薬取ってって頼んでますし。実際それで助かってます」
僕はニコッとはにかんで見せた。心からでもなく、また、全くの張り詰めた笑顔でもなく、
ただただ口角を上げて目を細め、感謝という名の相手の使いやすさをありがたく思っただけのこと。
そんな僕の“偽りの感謝”など彼にわかるはずもなく、なんの気づきもなくいつもどうり接する。
「まぁ…。それであんたが助かってんなら良かった」
「…そうですか」
彼の何も知らないようなその純粋さに僕はそっと微笑んだ。
話はコロコロ変わり、あっという間に時間も過ぎていく。
こんな、幸せとも言える僕らだけの、僕らしか分からない幸せを語るようなこの時間が、ずっと続く訳もなく、すぐ近くで壊れるのは分かっていた。
そもそも壊れるのを承知で、むしろ壊すのを目的として今を過ごしている。
「あ、もうそろ時間なんじゃないですか?」
「うわ。ガチだわ。ありがと鈴木ちゃん。つか、鈴木ちゃんと喋ってると異様に時間すぎんの早いのな」
「…そうですか?」
僕は、飲んで空になった缶ビールと残ってしまった缶ビール合わせてビニール袋に突っ込む。
「逆に感謝するわ。ただ眺めてるだけのめんどい仕事が早く終わるんだからさ」
そう言って彼は帰る準備をする。
「それは良かったです」
僕も椅子から立ち上がり、さっさとドアに向かって階段を登っていく。
…もうすぐだ。
きっともうすぐ“その日”が来る。
もちろん、彼はそんなことなど知らない。僕が復讐しようなんて考えもすべて。
きっと彼は絶望に溢れ、自身を壊してしまうかもしれないけれど、でも、それでも僕はやらなきゃいけない。
…凛子。
君の無念は僕が晴らそう。心の底からまっすぐ笑って見せた君が、これからもずっと笑えるように。
そして…
今後、君のように苦しんでしまう人を生み出さないように。
「…桐山さん」
「ん?」
僕の恨みをここで、寿命と一緒に尽くそう。
「……さようなら」
「…?…あぁ、じゃあな。またな」
「…」
僕は、ドアを閉める前に少し笑って見せた。
ガチャンと立て付けの悪そうな音を立てて閉まるドアは、まるで僕らの関係を引き裂くみたいに聞こえた。