「そこまでにしてくださらない?」
美しいのにどこかトゲのある声が、そんな二人の会話を遮った。
振り返ったら、三々五々で演習に散っていく生徒たちの雑踏の中で、ひときわ目立つ美人さんが腕組みで立っている。
「……やあアリシア嬢、オレのパートナーだよね。よろしくね」
「ええ、よろしく、ジェードさんとおっしゃったかしら。こんなところで遊んでいる暇はないのではなくて? わたくし、一刻も早く高ランクの魔物を狩って演習を終えたいのですけれど」
ツンとすまして顎を上げる仕草は高飛車にも見えるけれど、お顔が大変に愛らしいからか、さほど嫌味に見えない。身長低めでさらに童顔だからかな。すっごく高位の貴族だって聞いたことあるけど、接点ないから爵位とか分からないんだけど。
そっかぁ、ジェードさんのパートナーはアリシア様なんだ。なんて心強い。なんせ学年二位と三位の強力タッグだもんね、うちとのチーム差なんて歴然だと思う。
確かに首席騎士様はいつも、他を大きく引き離してのダントツ一位だけれど、あたしだって他を大きく引き離してのダントツ最下位だ。
悲しいけど、あたしががっつり足を引っ張っちゃうぶん、チーム力が断然弱まるのは間違いない。
なんか、ホントごめんなさい、首席騎士様……。
地味に落ち込んでいるあたしとは真逆に、やる気で満ち溢れたアリシア様は、「ほら、早く」と早速ジェードさんを急き立てている。
「わたくし、お父様から、シャウトル家の小倅に絶対に後れをとるなと厳命されておりますの。ジェードさんには申し訳ないのですけれど、わたくしと組む以上、それなりの魔物でお茶を濁そうなんて甘い考えは捨ててくださいませね」
うわぁ……マジで。
首席騎士様、Aランクの魔物を狩るって言ってたけど、それに張り合うとか自殺行為なんじゃ。ていうか、首席騎士様のご実家、ライバル多すぎじゃない?
ちらりと首席騎士様を見上げてみたけれど、無表情過ぎてなに考えてるかは分からなかった。
逆にめっちゃ分かりやすいのがジェードさん。どう見ても、明らかにゲンナリした顔してるんだけど。
「ええ〜、オレまだ死にたくないんだけど」
「まぁ! 最初からそんな弱気でどうしますか! 人間、為せば成るのです、きっと!」
アリシア様は小さな拳を胸の前でブンブンと上下に振って、可愛らしく主張している。十五〜六歳くらいだって聞いたことあるけど、あたしより二つくらい歳は下かなぁ。淡いピンクゴールドのゆるふわウェーブに真っ白い肌……可愛いなぁ、お人形さんみたいだなぁ。
そんな可愛らしいお嬢様に詰め寄られているというのに、ジェードさんはたじろぐ風でもない。さすがイケメン。
逆に、超絶イヤそうな顔でこう言った。
「そんな根性論でなんとかできるレベルじゃないって。コイツさっき、Aランク狙うとかほざいてたから」
「A……ランク」
「そうそう、Aランク。死ぬと思わない?」
さすがのアリシア様も、首席騎士様がAランクの魔物を狙うとは思っていなかったらしい。
首席騎士様の顔を見上げながら、ポカンと口をあけてしばし呆然と佇んでいた。
「……親父に、厳命されている」
あんまり見つめられて居心地が悪かったのか、首席騎士様は気まずそうにそう呟いた。
「ま、Bランクでも十分に立派だって。まだオレたち一回生なんだからね。だいたい、過去にこの演習でBランクを狩った生徒だって、三チームだけだっていうよ」
首席騎士様の呟きにのっけるように、ジェード様が明るく笑う。
「命あっての物種だしね、まずはBランクで腕試ししてさ、いけそうならAランクに挑戦しようよ」
さすが学年二位、チャラそうに見えても頭がいい。挑戦しないとは言わずに、無謀な選択肢を先延ばしにする提案をぶつけている。
しかしアリシア様の決意は固かった。
「わ、わたくしもお父様から厳命されているのです! 負けるわけにはいきません!」
青い顔で、それでも固く拳を握って宣言するアリシア様。ジェードさんは、深ぁいため息をついてから、「オレ生きて帰れるかなー……」と空を仰いだ。
「さぁ、ボヤボヤはしていられません! この辺りでAランクの住処といえば、レッドラップ山とその周辺のシーフォレスト樹海です。馬を飛ばしても丸二日はかかりますもの、早く出発しなくては!」
「あー……行くのは決定なわけね」
「当たり前でしょう! ところであなた、貧弱そうに見えますけれど、馬は乗れて?」
「……馬術はA評価だよ」
この学校のアイドルともいえるほど人気のジェードさんをここまでコケに出来る人なんて、アリシア様くらいなんじゃなかろうか。
アリシア様に腕をぐいぐいと引っ張られて、ジェードさんの姿が徐々に小さくなっていく。なんというかご愁傷様としか言いようがない。
「お前らも無茶すんなよ! 命は一つなんだからなー!」
あの状況でこっちの心配までしてくれるとは、ジェードさんは意外と性格もイケメンなのかもしれないなぁ。
「嵐のようだったな」
「はい」
なんだかんだとわちゃわちゃしているうちに、周りはいつの間にか結構閑散としてしまっている。生徒たちも各々の実力に見合った魔物を狩りに、旅立っていったんだろう。
この演習に許された期間は二週間。その間で狩った魔物のランク・数が評価の値となる。時間が惜しいのはどのチームだって同じなんだ。
「では、俺たちもいくか。……その……手を」
気恥ずかしそうに手を差し伸べられて、思わずその手をとった瞬間だった。
「えっ!?」
景色がいきなり大きくゆがみ、立ち眩みかと目を閉じて……開けたら、周囲は鬱蒼とした森に変わっていた。
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